電子書籍の価格はこれまでたびたびプラットフォーマによって吊り上げられてきた。かつてはApple、そして今回はAmazonがその当事者だ。ただし、プラットフォーマーが悪事を働いたという単純な話でもない。寡占状態の市場でなんとか利益を得ようとする米国の大手パブリッシャー4社の思惑も見え隠れしているのだ。
米国では、プラットフォーマーによる電子書籍に対する価格操作の問題が話題をさらっている。
2021年1月14日、米法律事務所のハーゲンス・バーマン(Hagens Berman)は、Amazonが電子書籍の小売価格を吊り上げているとして集団訴訟を起こした。同事務所は消費者法を専門としており、Amazonと出版大手5社(アシェット[Hachette]、ハーパー・コリンズ[HarperCollins]、マクミラン[Macmillan]、ペンギンランダムハウス[Penguin Random House]、サイモン&シュスター[Simon&Schuster])が締結した契約内容が独占禁止法に抵触していると主張する。
その前日には、コネチカット州司法長官のウィリアム・トン氏が、この問題について調査を進めているとウォールストリート・ジャーナル(Wall Street Journal)が報じている。
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電子書籍が高額になった理由
ハーゲンス・バーマンは、Amazonが市場シェアを独占しているため、価格操作によりユーザーは電子書籍の購入に必要以上の代金を支払わされていると主張。同事務所は、2014年にAmazonが取扱う大手出版社の電子書籍のうち、15ドル(約1560円)以上の商品はわずか5%に過ぎなかったが、その後割合は増え、2020年にはインフレ率を補正しても55%にまで拡大したと指摘している。
また注目すべき点として、同期間の電子書籍市場に占めるAmazonのシェアが約67%から76%にまで拡大していることも挙げている。
ハーゲンス・バーマンは、小売価格の上昇は偶然起きたものではないとしており、Amazonは各出版社と共謀して電子書籍の価格を引き上げ、「ほかのプラットフォームでもこれを下回る価格での販売をおこなわない」とする契約を結んだと主張している。「Amazonが出版大手5社と共謀し、単にAmazon.comにおける価格を吊り上げただけであれば、ほかの廉価な販売プラットフォームにユーザーが流れ込んでしまう。これを防ぐため、被告(Amazonおよび出版大手5社)は電子書籍を扱うほかのサイトでAmazonを下回る価格で販売しないと、談合とも呼べるような合意をしている」。
この訴訟であらためて浮き彫りになっているのが、Amazonの有する圧倒的な影響力だ。そして、もともとつながりの深い出版社と書籍販売業者。ここで癒着が進んだときに何が起きるのか、今回の訴状内容がその顛末を示している。1960年代には、米国には何百もあった出版社が、その後統廃合が進み、2020年時点で大手4社にまで統合が進んでいる。一方、Amazonによる書籍の販売シェアは市場全体の53%にまで増えており、ほかの販売業者を圧倒している。
Appleを彷彿とさせる訴訟
実は、米国でこうした訴訟が行われるのは、はじめてではない。2012年に司法省が、Appleと出版大手5社が今回と同様の共謀を図ったとして訴訟を起こしている。当時は、まだペンギンとランダムハウスが合併しておらず、大手出版社は6社あった。Appleはこのうちの5社と共謀し、電子書籍の価格を吊り上げていたのだ。このときの合意価格は12.99ドル(約1350円)とされている。
さらに当時、Amazonは電子書籍を9.99ドル(約1040円)で販売していた。これに対し5社は、「小売価格を12.99ドルにしなければAmazonでは販売しない」と脅しをかけ、Amazonは最終的にこれに屈している。
当時の訴訟では最終的に、出版社とAppleやAmazonなどの販売事業者とのあいだの価格交渉を2年間禁ずるという判決が下された。そしてこの2年で、実際に電子書籍の小売価格はおよそ9.99ドル(約1040円)にまで下がった。だが差し止め期間の満了直後から価格交渉が再開され、瞬く間に小売価格はもとに戻ってしまった。ハーゲス・バーマンによる今回の訴状には、電子書籍の小売価格は2014年と比べて30%上昇したと記されている。
(Apple訴訟最高裁判決以降における電子書籍の小売価格の変化について –ハーゲンス・バーマンによる調査より)
Apple訴訟の再現、とはならない
しかし、2012年のAppleの事件と、今回の事件はまったく同じ手口というわけではない。Appleの事件で注目されたのは、「Appleが大手5社と共謀した」という以上に、「競合他社である大手5社が互いに共謀した」という点だった。これは明確な独占禁止法違反で、カルテルを代表例とする「水平的価格協定(通称:Horizon/ホライズン)」と呼ばれる。水平的価格協定がおこなわれれば、消費者が公正な価格で商品を入手できないことが問題となる。
このApple訴訟の一部始終を綴った『アメリカ対Apple -アメリカにおける競争-』の著者、クリストファー・L・サガース氏は、同書のなかで事件について「米司法省は、出版社による水平的価格協定について疑いの余地のない証拠を握っていた」と記している。だが今回のAmazon訴訟は「販売側と流通側の癒着」に焦点が当てられている。それは「垂直的価格協定(製造者が製品の小売価格を人為的に高く維持するよう、何社もの供給者と合意すること)」に該当する。
つまり、大手出版社・Amazon間の価格協定については、なされた可能性があるという程度だ。もちろん違法性はあるものの、「出版社とAmazonの動機や、どういった証拠が得られるかに判決内容が大きく左右される」とサガース氏は言う。現時点で、今回の訴訟は出版社同士の共謀を焦点としていない。ただし、コネチカット州の司法長官による前述の調査は始まったばかりであり、共謀による価格操作の証拠が今後出てくる可能性も十分にある。
しかし現時点で判明しているのは、「Amazonが、各出版社と2社間の個別契約を締結している(契約内容はどれもほとんど同じ)」こと、ただし「水平的価格協定の証拠は今のところ出ていない」ことだ。
今回の訴訟結果が市場にもたらすもの
Appleの事件からさほど時間が経たないうちに価格操作の問題が再燃したことに対し、米国社会に大きな波紋が拡がっている。サガース氏は、たとえ司法長官肝いりの捜査がおこなわれ、「各出版社とAmazonによる価格操作の事実が判明したところで、電子書籍販売事業に何ら変化は起きないのではないか」と指摘する。
それは司法の敗北を意味するわけではなく、Amazonの影響力が絶大なことのほかに、出版業界が寡占状態にあり、競合企業が少ないことに要因があるとサガースは補足する。そもそも電子書籍の小売価格の吊り上げは、出版社にとっても得られる利益が大きい。さらには、Amazonも米国最大の書店であり、競合プラットフォーマーを含めて電子書籍の小売価格が底上げされれば、収益向上につながる。結局のところ、損をするのは消費者だけとなる。
「今後も同じことが繰り返されるだろう」とサガース氏は語り、次のように締めくくる。「まったく同じ手口ではないかもしれないが、これからも各社は何か手段を見つけては、価格を吊り上げようと画策するだろう」。
[原文:What a price fixing lawsuit against Amazon says about antitrust]
Michael Waters(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)