ソーシャルゲーム会社ジンガがアドテク企業チャートブーストを275億円も投じて買収した背景には、Appleの新たなプライバシー方針がある。アプリ広告で収益を得るすべての企業に大きな影響を及ぼすトラッキング規制の動きに対し、ジンガは、もはや自らがウォールドガーデンになる以外に手はないと腹をくくったのだ。
アドテクベンダーは将来モバイルアプリゲーム会社のようになると、ソーシャルゲーム会社ジンガ(Zynga)の社長、バーナード・キム氏は語る。
同社が5月第2週(6日)、アドテク企業チャートブースト(Chartboost)を2億5000万ドル(約275億円)で買収するという大きな決断を下せた理由も、この考えに基づくとキム氏は説明する。アドテクは依然モバイル広告に活路を見出せるが、単独では厳しい――それが氏の見方だ。
この動きの背景には、Appleの新たなプライバシー方針がある。IDFA(広告識別子)取得にユーザーのオプトインを必須とし、広告主への報告は自社のSKAdNetwork経由に限るとしたAppleの決断は、アプリ広告で収益を得るすべての企業に影響を及ぼしている。同時にこれは、新たなプライバシー方針が施行されるスマートフォン上で、特定のオーディエンスにリーチしたい広告主にも大きな打撃となる。
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そこでジンガは、もはや自らがウォールドガーデンになる以外に手はないと腹をくくった。Appleによるトラッキング潰し同然の方針変更により、どこか一社から別の一社に渡されるデータを介したターゲティング・効果測定、という概念が根本から崩壊してしまうのなら、残された選択肢は一企業が所有するウォールド、つまり閉じたエコシステムのなかでのデータのやり取りしかない。そして、その「一企業」にジンガがなる、というのが氏の考えだ。
モバイルゲーム企業の買収合併劇の背景
チャートブーストを傘下に置いたことで、ジンガはもはやほかのアドテクベンダーと多くのデータをやり取りする必要も、共有する必要もない。実際、チャートブーストはデマンドサイドプラットフォーム(DSP)、つまり複数のバイヤーに同一アプリ内で広告枠を巡って競合させる「仲介業者」としてテクノロジーを提供している。
つまり、チャートブーストは同時に競合する広告主を増やすことで、ジンガがプレイヤーから得る収入を増すだけでなく、自社マーケターに既存ゲーマーの維持と新たなゲーマーの獲得に役立つテクノロジーを与えることも意味する。そしてなによりも重要なのは、ジンガは自社ゲームのプレイヤーから得るファーストパーティデータからさらなる価値を引き出せる、ということだ。
「チャートブーストは、我々のファーストパーティデータアプリインベントリを増強するとともに、ジンガ印のさまざまなゲームを股にかけるクロスプロモーションも強化してくれる」とキム氏は語る。「市場が今後も大きく動き混乱していくなか、我々ジンガの戦略的関心はエコシステムを構成する要素のさらなる掌握にある」。
これは、アドテク企業アップラヴィン(AppLovin)の動きと似ていなくもない。同社の戦略も、攻守が逆というだけでジンガのそれと同じだ。アップラヴィンは1年前にモバイルゲーム開発会社マシン・ゾーン(Machine Zone)を買収し、現在はモバイル効果測定企業アジャスト(Adjust)の獲得に向けて動いている。このように、Appleのプライバシー方針変更はゲーム企業とアドテク企業にM&Aの波を起こした。
「AppleによるATT(Apple Tracking Transparency)導入の発表以来、ゲーム企業の買収・合併は加速しており、アドテク企業も同様に大勢のパブリッシャー勢と組んでいる。IDFV(ベンダー向け識別子)では、個々のネットワーク内での収益化が認められているからだ」と、アプリマネタイゼーション企業ネイティヴX(NativeX)の米国地区ジェネラルマネージャー、ティファニー・オウ氏は言う。「SKAdNetworkによってアトリビューション(のデータ受信)が遅くなれば、多くのモバイル広告主はマーケティング費を抑えるだろう。そうなれば、トラフィックやデータが高額なeCPMに見合わなくなり、中小のアプリ開発企業は大打撃を受けることになる」。
ジンガは将来を楽観視
当然、ジンガはこうした動向を注意深く見守っている。
「AppleのATTが市場に浸透していくなか、今後も同様の買収・合併は起きるだろうし、これから数週間の動きは特に興味深い」とキム氏は話す。「我々は市場の動向に目を光らせている。実際我々がこれまでに実施した(ゲーム企業の)買収は、ロリック(Rollic)やエクトラ・ゲームズ(Echtra Games)の場合など、このコロナ禍のなかであっても成功している。単独ではなく、大きなファミリーの一部としてゲーム業界にいるほうが、面白みが増す」。
ただし、今回のチャートブースト買収によって、ジンガ独自のアドテクノロジーを構築するという計画はほぼ終わりを告げている――少なくとも、今のところはそうだ。今年2月、ジンガのCEOフランク・ジボー氏は投資家らに対し、独自のアドテクネットワークの構築計画を語っていた。だが、チャートブースト獲得によりその話は立ち消えとなった。
「我々がアドテクネットワーク構築の途上にあることに変わりはない。今回の買収は、彼ら(チャートブースト)が相応しいパートナーであり、我々が彼らのサービスをすでに利用していたからだ」とキム氏は説明する。
キム氏は将来を楽観視はしているが、ATTがモバイルゲームビジネスに与える衝撃について、この程度だろうと高をくくるのは早計であるとも指摘する。Appleの新ルールを含むソフトウェアアップデートの適応率がさほど高くない点を考慮すると、気は抜けないと同氏は言う。ただ、それでもなお、ジンガはこの危機を確実に乗り切れる体勢を整えているともキム氏は断言する。
「ATTがサプライサイドとデマンドサイドの両面に与える影響は、すでに数字に織り込まれている。逆風なかにあっても、我々の強気姿勢は変わらない」(同社は今月初旬[5月5日]、年間収益予測を1億ドル[約110億円]上方修正した)。
Androidが今後の成長市場に?
モバイル広告業界の大半の企業と同じく、ジンガもATTによる短期的影響、特に第2および第3四半期の広告レートに対する打撃は覚悟しているが、被害を最小限に食い止めるための必要措置は講じていると、キム氏は明言する。また、思うように広告が打てないからとiOS端末に割いていた予算が流出することで、結果的にAndroid端末における広告事業が成長する可能性もあるという。
「iOSからAndroidに資金が流れ始めた結果、後者の成長傾向が我々のデマンドサイドに間違いなく見られる」とキム氏。「その成長の多くは、(Google Playの)アプリストアの発展や現在市場に出ているハードウェアの改善によるものだと考えている」。
[原文:‘We remain inquisitive in the market’: Zynga outlines ad tech ambitions post-Apple privacy fallout]
SEB JOSEPH(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)