Twitterが2013年に買収したモバイルアプリ広告のアドエクスチェンジ「MoPub」は主にグローバルのアプリの在庫を扱っている。日本アプリパブリッシャーの開拓を進めるMoPubシニアマネジャーの伊藤荘一氏はメディエーションがすべての在庫を同列に扱えると主張した。
モバイルアプリはデジタルデバイス接触の主役。App Annieによると、日本のユーザーのアプリ利用時間は1日平均3時間弱(2017年Q1)。コムスコアの「The 2016 U.S. Mobile App Report」によると、アプリはデジタルデバイス接触時間の利用時間のかなりの割合を握っている(リーチに関してはモバイルWebはアプリの3倍)。
Twitterが2013年に買収したモバイルアプリ広告のアドエクスチェンジ「MoPub」は主にグローバルのアプリの在庫を扱っている。日本アプリパブリッシャーの開拓を進めるMoPub Japanシニアマネジャーの伊藤荘一氏はDIGIDAY[日本版]のインタビューに対し、以下のように主張した。
*MoPubの提供する需要のメディエーション(仲裁)は、すべての需要を同列に扱うため、より高い需要に枠を売ることができる
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*日本の証券取引所の銘柄数が数千なのに対し、デジタル広告は数十万の枠がある。枠を買うアルゴリズムが爆発的に増えており、制約が課せられるなかミリセカンドで広告挿入まで実現する点は非常に困難
*モバイルアプリ事業者がインストールやその先の課金を目標に設定してアプリ広告を出稿するのが最近の大きなトレンド
MoPubはアプリ専門アドエクスチェンジ。MoPubは元Googleアプリ広告部門などのエンジニア、プロダクトマネジャーが2010年に創業し、その後Twitterに事業売却。同じく元Googleの伊藤氏は「MoPubのユニークデバイス数がグローバルで15億。MoPubに関してはTwitterに広告を出すわけではなく、Twitter外に広告を出すのでよりスケールが広がる」と説明する。
MoPubの在庫の主力は海外アプリの日本版だ。「在庫は海外アプリが86%ぐらい、トラフィックベースだと90%以上。皆さん、知らないうちにダウンロードして使っている。日本に担当者がいなかったのにMoPubの広告が出ていた。特に米大手ECや米消費財メーカーは海外から日本のトラフィックを買う。日本のDSPも日本のIPアドレスの在庫を買うが、その中には海外製のものがあり、MoPubのものが含まれる」。
需要を同列に扱うメディエーション
MoPubが自身の強みと考えているのが「メディエーション」という。伊藤氏の定義するメディエーションでは、在庫に対して与えられる数件の需要に対して、これまで個別にビッドを受けていたのをやめ、複数の需要を仲裁する。これによりパブリッシャーがもっとも高い需要を選べるという(メディエーションの定義もベンダーごとにわずかに異なる。広告をリクエストする順番を設定できることをメディエーションと呼ぶケースがある)。
伊藤氏は、MoPubがアドネットワークとエクスチェンジの垣根をまたいで需要を仲裁できることで、最適な在庫の販売が可能になると主張する。「フロアプライスを切らずにアドネットワークとエクスチェンジのビッドを同列に並べられる」。
「ブラウザの世界だと、広告を流すときにアドサーバーがあって、複数のアドネットワーク、SSPのタグを入れ込んで、上から順番に読んでいきましょう、高い順に読んでいきましょうというのが、アプリに関しては簡単にはいかなかった。このメディエーションの概念がないあいだは各アプリが各広告プラットフォームに対して広告リクエストを出す順序を決めるプログラムを自ら作っていた。A社は広告が『ない』。次はB社、広告は『ない』。次はC社……という具合だ」。
「順番を変えようと思うと、アプリの再リリースが必要だった。これを解決するために『メディエーション』ができた。これはSDK(ソフトウェア開発キット:この場合はプログラムの部品の意)とSDKを会話させる仕組み。何か改修しようとするとき、SDKを通じるのでアプリ自体の改修は必要なくなる」。
仲裁役の主導権争い
ほかのベンダーのメディエーションではさまざまなアドネットワークを登録できるが、アドネットワークのなかで一番高い単価のものをフロアプライスにして、エクスチェンジに入札額を聞きに行く方式を採用する。エクスチェンジがフロアプライスより低い価格でビッドしても考慮されない。「MoPubのメディエーションは最高額のビッドを取りにいきながら、その次の高額ビッドの需要もとりこめる。間を埋められる。理論上、長期的に見るとパブリッシャーのためになる」。
つまり、各社のビッドを仲裁する立場をめぐる主導権争いとも言える。「このプラットフォームとしてメディエーションに入るか、メディエートされる立場になるかによって、だいぶ位置付けが変わる。我々はあくまでプラットフォームとして入っており、必ずファーストルックを取れる。これがすごく重要で、高い単価のものを確実に獲得でき。MoPubは米国では他社がメディエーションツールを整備する前に、2013~15年あたりでマーケットを確保した」。
なぜアドテクは証券取引のように簡素にならないか
アドテクの発展は2007-2008年の世界金融危機と不可分ではなく、失職した金融系エンジニアが広告業界に流入したことに影響を受けている。数年前は米軍金融機関で行われていたロケットエンジニアによるアルゴリズミックトレーディングの応用を試みるDSPが大きな注目を集めていた。
証券取引所のシステムは取引の確定後、すぐさま決済が行われる。アドテクはなぜこの簡易さを表現しないのだろうか。伊藤氏は最初に入った会社が、証券システム会社だったという。
「日本の株式は全部で約3200銘柄。デジタル広告では数十万は枠がある。枠を買うアルゴリズムが爆発的に増えてしまう。そのなかで効率的に、しかもミリセカンドでやろうというのが大変。株式は誰でも買えて何も制限はないが、広告はパブリッシャー、つまり売る側が『あなたには売りません』と言える。『この広告主は駄目、このクリエイティブは駄目』がある。それを全部交通整理するのがエクスチェンジだが、本当に大変」。
事前にキャッシュでレイテンシなし
アプリ広告にもレイテンシーがあり、事前にキャッシュできることで課題をクリアしていると伊藤氏は語った。「実はユーザーが前の画面を操作している最中に広告を送信している。すごい体感速度はいい。たとえば、動画広告を実施するときは動画ファイルを持ってこなくてはいけない。広告表示時に動画ファイルをロードするのは絶対難しい。その前の画面で先に取っておく。で、ゲームオーバーになった瞬間にドンと出すパターンが多い」。
「アプリに関しては広告取得と広告表示が別。デスクトップでは広告取得したら絶対表示する。これは『ディレイド・インプレッション』という。たとえば、あるソーシャル系アプリのフィード画面だと、あらかじめ10個ぐらい広告を取る」。
「ユーザーの視界に入った瞬間にそれを表示する。広告表示の場所にユーザーがいかない可能性もある。その場合、取得されていた広告は捨てる。インプレッションにカウントしないと、DSPの請求もない。私もデスクトップが長かったので、広告をキャッシュして、後からインプレッションを発行できるのは衝撃だった」。
同社のアドネットワークであるTwitterオーディエンスプラットフォーム(TAP)はTwitter本体だけでなくMoPubのもつアプリ在庫も買う。「Twitterのユーザーではないところでも、Twitterのターゲティングを使ってリーチできるため、とても効果の高い広告主は一部いる」。TAP経由の広告ではCPCが高いものに寄せていくダイナミッククリエイティブが採用されている。
二極化する入札のロジック
「何十社も会った結果、アプリパブリッシャーは広告の単価の低さに苦しんでいる。同時に(単価が高い傾向のある)アプリパブリッシャーはDSPを通じてバイイングするため、それを取りに行こうと思うと、プログラマティックにある程度タッチしないといけないという認識を持つ顧客が増えてきた」。
アプリ広告のDSPはCPI(インストール単価)を上げることを広告主に約束して、それを達成すると予算が積み上がるというゲームになってきているかもしれない。
DSPに関しては、各自がそれぞれ別々のアルゴリズム、特色をもって、同じ在庫にタッチしているのが大きな特徴だという。「大きく二極している。高い単価をビッドするグループと、ペニーオークションという『安い単価で買えたら儲けもん』アプローチを採用するグループがいる。それぞれ戦略が違う。高い価格を出すのは、オーディエンスターゲティングを行うプレイヤー。そのオーディエンスを確実に買おうと決心すれば、ほぼ上限まで買う。プログラマティックの方が、いろんなデマンドを競わせることができるため、理論上高くはなる。我々につながっているDSPは全部アプリという前提なので、アプリパブリッシャーのキャンペーンばかり来る。全体的に単価は上がる傾向がある」。
Written by 吉田拓史
Photograph by GettyImage