ウォルマート(Walmart)が、リテールバンキングに参入する小売企業の新たな事例になりそうだ。 同社は1月11日、投資プラットフォーム「ロビンフッド(Robinhood)」の出資企業でもあるリビット・キャピタル(Rib […]
ウォルマート(Walmart)が、リテールバンキングに参入する小売企業の新たな事例になりそうだ。
同社は1月11日、投資プラットフォーム「ロビンフッド(Robinhood)」の出資企業でもあるリビット・キャピタル(Ribbit Capital)と提携し、従業員と顧客にサービスを提供するフィンテック企業を設立すると発表した。計画の詳細は明らかにされていないが、ウォルマートによれば、「金融サービスの分野でより多くのサービスを求める(顧客からの)声が明らかに高まっている」という。
ただし、フィンテック分野に参入している小売企業はウォルマートだけではない。米国で金融サービスを提供している小売企業は少ないが、アジアでは、アリババ(阿里巴巴)、楽天、ショッピー(Shopee)といったeコマース企業が、買い物のニーズだけでなく日常的なバンキングニーズに対応するハブの役割を果たしている。具体的には、ローンや預金のサービスを提供したり、公共料金の支払いなどeコマースとは関係のない取引ができるようにしたりしているのだ。金融サービスの提供を検討している米国の小売業者にとっては、彼らが今後の方向性を示しているといえる。
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米国では規制が存在するが
こうしたトレンドがアジアを超えて拡大する日は近いかもしれない。「eコマースを利用している消費者のあいだで、本格的な金融サービスを望む声が強くなると私は予想している」と、S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンス(S&P Global Market Intelligence)のフィンテックアナリスト、シャルマ・ナリアヌリ氏はいう。こうした変化がどこまで広がるのかは「規制当局が許可する業務の範囲や程度にかかっている」と話す同氏は、中国や日本、シンガポール、インドのeコマース企業はこの点で先行していると付け加えた。米国企業が彼らのあとを追う可能性はありそうだが、そのためには規制の変更が必要になる。いまのところ、米国では民間企業による銀行の運営が認められておらず、楽天のようなeコマース企業が銀行業の免許を取得することはできないからだ。
米国以外の地域では、eコマース企業がフィンテック分野で大きな力を獲得している例がいくつかみられる。アリババの金融スピンオフであるアント・ファイナンシャル(Ant Financial)は、網商銀行(MYBank)と呼ばれるネット専業銀行を運営し、顧客の預金を管理したり、中小企業や個人に約80万5000ドル(約8350万円)を上限とするローンを提供したりしている。一方、日本のeコマース大手である楽天は、独立した形で楽天銀行を運営し、預金やローンのサービス、保険商品などを提供している。また、「楽天Edy」という独自の電子マネーカードを発行し、多くの実店舗で利用できるようにしている。シンガポールでは、ショッピーとラザダ(Lazada)という大手eコマース企業2社が正式な銀行免許の取得に乗り出し、すでに提供している保険商品やデジタルウォレットをベースとした金融事業を展開しようとしている。
ナリアヌリ氏によれば、金融サービスで必要なことは、十分な数の顧客を集め、顧客ロイヤルティを確立することだ。人々は定期的に口座を利用したり料金を支払ったりしている。そのため、eコマース企業や小売業者が口座の利用や支払いを円滑におこなえるようにすれば、顧客がアプリや店舗の利用中に商品を購入する可能性も高くなるだろう。
金融サービスを手がけるメリットはほかにもある。たとえば、世界には決済サービスや昔ながらの銀行サービスを簡単に利用できない人がたくさんおり、デジタル決済を中心にビジネスを構築しているeコマース企業にとって問題となっている。ナリアヌリ氏によれば、アジアのeコマース企業は現金決済を簡単にするための取り組みに注力し、ATMネットワークと提携して現金の入出金ができるようにしたり、現金払いのデリバリーサービスを提供したりしてきた。インドなど一部の国では、Amazonのような米国企業でさえ本格的な決済アプリを提供している。「インドでは、Amazonは単なるeコマース企業ではない。Amazonのアプリを使えば、友達に送金したり公共料金を支払ったりできる。このアプリを汎用の決済アプリとして利用できるのだ」と、ナリアヌリ氏は語った。
銀行業を手がけたスーパーマーケットの前例
ウォルマートのような実店舗中心のスーパーマーケットチェーンが銀行サービスに乗り出すというアイデアは、目新しいものではない。英国では、スーパー大手のテスコ(Tesco)が1997年からテスコ・バンク(Tesco Bank)という銀行を自社で運営している。顧客は銀行口座を開設してテスコのクレジットカードを作ったり、カードローンや住宅ローン、保険などをテスコで申し込んだりできる(これらのサービスは外部の企業が運営しているが、テスコブランドで提供されている)。テスコ・バンクによれば、顧客の数は現時点で600万人を超えているという。米国では、ここまで包括的な金融サービスを提供している小売業者はないが、メイシーズ(Macy’s)やJCペニー(JCPenney)など一部の企業は、買い物用クレジットカードの事業を重要な収益源として活用している。
英国では、テスコが銀行を設立してから間もなく、いくつかの小売業者が銀行業に参入した。たとえば、食品小売の分野でテスコの2大ライバルであるアズダ(Asda)とセインズブリーズ(Sainsbury’s)は、それぞれアズダ・マネー(Asda Money)とセインズブリーズ・バンク(Sainsbury’s Bank)を設立した。しかし、こうした取り組みのほとんどは失敗に終わっている。英国に本拠を置くショア・キャピタル(Shore Capital)でリサーチ責任者を務めるクライブ・ブラック氏によれば、失敗した企業は「英国の大手小売銀行がすでに持っている影響力を過小評価していた」という。また、銀行を運営するには、多額の現金を手元に置いておかなければならない。昨年11月には、セインズベリーが顧客不足を理由に金融部門の閉鎖を発表したが、あとに続く企業が続々と出てくる可能性もある。
決済サービスがほとんどない地域で事業を展開しているeコマース企業にとって、フィンテックは未来の希望かもしれない。だが、英国のように昔からある金融システムの支配が強い地域では、人々はいつも利用している銀行をなかなか変えたがらないものだ。
鈍い米国での動き
米国では、Amazonが2017年に「Amazon Cash(アマゾンキャッシュ)」を始めてフィンテックに参入した。Amazon Cashは、ドラッグストアチェーンのCVSなどさまざまな取扱店で現金をチャージできるサービスだ(ウォルマートも同様のプログラムを提供している)。米国では、銀行を利用できない消費者の割合は約5.4%と少ないものの、Amazonは重要なターゲットとして彼らへのリーチを試みている。とはいえ、Amazonが米国で提供しているサービスは、ほかの市場で手がけている銀行業務と比べれば大きく見劣りしており、多くの米国人の利用が見込まれるローンサービスもない。
米国でフィンテックに参入したそのほかの企業に、オーバーストック・ドット・コム(Overstock.com)がある。同社は「ファイナンス・ハブ(Finance Hub)」と呼ばれる金融サービス部門を運営し、顧客が商品を買いやすくするサービスを提供している。ただし、彼らが提供しているのは、外部の融資会社やリースサービス会社と顧客をマッチングするサービスだ。したがって、ファイナンス・ハブは銀行や決済プラットフォームというより、マーケットプレイスに近い。
eコマース企業がいまもバンキング分野に惹かれる理由のひとつは、決済サービスを利用できない顧客を獲得できることにある。また、自前で銀行業務を行えば、顧客の口座からお金を引き出す際に発生する取引手数料を回避できることも大きなメリットだと、ナリアヌリ氏は指摘する。実際にアリババやAmazonは、自前の決済サービスを運営することで取引コストを削減している。「市場によって状況は異なっており、米国のリテールバンキング市場はあまり統合されていない」とショア・キャピタルのブラック氏は言う。そのうえで、「ウォルマートは、英国のスーパーマーケットが直面している課題を検討し、そこから学ぶのがよいだろう」と付け加えた。「スーパーマーケットの銀行は1990年代に華々しく登場したが、チャレンジャーとしての地位を得るという昔の夢はとっくに失われてしまった」。
米国を拠点とする小売業者がここから得られる教訓は、金融サービス分野は参入が非常に難しい市場だということだ。人々が請求書の支払いをするためにウォルマートを利用してくれることは魅力的だが、小売業者が従来の銀行に代わる存在になれると規制当局や消費者に納得してもらうことは、それほど簡単なことではない。
[原文:Why e-commerce companies are turning themselves into banks]
MICHAEL WATERS(翻訳:佐藤 卓/ガリレオ、編集:分島 翔平)