テレビ業界はいま、自発的に変わらなければならない。そうしなければ、10年後に存続している保証はないだろう。デジタル庁の新設は始まりに過ぎない。デジタル化の流れは勢いを増し、社会を変えていく。テレビ業界には、世界のデジタル化を止める力はない。生き残りをかけて波に乗るしかないだろう。ーー有園雄一氏による寄稿。
本記事は、zonari合同会社代表執行役社長/ビービット マーケティング責任者/電通総研パートナー・プロデューサーの有園雄一氏による寄稿コラムとなります。
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私たちは、他人を変えることはできない。変えることができるとすれば、自分だけである。たしかに、「世界は変えることができる」。だが、そのためには、まず、自分自身を変えなければならない。
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テレビ業界はいま、自発的に変わらなければならない。そうしなければ、10年後に存続している保証はないだろう。デジタル庁の新設は始まりに過ぎない。デジタル化の流れは勢いを増し、さまざまな産業を飲み込み、社会を変えていく。テレビ業界には、世界のデジタル化を止める力はない。生き残りをかけて波に乗るしかないだろう。
「テレビ局は地上波電波を返上することになる」。 最近、そんな声を耳にした。たとえば、ブルームバーグ(Bloomberg)は、「テレ朝HDは地上波電波返上含め検討をー米RMBが経営改善提起」という記事を、6月15日付けで掲載している。
この記事によれば、米アクティビストファンドのRMBキャピタルが株主として、テレビ朝日ホールディングスに提言している。「地上波放送のために割り当てられている電波帯域の返上検討を含め、視聴無料の地上波中心の事業モデルからの転換を急ぐべき」と。
投資家からみれば、成長見込みのない地上波放送に魅力はない。事業モデルの転換、成長戦略の刷新、企業価値の向上を求めるのは、当然のことだろう。
「テレビ局の電波返上は、時間の問題」
「世界がIoT化し、テレビ局は、技術的に電波を必要としなくなる」。そんな意見をはじめて聞いたのは、10年以上前、米国Google本社のカフェだった。たまたまカフェで出会った物理学の博士号を持つGoogle社員が、量子論と世界のIoT化について熱弁を振るってくれた。
近い将来、量子コンピュータが実現し、世界はIoT化する。ネットワークの遅延性が改善され、流通するデータ量も爆発的に増加していく。自動運転車やスマートシティ、スマート農業などが実現され、ブレイン・マシン・インターフェイスなどの技術で人間自体もネットに接続される。そんな世界が到来するとき、テレビ局は技術的に電波を必要としなくなる。そんな話だった。
それから、しばらくは、電波返上の話は聞かなかったのだが、2018年、電通の人から電波返上の話を聞いた。「BBCが電波を返上するという噂がある。NHKの同時配信も電波返上への準備に過ぎない」。
「BBCに関する噂は事実である。もちろん、『今すぐに』ということではなく、2034年をターゲットに据えて同社のディストリビューション&ビジネスデベロップメント(Distribution & Business Development)という部署で検討を進めている」と、2019年11月の日経クロステックの記事に明記されている。
情報経営イノベーション専門職大学学長の中村伊知哉氏は2019年7月、「NHK同時配信を認める放送法改正が成立しました」という記事で、「クラウドにコンテンツを乗せ、電波、ケーブル、あらゆるネットワークで、テレビ、スマホ、PC、あらゆるデバイスに送る。これが通信・放送融合の未来像だろう。BBCがあと10年で電波を返上するという噂も流れている」と、注意喚起した。
元TBSでメディア・コンサルタントの氏家夏彦氏も2020年9月、東洋経済オンラインの記事で、「10年後にはテレビ局は電波を返上しているかもしれない」と書いている。
「テレビ局の電波返上は、時間の問題だ。同時配信開始、ネットテレビの普及、そして、電波返上という既定路線だ」。そういう意見が徐々に増えてきた。それが、テレビの未来らしい。視聴者はそれでも困らない。AbemaTVをみればわかる。あれだけ安定して視聴できるのであれば、ネットテレビで問題ない、と。
このままいくと、テレビ局は電波返上に追い込まれる。なぜなら、デジタル化によって電波が足りなくなるからだ。そして、BBCが返上すると、同じくNHKも電波返上するだろう。NHKが返上すれば、民放も返上するというシナリオだ。
懸念されているネットワークの問題
このほど、菅内閣誕生でデジタル庁が新設される。政権の最優先課題のひとつが、行政のデジタル化だという。政府は以前から「Society 5.0」を「目指すべき未来社会の姿」として提唱しているが、これは要するに、社会全体のデジタル化を推進していくという宣言だ。
「Society 5.0」は、IoTやロボット、AIなどの先端技術を活用して産業を活性化し、経済発展と社会課題の解決を目指していく。自動運転車、遠隔ロボット介護、遠隔医療、遠隔授業、遠隔会議、遠隔勤務、遠隔農業、スマートグリッド、スマートシティなど。
人口減少社会で経済成長するには、生産性を上げるしかない。その一方で、増加する高齢者の生命を守るには、遠隔ロボット介護や遠隔医療などが必須になる。さらに、これは、国連の「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals:SDGs)の達成にも通じるものになっている。
社会全体のデジタル化で懸念されるのが、ネットワークの問題である。つまり、社会の至るところで電波需要が増加し、電波が足りなくなる。周波数の逼迫と放送用周波数の有効活用については社会的課題のひとつになっている(参考:総務省サイト)。
山田 肇氏(情報通信政策フォーラム理事長、東洋大学名誉教授)は、「テレビ局が電波を返上する日に備える必要がある。返上した電波は移動通信事業に利用できるので新たな経済価値が生まれる。一方で、災害時の代替手段を確保するのに費用が掛かる。このバランスがプラスになるのであれば、政府は電波返上に誘導する方向で政策を展開できる」と主張している(参考「テレビ局が電波を返上する日は来るか」)。
「Society 5.0」実現に必要なこと
返上した電波を有効活用し新たな経済価値を生み出す。これは、「Society 5.0」を実現するために必要なことだ。この経済価値を犠牲にして、テレビ局を優先すると、政府との癒着を指摘されかねない。
災害時の情報提供コストさえカバーすれば、テレビ局に電波を与える経済的理由はなくなるということだ。災害時の情報は、現時点で、ネット経由やラジオ経由でも大丈夫だ。問題は、災害時に通信網が遮断しネット接続が困難になったり、アクセスが集中したりすることだ。この問題は、5Gや6Gという回線の高度化、堅牢化によって回避されると考えられている。
「電波利権」という言葉がある。おそらく、テレビ局の電波返上を妨害する最大の障壁は、この「電波利権」だとみられている。
世界の多くの国が採用している電波オークションを日本が導入していないのは、テレビ局の「電波利権」を守ってあげる代わりに、放送法・電波法で拘束して、政治家が言論の自由を剥奪するためだと主張する人たちがいる。有名なのは、嘉悦大学教授の高橋洋一氏などだ(参考)。
昨年、高市早苗総務大臣(当時)が「電波を止めるという発言をしたのではないか?」と、ニュースになった(参考)。政治的な公平性に欠けていると判断すれば、総務省は電波の停止もできるわけだが、この「公平性」という曖昧な文言が、政治家にとっては武器なのだ。要するに、やろうと思えば、言論統制できる。理由は、曖昧でも構わない(もちろん、強引な手法は政治家側にもリスクになる)。
電波利用料は、携帯電話会社に比べて圧倒的に安く設定されている。その「電波利権」をベースにして高収益率・高給与を維持してきた業界の歴史がある。曖昧な基準で、「電波を取り上げるぞ」「電波利権を失うぞ」と圧力をかける人がいる。電波を取り上げられたら、その利権も失う。だから、業界人は、その利権と引き換えに犠牲にしてきたものがある。その結果、実質的に、あるいは、構造的に、言論の自由を剥奪されてきた、と。そんな話だ。
今後10年、テレビ業界はどうなるのか?
今後10年、テレビ業界はどうなるのか? 同時配信、ネットテレビの普及、そして、電波返上という既定路線は本当に進むのか。そのとき、政治家が「電波利権」をどう考えるのか。テレビ局は地上波ビジネスが儲からなくなっても、電波にこだわるのか。それとも、免許の必要ないネットテレビのビジネスモデルに賭けるのか。そして、その結果、言論の自由はどうなっていくのか。
テレビ局は社会のデジタル化を変えることはできない。電波利権を利用しようとする政治家を変えることもできない。変えることができるのは、自分自身だけだ。
1950年代に始まったテレビは、日本の政治・経済・文化の発展を支えてきた。日本社会がその恩恵に預かってきたのは間違いない。質の高い番組も数多く存在する。その貴重なテレビ文化を未来に残していくためにも、電波返上を見据えて、テレビ局自身が自ら変わっていく時期だ。
電波利権に依存したビジネスモデルからの脱却、かつ、総務省の庇護からの独立が、重要な課題だ。儲からなくなったら補助金が出るのではないか。そんな意見を持つ人もいたが、おそらく、社会的に理解されないだろう。権力への依存をさらに強めては本末転倒だ。まだ体力があるうちに、電波利権にも、電波免許にも依存しない、新しいビジネスモデルの構築を急ぐべきだ。
メディア業界の人間にとっては、デジタル庁や「Society 5.0」以上に、行く末が気になるテーマだと思う。
Written by 有園雄一