ソフトウェア開発の共同作業支援ツールを提供するGitLab(ギットラボ)は、65を超える国々に1300人以上のスタッフを抱えるリモートワークの大ベテランで、時価総額は30億ドル(約3161億円)に迫る。そんなGitLabのリモートワークを統括するダレン・マーフ氏の典型的な1日の流れを時系列で追った。
ソフトウェア開発の共同作業支援ツールを提供するGitLab(ギットラボ)は、65を超える国々に1300人以上のスタッフを抱えるリモートワークの大ベテランで、時価総額は30億ドル(約3161億円)に迫る。同社が公開する「リモートワーク戦略集(Remote Playbook)」のダウンロードは、コロナ禍勃発以降、3万件を超えた。GitLabとこの戦略集がにわかに脚光を浴びている。
ダレン・マーフ氏はGitLabのリモートワークを統括する人物で、自らの職務を部門横断的だと述べている。報酬体系を変更すれば、その影響はマーケティングにも及ぶ。マーケティングに及んだ影響は、めぐりめぐって人材採用やその後のオンボーディングプロセス、さらには財務や物理的なオフィスにも波及する。当年36歳のマーフ氏はテクノロジー雑誌の元編集者で、コミュニケーションアドバイザーでもある。リモート勤務歴は15年におよび、世界最多のブログ投稿数(1万7000件以上)でギネス世界記録を保持している。GitLabに入社したのは、2019年7月。所属はマーケティング部門だ。
「リモートワークの影響は組織全体に波及する」と、マーフ氏は語る。「リモートワークの統括責任者の役割は、働き方改革をめぐるさまざまな決定が部門間の調整なしに、あるいは縦割りで行われないようにすることだ」。
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この職務の実像に迫るため、米DIGIDAYはノースカロライナ州ラリーダーラムチャペルヒル在住のマーフ氏に密着取材した。以下に同氏の典型的な1日の流れを時系列で紹介する。なお、会話の内容は短く編集している。
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始業前:私は外で過ごすのが大好きだ。朝起きて、妻とよちよち歩きの子どもとともに朝食をとる。天気が良ければ、ジョギングや短いハイキングに出かける。私の始業時間は、ワシントンDCやニューヨークに暮らす平均的な生活者に比べてやや遅い。GitLabには規定の就業時間というものがなく、業務は基本的に非同期でおこなわれる。オンラインに常駐していなくてもプロジェクトの進行に支障が出ないなら、始業時刻も終業時刻も自分の都合に合わせて決められる。私個人は朝は外で過ごしたい。こちらの時間で午前8時に会議があるような生活とはちょっとリズムが合いそうにない。
10:00AM:席に着いて仕事を始める。まずは経営陣との会議。現在検討中の会社の優先課題について協議する。たとえば、価格の変更、給与の変更、あるいはこれから進出する国での法人設立などについて意見を交わす。役員レベルで意思決定がおこなわれる際は、リモートファーストの決定を優先させるため、リモートワークの統括責任者は必ず出席する。
私たちは、どのような決定をおこなうときも、物理的な空間には誰もいないことを前提に思考をめぐらせる。誰もがオフィスにいるとは限らない状況なら、社員同士のカジュアルなコミュニケーションはどうなるだろう。誰もがオフィスにいるとは限らない状況なら、福利厚生制度はどうなるだろう。誰もがオフィスにいるとは限らない状況なら、税金はどうなるだろう。
みんなの都合を合わせる必要があるときは、東部標準時でだいたい午前10時から午後1時がいわばスウィートスポットだ。米国全土とヨーロッパの大部分がこの時間帯に収まる。アジア太平洋地域は別扱いだ。同期的な会議を開く必要にそなえて、誰もが歩み寄れる時間帯を確保しておかなければならない。
11:00AM:この時間帯はチームメンバーとのコミュニケーションに使う。リモートワーク専用のSlackチャンネルを通じて、ワークスペースの最適化や移転先などについての相談を受けつける。たとえば以前、かなり長い勤務歴を持つエンジニアリング担当のエグゼクティブバイスプレジデントがウェブカメラを取り替えたいと言ってきた。ミラーレスカメラを使いたいという。ミラーレスカメラのセットアップは少々厄介なのだが、画質はとても良い。そこで彼はSlackのパブリックチャンネルを通じて私に相談してきた。私たちはSlackで家庭用AV機器についてひと通り話し合い、その後私はカメラのセットアップを手伝った。
12:00PM:始業から3時間目。この時間はたいてい、人事部門と同期して仕事をする。GitLabでは一定のオンボーディングプロセスを何度も繰り返し適用する。常に同じプロセスを、決められた通りに適用し、かつ詳細に文書化しなければならない。オンボーディングプロセスを終了したメンバーには常にフィードバックを求め、何がうまくいかなくて、どこに改善の余地があるのか検証している。
この時間帯の後の半分は学習と開発に充てる。物事や状況は常に変化するし、コミュニケーションを助ける新しいテクノロジーやツールや方法が次々と編み出される。9月最終週、GitLabは[オンライン学習プラットフォームの]コーセラ(Coursera)と結んだ、リモートカリキュラムの指導と管理に関わる提携について発表した。この提携は、学習した知識を公開して、その恩恵を他者と共有するというGitLabのオープオンソース主義とも軌を一にする。
ツールとしてのGitLabの活用はソフトウェア開発のコミュニケーションにとどまらない。法務、財務、マーケティングでも活用している。はじめに「イシュー」を設定し、タイトルを付け、インプットやフィードバックに参加する関係者にタグを付ける。これは非同期でオープンなコミュニケーションだ。もちろん、ZoomやGoogle Docsも活用する。会議を開くときは、必ずGoogle Docのアジェンダを添付しなければならない。GitLabではすべてが文書化される。会議に参加できない人は、基本的に誰でもこのアジェンダを通じて質問することができる。
1:00PM:文書管理の作業に没頭する。私がGitLabに入社した当時、「GitLabハンドブック」には、リモートワークの実践ガイドが5つから7つ程度載っているだけだった。それがいまでは40を超えるほどに成長した(これら実践ガイドの総再生回数は前年比で430%増加している)。私は世界的に注目を集めるホットなトピックを検索し、社内はもとより、社外のチームにとっても有益な、ハンドブックで公開すべきトピックを選びだす。GitLabハンドブックを印刷したら、8000ページを超えるだろう。現在の形式でなければ、存在しえない。
コロナ渦の勃発以来、私は「してはいけないこと」(多くの企業はここでやり方を間違える)、リーダーとして為すべきもっとも重要な5つのこと、リモートワークエクスペリエンスの改善や優秀な管理職者の条件などをテーマに、数多くの実践ガイドを書いてきた。
2:00PM:これから2時間は、会議に出席したり、相談を受けたり、報道機関に我々の得た知見を紹介したりして過ごす。
[2カ月前のこと]ビジネスを専攻する学生にリモートマネジメントのケーススタディを教授する方法について、ハーバードビジネススクール(Harvard Business School)と共同研究を開始した。フランスの経営大学院INSEAD(インシアード)とコラボレーションしたこともある。彼らも企業経営者や学生にリモートワークのケーススタディを教授している。いまでは、両校ともにリアルタイムの講座を提供している。先週、当社CEOに同伴して200人以上の学生が受講するライブ講座にZoomを通じて参加した。現在、この講座は世界中で配信され、物理的なオフィスを持たずに事業を計画し、起業し、経営する方法について教えている。
いま、驚嘆すべきリモートワークの民主化が進行している。もはやこのリモートという名の魔神をランプに戻すことはできない。おそらく、世界中の企業のうち、今後5年で完全リモート化するものは5%から10%程度にすぎないだろう。それよりも、残り90%の[部分的にリモート化した]企業におよぶ社会的影響はより甚大だ。我々がハイブリッドリモートと呼ぶこのような企業は、今後爆発的に増えるだろう。
4:00PM:たいていは午後の半ばに休憩をとる。ランチを食べて、散歩に出かける。
5:00PM:最後の数時間で、社内のリモートワークの現状を部門横断的に確認し、改善点をさぐる。目下、私は「非同期(async)3.0」という構想に参画している。理想的な非同期のワークフローを実現するための構想で、今回が3度目のバージョンアップになる。複数部門をまたく部会のリーダーたちと会合して、非同期ワークフローの活用状況を確認し、改善の要望について聞き取りをおこなう。あるいは、活用に際して遭遇する落とし穴は何かなど。見解は人それぞれだ。非同期に対する営業部門の見解は、技術部門のそれとは大きく異なる。
通常、いったん仕事を切り上げて、子どもと一緒に夕食をとり、風呂に入る。子どもを寝かしつけたら、数時間ほど仕事に戻る。個人的には、もっとも仕事がはかどる時間だ。世界全体がひっそりと静まりかえるようなひと時だ。
LUCINDA SOUTHERN(翻訳:英じゅんこ、編集:長田真)