この5年間、AOL、米ヤフー、コンデナスト、タイム社などの大手メディア企業やいくつかの小規模なスタートアップが、コンテンツを選りすぐって視聴者に提供する動画サービスを立ち上げてきた。しかし、そのようなコンテンツを観たい視聴者は、ソーシャルメディアを頼るようになっており、すでに彼らが有利な立場を築いている。
FacebookとNetflixのあいだのどこかに存在すると言われる伝説の「見えざるピンクのユニコーン」。それは、質の高い最良の短編ウェブ動画コンテンツを提供するストリーミング動画プラットフォームのことだ。
これは新しい考え方ではない。この5年間、AOL、米ヤフー、コンデナスト、タイム社などの大手メディア企業やいくつかの小規模な動画スタートアップが、ウェブコンテンツを選りすぐって視聴者に提供するストリーミングプラットフォームを立ち上げてきた。
ベライゾンのゴー90(Go90)、コムキャストのウォッチャブル(Watchable)、ベッセル(Vessel)、スポティファイ(Spotify)の動画チャンネルといった新規参入組は、一流のパブリッシャーやパーソナリティによる質の高い動画や動画シリーズを求める抑えがたい欲求が存在すると固く信じている。YouTubeやFacebookによってコモディティ化された動画とは異なる、最高の動画をキュレーションできるプラットフォームになろうというわけだ。
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Netflixの30分や1時間の番組ではなく、かといってFacebookの数分の動画でもない、よくできた短編のオンライン番組を人々が観たがっていることは、あらゆる統計が示している。しかし困ったことに、それをキュレーションしてくれる単一のプラットフォームが本当に求められていることを実際に証明した調査はひとつもない。さらなる問題は、そのようなコンテンツを観たい視聴者は、ソーシャルメディアを頼るようになっており、すでに彼らが有利な立場を築いていることにある。
伝説の存在を追い求めて
ゴー90、ウォッチャブル、スポティファイは、その同じ伝説を追いかけている。オンライン動画の視聴が増えるなか、最高のコンテンツがそこだけで揃うプラットフォームになりたいのだ。Hulu(フールー)の元CEO、ジェイソン・カイラー氏によって鳴り物入りで登場した動画プラットフォームのスタートアップ、ベッセルを背後で支えていたのもこの考え方だった。そのベッセルは低迷した。しかし、ベライゾンの野心的なモバイル動画事業であるゴー90も同じ考え方で、動画の制作者とパブリッシャーにジャブジャブとお金を使っている。
ベライゾンでデジタルエンターテインメントとゴー90のGMを務めるチップ・カンター氏は、「ゴー90の立ち位置は、スポーツ好き、ドラマ好き、コメディ好きを対象に、オリジナルコンテンツ、非独占コンテンツ、ライブコンテンツを組み合わせ、それを広告収益に支えられた単一のサービスにまとめるというものだ。これらをひとつにした広告収益による進化型の新しい動画サービスを求めるオーディエンスが必要だと我々は考えている」と語る。
コムキャストでウォッチャブルのプログラム担当バイスプレジデントを務めるクレイグ・パークス氏によると、ウォッチャブルは「万人受けするもの」になろうとしてはいないが、同じような立ち位置だという。
「たしかにYouTubeは便利でみんなが使っているが、ゆっくりとくつろいで楽しむのにはとても向いていない。ほかに、Facebookなどのソーシャルメディアでは、友達たちがシェアした動画を観ることになるが、どうしても相対的に受け身だ。コンテンツを見つけるのには必ずしも素晴らしい方法ではない。新進気鋭のブランドたちに関するコンテキストがプラスに働くウォッチャブルなら、そのコンテンツを見つける場所になれる」。
お金を出す用意はある
ベライゾンはゴー90の初年度、コンテンツパートナーに200万~1500万ドル(約2億〜15億円)を支払った。金額はコンテンツの量、オリジナルシリーズがあるかどうか、そしてコンテンツ側がゴー90と番組のマーケティングの協力に同意するかで決まった。
一方、スポティファイは、オリジナルシリーズには1エピソードあたり2万~20万ドル(約200万〜2000万円)の金額を提示している(ある情報筋によると、スポティファイがデジタルスタジオのガンパウダー&スカイ[Gunpowder & Sky]から獲得したオリジナルアニメシリーズ「ドローン&レコーデッド」[Drawn & Recorded]は、1エピソードあたり5万ドル[約500万円]で複数のバイヤーに売り込まれていたという)。
オリジナルのウェブ動画シリーズの市場は全般的に健全だ。ディスカバリー・コミュニケーションズ(Discovery Communications)が、ハリウッドのプロデューサーであるロン・ハワード氏およびブライアン・グレイザー氏とともに設立したデジタルスタジオ、ニュー・フォーム(New Form)は、デジタルシリーズをもっとも多く制作しているスタジオのひとつだ。2014年以降、ゴー90、YouTube Red、Vimeo、リファイナリー29(Refinery29)、CWシード(CW Seed)などのデジタルプラットフォームとパブリッシャーに番組を販売している。
ニュー・フォームの事業開発担当シニアバイスプレジデント、JC・カンジラ氏は、「会社をはじめたばかりの2015年当時、買ってくれそうな相手を5人見つけた。現在、デジタルプラットフォーム向けオリジナル番組を担当していて、我々が週ごとに連絡を取れるバイヤーのリストには78人の名前が並んでいる」と語る。
リスクが大きいほど見返りは大きくなる
この投資意欲の源泉は、良質なコンテンツは安くは作れないという自明の真理だ。
歴史的に、ウェブ動画ビジネスはこの部分に問題を抱えている。テレビとデジタルの両方の経験があるベテランプロデューサーによると、動画に新たに参入してきたオリジナル番組が欲しいというパブリッシャーを中心に、1エピソードあたりわずか7000ドル(約70万円)の低予算という企業が増えたことがあるという。「つまり10エピソードで7万ドル(約700万円)。これで利益を少しでも出せるだろうか? そんなことができる(制作)会社はないよ」と、このプロデューサーは語った。
おそらくそのようなデジタルパブリッシャーは、制作コストが比較的安いFacebook向け動画に感化されているのだろう。たとえば、リトル・シングス(LittleThings)などは、作り込んだFacebook向け動画の制作費は大半が1本あたり5000〜1万ドル(約50万〜100万円)の範囲だとしている。しかし、Facebook動画はそれよりずっと安い制作費が大半なのだ。これは、パブリッシャーが社内にチームとスタジオを作り、短編の動画を日々、短時間で大量生産するためだ。
「社内で作るものの方が簡単に制作できるのは、我々が知り尽くしているからだ」と、リトル・シングスの編集長、マイア・マッキャン氏は言い、「ロケに行ったり、俳優を起用したり、セットの制作、ヘアメイク、メイクなどが必要になったりすると、その分だけ費用が高くなる」と指摘した。
これに対しテレビは、あるベテランのテレビ番組プロデューサーによると、台本のない30分番組のシリーズで1エピソードあたり平均15万ドル(約150万円)、台本のある30分番組だと50万ドル(約5000万円)擁するという(これはあくまでテレビ番組全体のおおまかな平均であり、最近ではHBOやNetflixでも、有名な番組だと1シーズンで1億ドル(約100億円)以上擁するものもある)。
このプロデューサーは、「テレビも、うまく行かない番組がたくさんあるので、リスクは理解している。それでも、うまく行けば大金が入る。デジタルの制作会社の大半には、このような胆力が見られない」と語った。
ベライゾン、コムキャスト、スポティファイが(ウェブ動画に)それなりのお金を出す姿勢を見せていること自体は良い兆候なのだ。
膨張と収縮を繰り返すバブル夢物語
しかし、お金だけでは駄目なのは、AOLや米ヤフーに聞けばわかる。この2社も質の高いオリジナルの短編番組に莫大な予算を投じたが、数年であきらめることになった。
広告枠販売イベント「デジタルコンテンツ・ニューフロント(Digital Content NewFronts)」の最初の3年間、AOLと米ヤフーは、ハリウッドの一流の人材を起用したオリジナルの短編番組を大量に発表した。
また、両社はウェブのシリーズ物に大金を投じた。AOLの元幹部によると、当時AOLのオリジナルものは平均すると1番組あたり100万ドル(約1億円)を切るくらいだったという。また複数の情報筋によると、米ヤフーは2013年当時、エド・ヘルムズ、ジリアン・ジェイコブス、ザッカリー・リーバイらを起用した短編のコメディ番組「タイニー・コマンド(Tiny Commando)」の制作に、90万ドル(約9000万円)近くを使っていたそうだ。
複数の情報筋によると、米ヤフーが2012年のニューフロントで発表した番組のうち、広告によって採算がとれたのは、ABCのテレビ番組「バチェラー(The Bachelor)」のパロディ番組で、最初のシーズンに視聴者数が1100万人に到達した「バーニング・ラブ(Burning Love)」だけだった。またAOL元幹部によると、AOLが最初の3年のニューフロントで発表した全50番組のうち、制作費を回収できたのは約20%だったという。「出品した番組全体でも、おそらくマイナスだった」と、この幹部は言う。
複数の情報筋によると、両社の取り組みには、広告売上だけを追求して番組を制作していたという問題点があるらしい。前出のAOL元幹部は、「AOLはブランドからお金が入るプレミアム動画が欲しかったし、それは米ヤフーも同じだった。プレミアム動画の広告需要と、消費者の動画需要とが必ずしも相関していないのが問題のひとつだ」と語る。
このAOL元幹部は、短編のプレミアムオリジナルコンテンツに対するAOLの投資は、それだけの価値があったかという問いに、「まったくなかった。ノーだ。断じて」と答えた。
ベライゾンとコムキャストは、ゴー90とウォッチャブルはデジタル動画事業構築への長期投資だと語っており、広告費だけを追い求めているわけではない。しかし、視聴者獲得で苦戦が続けば、コンテンツに大金を投じることを正当化するのは難しくなるだろう。
オーディエンスは依然として問題であり、ソリューションでもある
番組は、制作したからといって観てもらえるわけではない。しっかりとした配信ネットワークが必要だ。
ベライゾン、コムキャスト、スポティファイは、ストリーミング事業への投資を続けているので、そのことは念頭にあると主張するだろう。なにしろ、ベライゾンはいまやAOLと米ヤフーを所有しており、これはゴー90のコンテンツのプロモーションと配信に活かせる。コムキャストには、ケーブルボックス「X1」があり、テレビ事業の顧客は2200万軒を超える。スポティファイは1億人のユーザーがおり、300万件の有料サブスクリプション契約がある。さらに3社とも、新プロジェクトを宣伝する相手となるファンを抱えたデジタルのパブリッシャーやクリエイターと協力している。
こうした背景がありながらも、顧客が実際にウェブコンテンツのストリーミングの新しいプラットフォームを求めているかどうかはわからない。つまり、ゴー90やウォッチャブルなどは、AOLや米ヤフーといった先人たちと同じく、その険しい山を乗り越えなければならないのだ。
となると、同様にオリジナルコンテンツへの投資を続けているYouTubeは有利だ。YouTubeは、YouTube Redで提供するオリジナルのシリーズや映画に100万ドル(約1億円)以上を投じているという。またFacebookも、オリジナルコンテンツへの投資を増やすことを選択すれば、かなり有利な立場にある。
メッセージングアプリのSnapchat(スナップチャット)にも可能性がある。コンテンツコーナーである「ディスカバー(Discover)」のオリジナルコンテンツ制作で、このところハリウッドを口説いているのだ。複数の情報筋によると、1億5000万人に上るデイリーユーザー向けの番組のために、Snapchatは少なくとも50万ドル(約5000万円)を出す用意があるという。
YouTubeとSnapchatの両方と仕事をしているあるパブリッシャー幹部は、「細分化が非常に進んでおり、1日中アプリに滞在するインストールベースが必要だ。インストールベースがあるSnapchatとYouTubeには、本来の配信機構があり、動画をクリックして視聴することに慣れたオーディエンスがいる」と語った。
Sahil Patel (原文 / 訳:ガリレオ)
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