多くの人にとって、資産運用に費やす十分な時間はなく、資本が生むリターンを受ける機会から遠ざかりがちだ。だが、これまで富裕層だけが受けられた資産運用サービスを、個人にも開放するロボアドバイザーが現れた。
経済学者トマ・ピケティ氏の『21世紀の資本』が指摘した「資本収益率(r)> 経済成長率(g)」。リスクを取って資産運用を行う富裕層は、一般的な「働く人」よりも資本主義の果実を楽しめる可能性が高い、ということだ。
多くの人にとって、資産運用に費やす十分な時間はなく、資本が生むリターンを受ける機会から遠ざかりがちだ。だが、これまで富裕層だけが受けられた資産運用サービスを、個人にも開放するロボアドバイザーが現れた。
「誰でも資本収益率(r)の世界に入れる」。国際分散投資を手がけるロボアドバイザー「WealthNavi(ウェルスナビ)」CEOの柴山和久氏は語る。財務官僚、マッキンゼーのコンサルタントを経て起業した柴山氏は「フィンテックはトヨタやホンダの成功体験と同じくモノ作りが大切な世界。一歩一歩製品を改善していくことがカギ」と話した。
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個人にも資産運用が開かれた
ロボアドバイザーは、スマホから証券取引所までシステムを連結することで、大幅な低コストを実現している。ロボアドバイザーに任せておけば、中長期的には、世界経済の成長率4〜6%のリターンが期待されるため、時間のない「働く人」にとって都合がいい。
柴山氏はロボアドバイザーを活用する利点について「投資に対する心理的なハードルを越えることができる。投資がおおむねうまくいかない理由は、感情に負けて『高いときに買う、安いときに売る』という行動をとってしまうからだ」と指摘する。
「時間を節約できることもロボアドバイザーのメリット。自己投資のほうがはるかにリターンが高いし、仕事や家族のための時間も大切。それに投資スキルがなくともはじめられる。日本には1万くらいの金融商品があり、最適なものを自分で選ぶことは難しい」。
ロボアドバイザーは個々人への質問に基づいたポートフォリオをつくるが、取引を行う一瞬だけ、全員の注文を一緒にすることでコストを落としている。
なぜ分散投資が「賢い選択」なのか
WealthNaviの資産運用アルゴリズムはETF(上場投資信託)を中心としたパッシブ投資を行う。国際分散投資だ。ノーベル賞を受賞したハリー・マーコビッツ氏の『ポートフォリオ理論』などに基づく資産運用であり、同じリスク水準で期待できるリターン(収益)の高い組み合わせを算出するという。柴山氏は米マッキンゼーで、10兆円もの運用資産をもつ顧客を相手に、リスク管理や資産運用のアルゴリズム作りをサポートしてきた。
「金融にはフリーランチ(タダ飯)がない。日本では元本保証が好まれる。元本を保証すると預金や国債と同じリターンになるはずだが、数パーセントのリターンをうたっていることがある」。これらの金融商品はリターンを「うたっている」だけで、決してフリーランチを与えてくれるわけではない。
だが、例外があるという。「分散投資をすると、リスクあたりのリターンが増える。これはフリーランチはないという原則に真っ向から反するため、ノーベル賞の受賞につながった。分散投資のポイントは、人類の経済活動のすべてに投資するべきということであり、やがては宇宙全体に広がっていく。そのうち、イーロン・マスクが人類を火星に送り込めば、火星への投資もはじまる。火星がハイリスク・ハイリターンだとしても、分散効果により、リスク当たりのリターンは良くなる。だから『宇宙分散投資』が当たり前の時代になる」。
金融にフリーランチがないことのもうひとつの例外が裁定取引(アービトラージ)だ。「60〜70年代に同じモノの価格差を利用して売買を同時に行うことで、リスクを取らずにリターンだけ得ることができる、市場のゆがみを誰よりも速く知って売り抜けるという手法が確立した」。
ゆがみは一瞬で消える。「トレーダーはもっと見つけづらいゆがみを見つける旅に出て、ハイ・フリクエンシー・トレーディング(HTF)にまで行き着いた。HTFは、より見つけづらく、より一瞬で消えてしまうゆがみを探すことが宿命なので、誰でも使えるようには絶対にならない。本質的にこの部分は(ロボアドバイザーのように)民主化され得ない」。
フィンテックのカギはチームづくり
日本の投資をめぐる現況としては、1700兆円の個人金融資産の約半分、800兆円以上が預金されており、ゼロ金利で「眠っている」状態だ。厚労省によると、大企業の退職金は年間2.5%ずつ減少している。現役世代は退職時に必要な金融資産に対し2000〜4000万円足りなくなる見通しだと柴山氏は指摘する。
来春、SBIグループと連携してローンチ予定の少額資産運用サービスは、コンビニやレストランなどで支払ったおつりを少しずつ積み立てながら投資に回すというもの。少額でお金を動かすことは従来的な金融サービスのポリシーと異なるが、少額投資が可能になれば、より個人に投資の機会が開かれることになりそうだ。
「資産運用はほかのフィンテックとなめらかにつながっていく。Apple Payのような決済プラットフォームともつながるし、マイクロペイメント(少額決済)ともつながる。ECやさまざまなインターネットサービスともつながる。その過程でATMから現金を下ろすことはない。投資がより日常生活に入り込んでいく」。
柴山氏は日本のフィンテックが本格化するために必要なのは、資金でもなく、チームだと指摘する。「フィンテックチームをつくるのが難しい。ネットのサービスという意味ではゲームやメディアを作っていた人が必要だし、金融サービスという意味では、金融エンジニアが必要。さらに、セキュリティの専門家や法律家も欠かせない。チーム組成は簡単にはできない」。
ロボアドバイザー「WealthNavi(ウェルスナビ)」CEOの柴山和久氏
「フィンテック」のバズワードに対する投資は世界で拡大を続けてきた。日本でも拡大基調ではあるが、世界の投資額において、ほんの小さなパイにすぎない。
「チームが組成されていくと競争がはじまるが、いまはあまりチームがなく、助けあいの段階だ。日本におけるフィンテックがさらに発展していくために金融機関からスタートアップへの本格的な人材供給が不可欠だ」。アメリカでもウォール街からシリコンバレーに人材が流れる状況があり、同様の状況が日本でも起こるだろうか。
Written by 吉田拓史
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