ジェネレーティブAIブームの魅力にすっかりやられてしまった広告業界。エージェンシーもプラットフォームも、マーケターを夢中にさせる新たなツールづくりと可能性の開発に余念がない。しかしながら、どうやらバーチャルインフルエンサーは人気を失ったようだ。Web3やメタバースの台頭で、2022年後半までは引く手あまただったのだが。
バーチャルインフルエンサーとはコンピュータで生成されたSNSのキャラクターを指し、デジタルスーパーモデルのシュドゥ・グラム(Shudu Gram)やロボットラッパーFNメカ(FN Meka)、特にリル・ミケイラ(Lil Miquela)といったバーチャルインフルエンサーは、そのリアルさで話題を呼んだ。ミケイラのマネジメントは、ロボティックスとAIに特化したクリエイティブエージェンシー、ブラッド(Brud)が行っているが、エージェンシーやブランド経由でマネージャーがついているのが一般的だ。こうした模造インフルエンサーはたいてい有名人と一緒に登場し、製品のプロモーションを行ったり、現実のSNSユーザーのふりをしたりする。
広告主はすっかりこうしたキャラクターに心を奪われ、業界はインフルエンサーマーケティングのネクストブレイクとして強く推した。2010年代半ばから注目が高まると、その数年後には、有形のブランド取引で全盛を極めたようだ。たとえばミケイラは、2016年にローンチしてから、プラダ(Prada)やパクサン(Pacsun)、カルバン・クライン(Calvin Klein)といったファッションブランドと契約を結んでいる。
カルバン・クラインとの取引では、ミケイラがモデルのベラ・ハディッド氏とキスするキャンペーンを展開した後、同ブランドは苦境に立たされた。ニューヨークタイムズ(The New York Times)は、多くの人にとってはまったく現実的でなく、不快感さえ与えるものだと断じている。
擬似SNSスターの人気は下火に
昨年の2022年でも、バーチャルインフルエンサーはインフルエンサーマーケティングの新興市場として予測されていた。実際、バーチャルインフルエンサーのおかげで、ブランドはキャンペーンを管理しやすくなり、場所を選ばずに利便性が高く、シームレスでメタバースに移行できるようになった。しかしながら、インフルエンサーマーケティングの成長が止まらず、AIブームが根強く続いたところで、疑似SNSスターたちの派手な売り込みは下火になっている。
「絶頂期には、誰もがそこに話題性を求めていて、何かないかと関心を示していたが、今はもうまったく下火になった」。そう話すのは、インフルエンサーマーケティングエージェンシーのビリオン・ダラー・ボーイ(Billion Dollar Boy)でチーフマーケティング&イノベーションオフィサーを務めるベッキー・オーエン氏だ。「この分野にそれほどかかわりのないブランドが条件反射的反応を示す様子は、まず見られなくなった」。
コンテンツクリエイターやインフルエンサーは需要が高く、米DIGIDAYリサーチによると、エージェンシー関係者の76%は、顧客は「マーケティング予算のうち、たとえわずかな金額であれ、インフルエンサーに支出する」と話している。決して、エージェンシーがバーチャルインフルエンサー中心で売り込むのを止めたというわけではない。ほとんどの顧客がマーケティングで目を引くものでなければ特に関心を持たないというだけだ。今のところ顧客の関心は、チャットボットのようなほかの新しいテクノロジーに向いている
インタラクティブエージェンシーのレーザーフィッシュ(Razorfish)で消費者&コンテンツエクスペリエンス部門でエグゼクティブバイスプレジデントを務めるクリスティーナ・ローレンス氏は、「現在のところ、注目しているのは、ジェネレーティブAIをどう使うのか、また、チャット体験のようなコンセプトを立証できるのかという点だ」とメールで回答した。「次の波は、その人の生活を見て、まねしたくなるようなバーチャルパーソナリティが出てきたときだと考えている」。ローレンス氏は、インフルエンサーのキャリン・マージョリー氏が2023年の夏に入り、バーチャルガールフレンドを想定した自分のAI版を作り出したことを指摘している。この音声ベースのチャットボットは失敗に終わったようで、インサイダー(Insider)によると、購読者との会話で露骨な性的表現を使っていたという。
慎重な好奇心
AIに関してはいろいろ騒がれているが、バーチャルインフルエンサーに関しても、思惑よりも、好奇心が勝っているとエージェンシーの幹部が声をそろえる。クリエイティブエージェンシーのハンガーフォー(HangarFour)は今年2023年、バーチャルインフルエンサーのキャンペーンを4~5種類用意してプレゼンを行ったが、これは6~7キャンペーンだった2020年よりも減少している。これまでのところ、同社で実現したバーチャルインフルエンサーキャンペーンは唯一、リル・ミケイラとラッパーのスウィーティー氏とのコラボで、2020年10月に行われたスウィーティー氏の啓発キャンペーンである。ハンガーフォーによると、YouTube投稿後、最初の1週間で130万人が視聴し、SNSプラットフォーム全体で93万件のエンゲージメントを獲得したという(本件の提携に関する詳細な金額は公開されなかった)。
ハンガーフォーは引き続き、バーチャルインフルエンサーと没入体験のピッチを行っているものの、顧客は、それに業界全般を見ても、AIやメタバース、Web3をはじめとする新興テクノロジーの使用に関しては依然として腰が重い。AIはあちらこちらで取り上げられているが、広告主は技術的進歩を伴う、こうしたテクニカルな内容にはまだ慣れていないのだ(AIブランドセーフティの問題に関してはこちらを参照)。
ハンガーフォーでインフルエンサー戦略担当バイスプレジデントを担うエリザベス・ウォーカー氏は、「こうしたバーチャルインフルエンサーの売り込みは、技術の進歩やAIがらみで耳にした話と空気感を考慮すると、従来のインフルエンサー、つまり人間のインフルエンサーよりも少しばかり難しい」と話す。
広告エージェンシーVMLY&Rや、インフルエンサーマーケティングに特化したリンキア(Linqia)、ウェブテクノロジー企業のジャーニー(Journee)も、似たような状況にある。確かに、業界全体で仮想世界と現実世界の差を埋めようとしているので、ウェブの没入体験に対する関心はますます高まっている。しかしながら、この1年、バーチャルインフルエンサーがウェブで果たす役割に関しては十分に話し合われていこなかったというのが現実だ。
ジェネレーティブAIブームの魅力にすっかりやられてしまった広告業界。エージェンシーもプラットフォームも、マーケターを夢中にさせる新たなツールづくりと可能性の開発に余念がない。
しかしながら、どうやらバーチャルインフルエンサーは人気を失ったようだ。Web3やメタバースの台頭で、2022年後半までは引く手あまただったのだが。
バーチャルインフルエンサーとはコンピュータで生成されたSNSのキャラクターを指し、デジタルスーパーモデルのシュドゥ・グラム(Shudu Gram)やロボットラッパーFNメカ(FN Meka)、特にリル・ミケイラ(Lil Miquela)といったバーチャルインフルエンサーは、そのリアルさで話題を呼んだ。
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2010年代から徐々に話題
ミケイラのマネジメントは、ロボティックスとAIに特化したクリエイティブエージェンシー、ブラッド(Brud)が行っているが、エージェンシーやブランド経由でマネージャーがついているのが一般的だ。こうした模造インフルエンサーはたいてい有名人と一緒に登場し、製品のプロモーションを行ったり、現実のSNSユーザーのふりをしたりする。
広告主はすっかりこうしたキャラクターに心を奪われ、業界はインフルエンサーマーケティングのネクストブレイクとして強く推した。2010年代半ばから注目が高まると、その数年後には、有形のブランド取引で全盛を極めたようだ。たとえばミケイラは、2016年にローンチしてから、プラダ(Prada)やパクサン(Pacsun)、カルバン・クライン(Calvin Klein)といったファッションブランドと契約を結んでいる。
カルバン・クラインとの取引では、ミケイラがモデルのベラ・ハディッド氏とキスするキャンペーンを展開した後、同ブランドは苦境に立たされた。ニューヨークタイムズ(The New York Times)は、多くの人にとってはまったく現実的でなく、不快感さえ与えるものだと断じている。
擬似SNSスターの人気は下火に
昨年の2022年でも、バーチャルインフルエンサーはインフルエンサーマーケティングの新興市場として予測されていた。実際、バーチャルインフルエンサーのおかげで、ブランドはキャンペーンを管理しやすくなり、場所を選ばずに利便性が高く、シームレスでメタバースに移行できるようになった。しかしながら、インフルエンサーマーケティングの成長が止まらず、AIブームが根強く続いたところで、疑似SNSスターたちの派手な売り込みは下火になっている。
「絶頂期には、誰もがそこに話題性を求めていて、何かないかと関心を示していたが、今はもうまったく下火になった」。そう話すのは、インフルエンサーマーケティングエージェンシーのビリオン・ダラー・ボーイ(Billion Dollar Boy)でチーフマーケティング&イノベーションオフィサーを務めるベッキー・オーエン氏だ。「この分野にそれほどかかわりのないブランドが条件反射的反応を示す様子は、まず見られなくなった」。
コンテンツクリエイターやインフルエンサーは需要が高く、米DIGIDAYリサーチによると、エージェンシー関係者の76%は、顧客は「マーケティング予算のうち、たとえわずかな金額であれ、インフルエンサーに支出する」と話している。決して、エージェンシーがバーチャルインフルエンサー中心で売り込むのを止めたというわけではない。ほとんどの顧客がマーケティングで目を引くものでなければ特に関心を持たないというだけだ。今のところ顧客の関心は、チャットボットのようなほかの新しいテクノロジーに向いている
インタラクティブエージェンシーのレーザーフィッシュ(Razorfish)で消費者&コンテンツエクスペリエンス部門でエグゼクティブバイスプレジデントを務めるクリスティーナ・ローレンス氏は、「現在のところ、注目しているのは、ジェネレーティブAIをどう使うのか、また、チャット体験のようなコンセプトを立証できるのかという点だ」とメールで回答した。「次の波は、その人の生活を見て、まねしたくなるようなバーチャルパーソナリティが出てきたときだと考えている」。ローレンス氏は、インフルエンサーのキャリン・マージョリー氏が2023年の夏に入り、バーチャルガールフレンドを想定した自分のAI版を作り出したことを指摘している。この音声ベースのチャットボットは失敗に終わったようで、インサイダー(Insider)によると、購読者との会話で露骨な性的表現を使っていたという。
慎重な好奇心
AIに関してはいろいろ騒がれているが、バーチャルインフルエンサーに関しても、思惑よりも、好奇心が勝っているとエージェンシーの幹部が声をそろえる。クリエイティブエージェンシーのハンガーフォー(HangarFour)は今年2023年、バーチャルインフルエンサーのキャンペーンを4~5種類用意してプレゼンを行ったが、これは6~7キャンペーンだった2020年よりも減少している。これまでのところ、同社で実現したバーチャルインフルエンサーキャンペーンは唯一、リル・ミケイラとラッパーのスウィーティー氏とのコラボで、2020年10月に行われたスウィーティー氏の啓発キャンペーンである。ハンガーフォーによると、YouTube投稿後、最初の1週間で130万人が視聴し、SNSプラットフォーム全体で93万件のエンゲージメントを獲得したという(本件の提携に関する詳細な金額は公開されなかった)。
ハンガーフォーは引き続き、バーチャルインフルエンサーと没入体験のピッチを行っているものの、顧客は、それに業界全般を見ても、AIやメタバース、Web3をはじめとする新興テクノロジーの使用に関しては依然として腰が重い。AIはあちらこちらで取り上げられているが、広告主は技術的進歩を伴う、こうしたテクニカルな内容にはまだ慣れていないのだ(AIブランドセーフティの問題に関してはこちらを参照)。
ハンガーフォーでインフルエンサー戦略担当バイスプレジデントを担うエリザベス・ウォーカー氏は、「こうしたバーチャルインフルエンサーの売り込みは、技術の進歩やAIがらみで耳にした話と空気感を考慮すると、従来のインフルエンサー、つまり人間のインフルエンサーよりも少しばかり難しい」と話す。
広告エージェンシーVMLY&Rや、インフルエンサーマーケティングに特化したリンキア(Linqia)、ウェブテクノロジー企業のジャーニー(Journee)も、似たような状況にある。確かに、業界全体で仮想世界と現実世界の差を埋めようとしているので、ウェブの没入体験に対する関心はますます高まっている。しかしながら、この1年、バーチャルインフルエンサーがウェブで果たす役割に関しては十分に話し合われていこなかったというのが現実だ。
信ぴょう性の欠如
バーチャルインフルエンサーの場合、テクノロジーに対するモヤモヤ感だけが悩みの種ではない。たえず変化を続けるSNS界のあり方も悩みの種だ。SNSでは、マーケターがたえず信ぴょう性を追い求めており、最近ではデ・インフルエンシング(De-influencing)の動きも見られる。
「ブランドがインフルエンサーとコラボする場合、いろいろな点で、それまでオーディエンスと築いてきた本物の関係を利用することになる」とVMLY&Rのチーフイノベーションオフィサーのブライアン・ヤマダ氏は指摘する。「ただ、インフルエンサーと同じレベルの関係性を持つジェネレーティブインフルエンサーがいるとは思わない」。
つまり、一部のバーチャルインフルエンサーのように、人の姿に見えたとしても、彼らはそもそも人間ではなく、これまでのインフルエンサーのように人と共感することはできない。実際、製品を直接触れることはできないのだ。エージェンシーの複数の幹部の話では、製品テストのシミュレーションの場合、その製品が化粧品であれ、菓子であれ、別の消費財であれ、従来のインフルエンサーが提供する実際の製品レビューと同じレベルのレビューは期待できないという。
「確かに目新しさはあるだろう。でも、こうしたキャラクターから、ブレイクを果たして、生身の人間のように説得力のあるキャラクターが生まれてくるとは思わない。カルチャーの面でも、それほどおもしろくない」とインフルエンサーマーケティングエージェンシー、コレクティブリー(Collectively)でチーフイノベーションオフィサーを務めるナタリー・シルバーステイン氏は指摘する。「ブランドは、カルチャーがなければ関心をもたない」。
TikTokの時代に入り、今やショートフォーム動画コンテンツが王道である。バーチャルインフルエンサーが登場した2010年代前半は、大半が静画だった。クリスピン・ポーター・ボガスキー(Crispin Porter Bogusky)でコミュニケーション&インフルエンサー担当シニアバイスプレジデントのジェイ・パウェル氏は、「TikTokが成長し、オーディエンスがモーションや動画コンテンツを求めるようになった結果、バーチャルインフルエンサーを続けるのはウェブ担当者にとってかなり厄介になっている」とメールで回答した。
欧州では失敗
とはいえ、バーチャルインフルエンサーがいますぐデジタルの墓石に名を刻むというわけではない。たとえばミケイラは、定期的に投稿を続けており、最近では生体認証を利用した暗号通貨プロジェクト、ワールドコイン(Worldcoin)と広告契約を結んだり、スペイン人のシンガーソングライター、ロザリア氏などの有名人と一緒の姿がインスタグラムで見られたりしている。とはいえ、ソーシャルコマースとライブショッピングと同じように、アジア諸国では上々だが、欧米で挫折という状況にある――少なくとも現時点では。
しかしながら、電通クリエイティブシンガポールでは、インフルエンサー界では、AIの技術的進歩に拍車がかかっていると、マネージングディレクターのプリマ・テチナムルシ氏は話す。このように関心が高まっているのは、バーチャルインフルエンサーの能力がさまざまなシナリオに対応できるからだ。さらに、一貫性を保ちながら、マーケターが求めることにも世界各地で求められていることにも自由な発想で対応できる。これはすべて、バーチャルインフルエンサーが地域や言葉の壁に関係なくデザインできることが大前提にある。
「実のところ、バーチャルインフルエンサーのなかにはAIを利用して、フォロワーとリアルタイムでやりとりができるものもいて、没入体験の質がレベルアップしている」とテチナムルシ氏はメールで回答を寄せた。たとえば、コードミコ(CodeMiko)はバーチャルなTwitchライブストリーマーで、Twitchのフォロワーは90万人と人気を博している。YouTubeでも定期的に投稿し、そのフォロワー数は50万人を超える。
米国の場合、バーチャルインフルエンサーはまだマーケティングで一時的な成功さえ遂げていないようだ。電通クリエーティブはバーチャルアイデンティティを全世界に展開している。エージェンシー各社の経営陣が口を揃えていたが、AIは今後もテクノロジーの民主化を推し進め、早く・安く・柔軟に対応できるようになるので、メタバースのようなWeb3の没入体験の復活が期待できるかもしれない。
「フォロワーやオーディエンスを探すために、ジェネレーティブな人やジェネレーティブなものやジェネレーティブな環境・コンテンツが、どこからどのように始まるのかを探るところから着手したのは上出来だった」とVMLY&Rのヤマダ氏は話す。「そのうちに、CGIやジェネレーティブのようなテクノロジーはどれも、質と速度が向上し、安価に提供できるようになるだろう」。
[原文:Why virtual influencers have died off despite the AI boom that has a chokehold on the industry]
Kimeko McCoy(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)