VRは最初ゲームで成長するが、他の各分野にも広がることになる。製造業、建築のほか、メディア、広告にも大きなインパクトを及ぼすだろう。
VR(仮想現実)はゲーム市場での成長が期待されるが、同時に広範な分野に応用される展望が見えてきた。少なくとも製造業、建築、医療のほか、メディア、広告に大きなインパクトを及ぼす可能性がある。
「2016年は専用端末が次々と市場に投入されたVRにとって極めて重要な年だ」。Facebook傘下のVRプラットフォーム、Oculus(オキュラス)のパブリッシング部門長、ジェイソン・ホルトマン氏はそう語った。11月17日に東京都内のFacebookジャパンオフィスで開催されたイベントで、ホルトマン氏はVR空間で手のアクションを実現する「Oculus Touch(オキュラスタッチ)」を日本のメディアに紹介した。
ホルトマン氏は「VR空間に手が存在すること」(ハンドプレゼンス)を実現したことが重要だと指摘。イベントではOculus Touchの仕様を活かし開発されたゲームが紹介された。
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VRは直近では大きな需要が予想できるゲームへの投資が進むが、ゲーム市場で育ったVR技術は他領域への応用が想定されている。
「VR内で手が存在すること」を実現するOculus Touch(Via Oculus)
VRとソーシャルの好相性
11月の上旬に米国で開かれたOculusの開発者カンファレンスで、FacebookCEOのマーク・ザッカーバーグ氏は「ソーシャルVR」を紹介した。VR空間で友人とつながり、遊ぶというもので、VRがFacebookのコアの価値と結びついたものだ。ホルトマン氏は「仮想現実のなかで目が合い、頷いているのが分かる。そういうコミュニケーションをとれるのが『ソーシャルVR』のすごさだ」と指摘する。
Oculusにより深海の仮想空間で会話。アバターが表情や頷くなどの動作、目線まで表現する。
「仮想空間に手が存在すること」はVRに大きな機会を与えている。「開発者はさまざまな形でOculus Touchを使っている。手の存在があるだけでとても可能性が広がる。だからOculus Touchに投資をすると決めている。製造業、企業の人にOculus Touchを見せると『これで自分たちがやっていることができる』と話している」とホルトマン氏は語っている。
「多くのプレイヤーがVRを活用して現実世界で何かを実現しようと考えている。仮想現実を利用すると、現実でとられているものよりも高度化された方法がとられることになる」。一例に挙げたのは医療。診断や手術の仕方が変わる。VRで自分の身体を表現し、臓器の様子を知ることで、患者は医者の口頭説明よりも明確な革新を得られる。
「自分がとても小さくなって自分の症状を見てみたいと思う。自分の身体に起こっていることが分かれば、手術が必要な理由が理解できる」。
VentureBeatによると、Oculusは100ポジションに上るエンジニアらの大量採用を進めている。そのうち31ポジションはリサーチ部門のもの。広報担当のブランドン・ブーン氏はエンジニアリング、設計、生産プロセス、コンテンツで多様な人材を採用していると話した。「多くはハードウエア(光学、電気、機械)、コンピュータビジョン、プラットフォーム、アプリの分野の技術者。ポジションに就く人材は、製品部門やリサーチ研究所を拡充し、アジア太平洋(上海)や欧州中東アフリカ(アイルランドのコーク、ロンドン、チューリヒ)での業務を拡大する」。
Oculusのパブリッシング部門長のジェイソン・ホルトマン氏(撮影:吉田拓史)
Oculusはデバイスとゲームプラットフォームの提供者だが、今後はプラットフォーム部分がゲーム以外の部分まで広がっていくことは十分予想できる。
11月17日のイベントで記者に公開された「Fly to Kuma Maker」
製造、建築、広告、小売が触手
11日16日に開かれた「Japan VR Summit 2」(グリー、VRコンソーシアム共同開催)でも、VRのゲーム以外の活用法が検討された。
ゲーム開発エンジンのユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社・日本担当ディレクターの大前広樹氏は「製造業や建築業でVRに興味をもたない人はいない」と語った。「型をつくるものであれば、如実にコストが落ちる」。
製造業の金型やデザイン、建築業のデザイン分野において、VRシミュレーションによりトライエラーを短期間で繰り返せるようになる。結果として完成品のクオリティが高まり、コスト自体も下がることが想定される。
ユニティを活用すると専門知識がなくとも簡易なゲームをつくることができる。大前氏は「誰もがVRを作れる」環境を目指すと話しており、開発環境の進化はゲーム外の人がVRを活用する大きな一歩になるはずだ。
拡張現実(AR)もゲームにとどまらない。「ポケモンGO」は人を外に連れ出すことに成功した。Niantic(ナイアンティック)ポケモンGOゲームディレクターの野村達雄氏は「ポケモンGOのヒットには気づきがある。スマートフォンさえあればARは作り出せることだ」。Nianticは「どういうふうにすれば人が冒険するようになるのか」ということをポケモンGO以前からARゲームの「Ingress(イングレス)」で進めていたという。コンピュータビジョンの技術は自動運転と拡張現実(AR)の双方で別々に開発が進んでいるが、ふたつが重なるタイミングが来ると語った。
自宅のスペースを空間認識し、買うことを検討する家具の3Dを置くARがあり、コマース(商取引)全般にインパクトを与える可能性が大きい。
コミュニケーションがキラーアプリ?
VRに多数のタイトルを開発するコロプラ社長の馬場功淳氏は「VRと相性がいいのはコミュニケーション。スカイプで話すよりVR内で話す方がいい。コミュニケーションがキラーアプリになる」と指摘した。
(左から)ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社・日本担当ディレクターの大前広樹氏、Little Star Media CEO トニー・ムガベロ氏、コロプラ社長の馬場功淳氏(撮影:吉田拓史)
360度動画、VRシネマのプラットフォームの米Little Star Media(リトルスターメディア)CEO、トニー・ムガベロ氏は取引先の米大手ブランド、米大手パブリッシャーがVRコンテンツ制作に実験的な予算を投じており、今後はより本格的な投資がはじまると語った。同社はソニー・ミュージックエンタテインメントと業務提携しており、ミュージックビデオの制作などを視野に入れている。
VRは広告に大きな可能性があるという。「例えば、360度動画で野球チームの試合を見ている人が、ビュワーでどの広告をみているのかをトラッキングできるわけです。その広告が機能しているか、その試合をちゃんと見ているかがわかる」とムガベロ氏は指摘する。VRでの豊富な行動データを分析すれば、その人に対しどういう広告が有効かを知れるかもしれないという。
Written by 吉田拓史
Photo via Oculus