私が辞めた理由 : スタートアップ を退職した5人の事情

職種にかかわらず、退職は簡単な決断ではなく、当然、そこに至る経緯もさまざまだ。

たとえば、コンシューマーブランドでの仕事を選んだ元スタートアップスタッフの場合、その理由は長時間労働や低賃金とは限らない。なかには、消費者と直接相対するブランドの構築で得た経験を携えて一歩踏み出すことを、自らの起業の機会にする人もいる。一方、度重なる方針転換とずさんなマネジメント(あるいは、検閲に晒されるプロダクトの作成)の歳月に疲れ果て、安定度の高い、整備された職場環境に移ることを選んだ者もいる。

以下に、コンシューマースタートアップの職を辞した5人それぞれの退職事由を紹介する。なお、読みやすさを考慮し、発言には多少編集を加えてある。

エーシステム(Asystem)共同創設者、ジョシュ・ルヴァイン氏

僕はたぶん、シリアルアントレプレナー(連続起業家)になりたいんじゃないかな。気づいたんだけど、大きな成功を収める起業家には、ある程度、もとい、とことんまで、機を見るに敏な性質が欠かせないと思う。次に何が来るのかを敏感に察知して、その流行が起きる前に機会を創造することが必要なんだ。2011年に僕はD2Cデニムブランド、フレイム(Frame)を共同で興し、CEOとして7年近く、店舗の開店をはじめ、立ち上げと拡大に尽力した。でも次第に、僕の仕事は管理と人事が大半を占めるようになり、真の創造性や企業文化の牽引から遠ざかってしまった。LA、ニューヨーク、ロンドンと、複数のオフィスに渡る従業員は数百人にも膨らみ、その管理は骨が折れる仕事になったし、そこは僕の力を最大限発揮できる場じゃない気がしてきた。

そんなとき、フレイム時代の終わり頃に、ふと、人々の興味が物理的な商品から健康やウェルネス、経験に移行しつつあることに気がついた。最新の「何でもかんでも」を所有することへの関心が薄れて、それよりもむしろ、自分自身にどう投資するかに目が向きつつあった。それで、毎日くり返すだけの仕事を全部辞めて、いま現在世の中で起きているこのウェルネスブームにいち早く身を投じてみたんだ。僕は生まれも育ちもLAだから、この分野の中心にいるという有利な立場にもあったわけで、それで最終的に、パートナーのオリ・ウォルッシュとエーシステム(Asystem)を立ち上げるに至った。いまは、さっき言ったリテールでの経験を活用して、科学に裏打ちされた男性ウェルネス商品を扱うブランドと、その関連コミュニティの設立に尽力している。そういうのはまだ存在していない気がしたから。少なくとも、僕らが望む、もしくは、僕が知っている男性たちが望むようなものはね。はじめの話に戻るけど、これも機を見るに敏で、次に何が来るのかを察知できるからこそやれたことだし、誰にも先を越されるわけにはいかない、という強い思いもあったんだ。

スプライス(Splice)のシニアデザイナー、ステファン・ヘイデン氏

昨年(2019年)12月まで、フォトグラフィープラットフォーム、シャッターストック(Shutterstock)の構築に9年あまり関わりました。ただ、そこの平均勤続年数は2年足らずでしたので、君は絶対に辞めないんだろうと、周囲からはよくからかわれましたね。でもそこに在籍するあいだに、私はさまざまなことで経営陣に疑問を投げかけまして、面倒くさいやつと評判が立つくらいだったんですが、そのなかで、ソーシャルキャピタル(社会関係資本)をたっぷりと蓄えたんです。そんなわけだったので、シャッターストックが中国市場に対するリサーチ結果に関して、「独裁者(dictator)」や「黄色い傘(yellow umbrella)」を含む6つの言葉の検閲をはじめた際も、気づいたら私は、先頭に立って経営陣に異を唱えていましたし、検閲反対の署名運動も起こして、全社員の20%近くから署名をもらいました。

経営陣はしかし、止めるつもりはないの一点張りでしたし、我々の選択は常に正しいのだから、安心して欲しいという調子で、問題をうやむやにしたがっているのは見え見えでした。そもそも、ニューヨークでデベロッパーをしている者が、経営陣を盲信する必要はどこにもありません。現に、デベロッパーを欲しがる企業はごまんとあるわけですから、検閲に賛成ならば話は別ですが、そうでないなら、残る理由はありませんでした。それで、転職先を見つけて、退職の旨を伝えた私は、そこにいるあいだに手にした数々の賞を持ってオフィスを出ることになったわけですが、そのときに実感しましたね。デベロッパーが倫理観を理由に退職するのに、いまほど最適な時代はないと。

アス・トゥー・ティー(Us Two Tea)創設者/CEO、マギー・シュエ氏

昨年(2019年)に、デジタルアートキャンバスメーカー、ミューラル(Meural)を辞めて、会社を立ち上げました。社が買収されるという話を耳にしたからです。リードデザイナーとして、私はその会社を大きく成長させましたし、幸運にも成功を見届けられた。ですから、買収の一報は、そろそろ新たな一歩を踏み出し、自身のブランドを作り上げる頃合いであることを示す合図に思えましたし、実際、そこでの自分の役目は終わった気もしていました。

ミューラルの初期メンバーとして積んだ経験は、多くの点で、自身のD2Cブランドの設立に役立ってくれました。なかでも重要だったのは、スタートアップの表と裏をしっかりと学んでいた点です。商品開発やブランド構築の仕組みを内側から見ていたわけですから。それと、自分で自分の背中を押すことにも、たくさんの役割を担うことにも慣れていました。そして何といっても、良いリーダー役となること、一致団結して仕事を進めるチームを構築することの重要性をこの目でしっかりと見ていたことが大きかったですね。アス・トゥー・ティー(Us Two Tea)を成長させるなかで、かつてないほどの孤独を感じることもありますが、後悔は一度もありません。これまでの長い歩みをふり返ってみると、人としてずいぶんと成長できたな、と実感できます――そこには、以前よりもずっと良くなった自分がいます。いまも毎日、新しい学びがありますし、それが何よりも大きいのだと思います。

シード・ヘルス(Seed Health)共同創設者/CEO、エラ・カッツ氏

私の場合、コンシューマーテックからライフサイエンスに移ったわけですが、その前に流産を経験しまして、それで自然と、自分に対して実存的な問いかけをしたのです――「この私という存在が今後、世の中に与えられる影響とは、一体何なのだろう?」。私は会社、ブランド、コミュニティ、テクノロジーを作り上げる方法を心得ていましたし、ですから、次に何をするにせよ、絶対に「ゼロから一」を生むものにしようと心を決めました。自分を奮い立たせること、困難に立ち向かわせること、そして世界を少しでも前進させること、それ以外のことでは納得できないと思いました。そんな折、共同で立ち上げた会社を辞めてから間もなく、私は息子パックスを妊娠し、新たな共同設立者ラジャ・ディールに出会いました。彼は素晴らしい科学的思考の持ち主にして、私と同じ第一原理主義者であり、私の経験を真に補ってくれる人物です。

マイクロバイオーム(ヒトの体内に存在する微生物のゲノム)の存在も、健康や製品の効能に関する情報には眉唾物が多いという事実も、知ったのは妊娠がきっかけでした。ですが、最終的にシード(Seed)を立ち上げることになったのは、母乳が出にくかったことが大きかったですね。そこでまずは、乳児用ミルクの改革の前提条件からはじめて、コンシューマープロバイオティックとマイクロバイオーム関連製品という、大量の情報が錯綜している分野に厳しい科学的視点、正確性、きちんとした教育を提供するプラットフォームを構築するに至りました。

ブルーランド(Blueland)共同創設者/CEO、サラ・ペイジ・ヨー氏

ブルーランド(Blueland)の前は、スタートアップスタジオ、ローンチ(Launch)のパートナーとして、いくつかのコンシューマーブランドの立ち上げと経営に尽力しました。そこには10年ほど在籍して、シリアルアントレプレナーとして、エムジェミ(M.Gemi)、ロケッツ・オブ・オーサム(Rockets of Awesome)、フォレイン(Follain)、スナペット(Snapett)といった新ブランドを構築しましたし、スナペットは 2013年、プライスグラバー(PriceGrabber)に売却しました。

その後、息子のノアが生まれて(現在3才)、それをきっかけに、こう考えるようになったんです――「この子や未来の世代のために、どうしたらより良い世界を作れるだろう?」。私は新製品の開発と新会社の立ち上げに関する経験を積んでいましたから、それを十二分に活用できる形で、この惑星が直面しているもっとも切迫したいくつかの問題の解決に役立つ方法を見つけたいと、心から思いました。それで、ファッション/美容業界における確固たる地位を捨てて、ブルーランド(Blueland)という会社をまた一からはじめたんです。いまは、日用品からシングルユースプラスチックを排除することを目指しています。

Gabriela Barkho(原文 / 訳:SI Japan)
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