FOUR PRINCIPLES OF BRANDING IN THE DIGITAL ERA

レイ・イナモト の『デジタル時代のブランド構築 4つの法則』 : その3.「ケーススタディ」から「ビジネスケース」へ

本記事は、ニューヨークを拠点に世界で活躍するクリエイティブ・ディレクターであり、ビジネスインベンションファーム「I&CO(アイ・アンド・コー)」共同創業者のレイ・イナモト氏による寄稿となります。

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広告の業界は、「賞」に対する執着心が強い。

テレビCMや印刷広告が主流だった昔、作品の形式は至ってシンプルで審査もそれほど難しい作業ではなかった。だが、デジタルが発達し、広告やマーケティングの手法が根本的に変わってくるにつれ、キャンペーンの形式もどんどん複雑になっている。そんななか、「ケーススタディフィルム」なるものが現れた。それは複雑なキャンペーンをわかりやすく1〜2分でまとめた映像で、アワードに出品するには欠かせない「受賞のためのコツ」のようなものとなっている。ある意味で「広告の広告」的存在だ。

「ケーススタディ」はキャンペーンに限らず、ビジネスやいろいろな業界のいい事例を紹介してくれる。決して悪いものではない。しかし「ケーススタディ」には、実際の活動を「より良く見せびらかす」という面があることも否めないだろう。近年広告業界では、ケーススタディフィルムの作成を専門に請け負う業者が出てきているぐらいだ。応募費は1点数千円から数万円かかる訳だが、年間億単位の金額をかけて応募する大手のエージェンシーも少なくはない。

引用:D&AD – Creative Advertising, Design and Digital

広告業界、特にエージェンシーの「ケーススタディ」に対するこだわりが、こうして高まりを見せてきたここ10余年、ジワジワとエージェンシーを脅かす存在がいる。「デジタルエージェンシー」などを標榜して広告業界に介入する、コンサルティングファームだ。

僕がI&COの東京オフィスを立ち上げる際、ひとりはクリエイティブを専門領域とする人材、もうひとりはコンサルティングファームとファイナンスのバックグラウンドをもつ人材を迎え、共同代表として起用した理由のひとつもそこにある。

広告やクリエイティブというのは、良くも悪くも勘や感覚に頼る部分が多い。あったことをより良く見せて賞を獲るためには、「ケーススタディ」は確かに有効だ。しかし、データによって人の行動や購入心理の推測がある程度可能になってきた今、広告やクリエイティブも「ビジネスにつながるかどうか?」をシビアに問われる時代になっている。コンサルファームが広告やマーケティングの業界でどんどん力をつけている理由は、それに応える「ビジネスケース」を重要視し、クライアントの経営層を説得できているところにあるだろう。

パンデミックで加速したビジネス

2020年、「デリバリー」の利用頻度が増えたという読者も少なくなかろう。

21世紀の新しいビジネスモデルとして現れ、大きく飛躍していたスタートアップにも、2020年の新型コロナは過大な打撃を与えた。そのなかでも脚光を浴び、今や世界80カ国以上でビジネスを展開するUber(ウーバー)も、2020年には売上が5割も激減したという。

そんななか、逆に大きく成長しているビジネスが「デリバリー」だ。Uberのデリバリー版「Uber Eats(ウーバーイーツ)」のビジネスはここ1年で135%の成長を遂げ、今や元祖の配車ビジネスであるUber自体を超えたと発表している。タクシー業界の力が強い日本ではなかなか苦戦していたUberも、Uber Eatsの方は好調のようだ。アメリカではUber Eats1回の注文の平均額は$28.67(約2984円)。自炊するより手間暇が省け、ひとり暮らしの人や若者には適しているだろう。

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引用:Uber

前回の記事で紹介した高級レストラン「NARISAWA/ナリサワ」も、デリバリーには向いていないもののいろいろなアイデアを編み出し、新しいビジネスモデルに挑戦している。コロナ禍でのNARISAWAのビジネスの進化を見てみると、ただ単にそれまでのサービスをデリバリーに移行しただけでなく、確固とした「ビジネスケース」に基づいた進化であることが伺える。

「ブランド」と「ビジネス」のバランス

1万8000円もする神戸牛のローストビーフ。1セット9000円の黒毛和牛のビーフシチューや1万2000円の伊勢海老のビスク。1本6000円のバニラクリームの生ケーキ。NARISAWAは、すべて簡単にスーパーでは買うことのできない、彼らならではの特製商品を販売し始めた。

値段は明らかに高い。しかしここに、NARISAWAの「独自の視点」に基づいた巧妙な「ビジネスケース」のバランスが成立している。

前述のように、高級レストランの料理はデリバリーには向いていない。それをお弁当形式にすることで、デリバリーにも対応できるようにNARISAWAは工夫した。ここまではどのレストランもしていることだ。NARISAWAがほかと一線を画しているのは、デリバリーの一歩先、お客様の自宅までを想定し、ほんの少し手を加えることで、NARISAWAの品を家庭料理の一品として味わえるようにしたところにある。

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引用:NARISAWA

2020年、パンデミックは人々の行動にいろいろな変化を引き起こした。そのひとつに、家での調理が今まで以上に主流になったことが挙げられる。

Uber Eatsのようなデリバリーの食事は、その日にすぐ食べるために注文する。それに対してNARISAWAは、家で簡単に調理でき、そして日持ちをする商品を考案した。今までなかったものをゼロから生み出した訳ではない。人の行動のシフトに着目し、既存の商品をNARISAWAならではの視点と確実なビジネスケースに基づいてリミックスしているのだ。

ひとり約4万円するNARISAWAレストランでの食事には、多くのスタッフが何時間もかける準備と数時間に渡るレストラン内でのサービスの労力がかかる。それに比べ、1セット1万円のカレーやビーフシチューは、プロセスもサービスにかかる労力もかなり簡略化できる。しかし、1万円という金額も決して安くはない。NARISAWAが1万円以上もするスープパックなどを販売できるのは、NARISAWAというレストランに基づいたブランドがあったからだろう。

本能と行動の相関から見出す「ビジネスケース」

ビジネスケースが力を発揮したもうひとつの例として、以前アメリカでAudi(アウディ)のサイトリニューアルに携わっていた知り合いから聞いた話を紹介する。

自動車メーカーのサイトのUI(ユーザー・インターフェイス)を機能的に考えると、「試乗の予約」というボタンをサイト上ありとあらゆるところに配置し、予約のページに多数の導線を作るのが妥当だろう。ウェブサイトがショールームの役割を担うようになってきているとはいえ、購入の最終決断には試乗をしてもらうのがまだまだ効果的だからだ。

だが、ボタンを多く配置することが、人間の本能を刺激し欲求を掻き立てるだろうか?

Audi USA

引用:Audi USA

ユーザーのサイト上での行動を分析してみると、試乗の予約を入れた顧客グループに共通するひとつのパターンが浮き彫りになったという。その顧客グループの大半が、試乗予約前にサイト上で車のカスタマイズをシミュレーションしていたというのだ。Audiは、カスタマイズのシミュレーションが売上に繋がっているという「ビジネスケース」を導いた。そこから「車のカスタマイズが顧客の欲求を掻き立てている」という仮説を立てたそうだ。

これに基づきAudiは、カスタマイズ機能を前面に出し、フルスクリーンで車のディテールが見えるようなサイト設計にリニューアルした。3Dで再元する車の画像のアートディレクションを車専門のカメラマンに依頼し、カスタマイズされる車がよりリアルで魅力的に見えるように工夫をしたと聞いた。

それまでAudiは、ほぼ毎年スーパーボウルのCMを打っていた。だがこの年は、サイトリニューアルのローンチ自体がニュースになり、CMを上回る効果で売上に貢献したという。

「ケーススタディ」から「ビジネスケース」へ。もちろん本連載にあげている事例はいずれも優れた「ケーススタディ」ではあるが、他社がそれを模倣しても本質的なビジネスの改善・改革にはつながらない。人の本能と行動の相関を洞察し、コミュニケーションに落とすだけではなく、自社のサービスや体験つまりビジネスケースにつなげていくことが今後より大切になるだろう。

「デジタル時代のブランド構築、4つの法則」、次回は『「理想的な未来(Ideal Futures)」から「実践的な未来(Practical Future)」へ』を探っていく。

 

 

Written by レイ・イナモト
Image from I&CO(アイ・アンド・コー)