これまでパブリッシャーは、3秒見ただけでも閲覧にカウントするFacebookで、膨大な閲覧数を稼ぐスケールの誘惑に抗えなかった。だが、そのFacebookも長時間視聴を重視しはじめ、パブリッシャーが再生時間の長いコンテンツへと事業拡大を模索するなか、閲覧時間への、そしてYouTubeへの注目が高まっている。
南カリフォルニアで開かれる動画ビジネスの見本市「ビドコン(VidCon)」の8回目の開催を翌日に控えた6月21日、YouTubeは約30社の動画パブリッシャーを集め、最新の成果や構想についてディスカッションを行った。
BuzzFeed、アトランティック(The Atlantic)、ヤングタークス(The Young Turks)などが参加した、このパブリッシャーサミットでの主要議題のひとつが動画の視聴時間だ。特に、YouTubeがプラットフォーム上で動画のプロモーションやレコメンドをする際、この測定指標をどう利用しているかが問題となった。
アトランティック・スタジオ(Atlantic Studios)のGM兼エグゼクティブプロデューサー、ケイシア・シープラク=メイアー・フォン・バルデック氏は、「YouTubeのアルゴリズムは常に、レコメンドされて視聴したユーザーにとって、その動画が『満足のいく体験』だったかどうかを知ろうとしている。そして、(アルゴリズムにおいて)重視されるもののひとつは、ユーザーが見続けたかどうかだ」と言う。
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YouTube以外のプラットフォームでは、違った常識がまかり通ってきた。パブリッシャーは、わずか3秒見ただけでも閲覧にカウントするFacebookで、あっという間に膨大な閲覧数を稼ぐというスケールの誘惑に抗えなかった。だが、そのFacebookも長時間の視聴を重視しはじめ、パブリッシャーが再生時間の長いコンテンツへと事業拡大を模索するなか、閲覧時間への、そしてYouTubeへの注目が高まっている。
見続けさせる、滞在させることが重要
米DIGIDAYは、YouTubeのパブリッシャーサミットに参加した企業も含め、8社のパブリッシャーにインタビューした。いずれも視聴時間の重要性が増していると述べている。
Facebook動画で高い人気を誇る「NowThis(ナウディス)」や「ドードー(The Dodo)」を擁するグループナインメディア(Group Nine Media)は、所有する4つのメディアブランドで視聴時間を重視するようになったと回答。とりわけNowThisなどのブランドで長時間動画への投資を拡大しはじめてから、こうした方針をとっているという。「これまでは常に閲覧回数が大切なKPIであり、スケールを測定する指標として優れていた」と、グループナインメディアでオーディエンス開発および分析を担当するシニアバイスプレジデントのアシーシュ・パテル氏は言う。「だが、社内で目標設定を考える際、スケールの質をさらに上げたい。閲覧数がスケールの幅を示すとすれば、閲覧時間はエンゲージメントの深さを示すものだ」。
「再生完了率と視聴時間はこれまでもずっと重要だったが、プレミアムコンテンツへの投資を強化しているいま、ますます重要性を増している」と、ブリーチャー・レポート(Bleacher Report)のプレジデント、ローリー・ブラウン氏は言う。「視聴時間は、すでに上質のコンテンツには欠かせない指標とみなされている」
ブリーチャー・レポートは、アニメシリーズ「ゲーム・オブ・ゾーンズ(Game of Zones)」や「グリンディロン・ハイツ(Grindron Heights)」など、エンタメコンテンツの制作も増やしている。「ゲーム・オブ・ゾーンズ」は1エピソードが3~5分程度で、第4シーズンの最初の7エピソードの再生完了率は60~85%だった。ブリーチャー・レポートによれば、この7エピソードの合計閲覧回数は3000万回弱だという。
「閲覧だけなら、たまたまということもある」と、CNNが運営する「グレートビッグストーリー(Great Big Story)」のゼネラルマネジャー、ウェン・ティウ氏は言う。ミレニアル世代やSNSを意識したこの新メディアは、モバイルアプリの平均セッションタイムが7分、Apple TVでは35分だ。YouTubeでの再生完了率は70~80%に達すると、ティウ氏は言う。「この数字はまぐれではない。本当にオーディエンスとのつながりを築いたコンテンツにしか出せない結果だ」
もちろん、リーチは依然として重要だ。しかし、長期的に見て成功するのは、リーチとエンゲージメントの両方を提示できるパブリッシャーだろう。
「現状、視聴時間はきわめて重要な指標だが、オーディエンスデータとセットになっている場合に限ってのことで、そのデータの要素のひとつが閲覧回数だ」と、ディファイメディア(Defy Media)のプレジデント、キース・リッチマン氏は言う。「平均再生時間が18分だったとしても、3人しか見ていないとしたら、まるで話にならない。閲覧数と閲覧時間は相補的な関係にある」
YouTube重視のパブリッシャーでは以前から
ユーザーをYouTubeのプラットフォームに長く滞在させる動画は、YouTubeのアルゴリズムで優遇される。だからといって、YouTubeは長い動画すべてを優遇するわけではない。ユーザーが動画を見終わったあとも滞在して、ほかの動画を見るかどうかも考慮され、次に見るのは同じチャンネルの動画でも別のチャンネルのものでも構わない。そう話すのは、オーディエンス開発企業「リトルモンスターメディア(Little Monster Media)」の創設者、マット・ギーレン氏だ。
「我々の調査では、YouTubeのオーディエンスは1度に平均5~8分間ほど楽しめる動画を望んでいる。視聴時間が5~8分の動画というのは、ふつう全体の長さが10~12分のものだ」と、ギーレン氏は説明する。
このことは、コンプレックス・ネットワーク(Complex Network)やディファイメディア、ウォッチモジョ(WatchMojo)など、長年YouTubeでオーディエンスを増やしてきた動画パブリッシャーならよく知っている。
年内に毎週更新と毎日更新の動画を合わせて40番組の制作をめざすコンプレックス・ネットワークのオーディエンス開発担当シニアバイスプレジデント、ダン・ゴーシュ=ロイ氏は次のように述べている。「視聴時間が重要なのは以前から変わっていない。単にそれが前面に押し出されるようになっただけだ。YouTubeで何回も再生されたという話をしたがる人は多いが、実際のところ、我々はエンゲージメントの形に基づいてオーディエンスを測定している。番組の成否は、ユーザーが最後まで見て、かなりいい再生完了率が出るかどうかで判断する」
「(視聴時間は)我々が示すべき、もっとも強力なデータだ」と、ウォッチモジョの最高マーケティング責任者(CMO)、ジョン・マッカルス氏は言う。ウォッチモジョの動画1本あたりの視聴時間は、YouTube上のチャンネルネットワーク全体の平均で5分だ。「YouTubeで80億ビューを達成することなどめったにないと、誰もが知っている。そこに『平均視聴時間:1本あたり5分』という数値が加われば、いまだFacebookの3秒視聴ルールを理解し、解読しようとしているマーケターにとって、目を引くデータになる」。
価格設定に直接影響はしないが、交渉で話題に
ユーザーが本当に動画を見ていて、閲覧にカウントされた直後に視聴をやめたわけではないと証明するのに、視聴時間は重要な役割を果たす。しかし、視聴時間はまだ広告主のトランザクション指標にはなっておらず、一般的にはいまだリーチに基づいて支払いが行われている。
「パブリッシャーはまだ視聴時間に基づいて保証する準備ができていないし、エージェンシーもそのやり方を受け入れる態勢にない」と、ティウ氏は言う。「視聴時間だけで十分だと豪語するのは自由だが、提案依頼書を出してしまったら、見てもらえるのは一番印象に残りやすいCPMとCPVの値だ。バイヤーは、もっとも効果的な数字が欲しいだけなので、プレゼンなど役に立たない」
とはいえ、視聴時間と再生完了率に自信をもつパブリッシャーは、広告主との交渉でこれらを話題にするようになってきた。Attn、ブリーチャー・レポート、グレートビッグストーリー、コンプレックス、ディファイ、ウォッチモジョは、みなこれらの数値を強調して、「本物」のオーディエンスを抱えていることを証明しているという。
「ユーザーの忠実さを示す数値だ」と、ブラウン氏。同氏はふたたび「ゲーム・オブ・ゾーンズ」に言及し、シーズン4でスポンサーについた通信大手AT&Tとの交渉を振り返った。完了率85%という高い数値を示せたことで、AT&Tと「実りある」交渉ができ、ブリーチャー・レポートのほかの番組やプレミアムコンテンツのスポンサー契約について進展があったという。
広告だけでなく、テレビ番組や映画といったロングフォームコンテンツの制作と配信に関心をもつパブリッシャーにとっても、長い視聴時間は有用だ。
「アトランティックを含め、たくさんのパブリッシャーが長時間コンテンツへの参入を検討している。Netflix、Amazon、CNN、HBOで、ドキュメンタリー番組のオーディエンスを獲得できる可能性がある」と、シープラク=メイアー・フォン・バルデック氏は言う。「良質の短編ドキュメンタリーを作れると証明することが、長時間番組への足がかりになる」
YouTube再評価
視聴時間に対するパブリッシャーの注目が高まるなか、YouTubeが再び脚光をあびている。ひと言で言うと、人々が動画を見るために訪れ、かなりの視聴時間を費やすソーシャルプラットフォームは、いまもYouTubeだけなのだ。ビドコンでのYouTubeの基調講演で、CEOのスーザン・ウォシッキー氏は、ユーザーはモバイルだけでも1日平均1時間YouTubeクリップを見ていると述べた。
ブラウン氏は、「Facebookに、ユーザーを夢中にさせ、動画を見せる力があることは間違いない。だが、誰もがひたすらスクロールしては雑多なコンテンツを消費しているようなプラットフォームで、1本の動画を10分も15分も見せることができるかは別の話だ。これは幅と深さの問題だ」と述べた。
視聴時間に関心が高まる理由のひとつに、Facebookがミッドロール広告を開始し、長時間動画をアルゴリズムで優遇する決定を下したことがある。90秒以上の動画でないとミッドロール広告を組み込めないため、パブリッシャーはこれに沿った動画の制作を検討しているのだ。
「我々の感触では、以前よりほんの少し長い動画がFacebookで成果を上げている」と、Attnの共同創業者、マシュー・シーガル氏は言う。
現在のところ、長時間動画、長時間視聴は依然としてYouTubeの独壇場で、そこからの売上も安定している。それが先ごろ、アトランティックがYouTubeファーストの配信戦略を打ち出した理由のひとつだ。また、Facebookで一大帝国を築いているグループナインメディアも、こういった理由でYouTubeについて検討する時間を増やしている。
Facebookとの競争に直面しつつも、YouTubeが依然として動画プラットフォーム業界の舵取り役に収まっているのもそれが理由だ。
「いまでもYouTubeは最大の動画プラットフォームだ。Facebookは逆転を狙っているが、一朝一夕には実現しない」と、マッカルス氏は言う。
Sahil Patel (原文 / 訳:ガリレオ)