デジタルによってテレビが幕を閉じる。これはテレビ産業を引きずりおろそうとするデジタルメディアエグゼクティブによって語られているストーリーだ。新たなデジタル広告の資金の約85%が、GoogleとFacebookに投下される環境下で、それはいまも変わることはない。そんななか、テレビ業界も反撃にではじめた。
ブライソン・ゴードン氏が母親の古い持ち物が入った箱を整理していたときに、昔の広告業界の書類を発見したのは約1年前のこと。それは1963年に書かれた広告販売調査レポートであり、彼の母親がサンフランシスコのBBDOで働いていたときに書いたものだ。クライアントであるオレンジ炭酸飲料企業のために書かれたこの報告書には、さまざまなブランド指標(親和性、購入意思)に関して異なる広告クリエイティブの影響力がまとめられていた。その結果は、今日の700億ドル(約7兆7407億円)規模のテレビ広告業界が行っているように、幅広い年齢層や性別に基づいてまとめられていた。
「これが明らかにタイプライターで作成されたものだとわかっていなかったら、先週メールに添付されていた報告書といわれても信じたかもしれない」とバイアコム(Viacom)でデータ戦略のエグゼクティブ・バイスプレジデントを務める、ゴードン氏はいった。「つまりテレビはずっと行き詰ってきたということだ」。
バイアコムやNBCユニバーサル(NBCUniversal)、ターナー(Turner)のような企業がその問題について物申すとすれば、テレビが置かれている状況を変える準備が整ってきたということだろう。デジタル業界大手のGoogleとFacebookがテレビと互角の勝負をしようとしているなか、テレビ業界も反撃に出はじめたのだ。
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テレビ広告事業の進化
2015年4月、バイアコムはバイアコム・バンテージ(Viacom Vantage)を立ち上げた。これは、年齢や性別だけでなく、さまざまな行動や態度、地域に関するセグメントに基づいた、オーディエンスグループのターゲッティングを可能とするマーケターのための広告プロダクトである。その範囲は広く、MTVやコメディ・セントラル(Comedy Central)、ニコロデオン(Nickelodeon)を含む、同社のテレビやデジタルポートフォリオ全体に渡る。バイアコムによると、バンテージはその番組レベルでインベントリを提供するということだ。これは、「ザ・デイリーショー」や「フレンズ」をテレビで見ているかオンラインクリップで見ているかに関わらず、マーケターはファーストフードやコメディを愛するミレニアル世代にリーチするプランを立てることができるということを意味する。広告主が興味を示すのであれば、同社の200人の統合マーケティングエージェンシーであるバイアコム・ベロシティ(Viacom Velocity)を使ってインフルエンサーとオリジナル動画を作成することも可能だ。そしてそれをバイアコムのテレビ、デジタルおよびソーシャルチャンネル全体に配信することができる。
それはデジタルパートナーからのより実用的なデータに慣れた広告主のニーズに応えるために構築された、包括的なプロダクトである、とバイアコム・メディアネットワーク(Viacom Media Networks)のセールス責任者、シーン・モラン氏は述べる。「我々には広告代理店トップ、ブランドのディレクターといったパートナーがいるが、何年も前から次のように問いかけられてきた。いつになったらもっと精度をあげることができるのか?いつになったらより高いターゲット性と信頼性を示してくれて、50年代から続く広い範囲をカバーするベータ版の流布を取りやめるのか?と」。
こうした意見は、ターナーでも同意だ。同社自身もテレビネットワークや個々の番組ブランド、デジタルプロパティといったそのポートフォリオ全体に渡ってマーケターが特定のオーディエンスを対象にできる広告オファーをしている。ターナー・イグナイト(Turner Ignite)と呼ばれるこのプロダクトグループでは、クライアントはそれらのプロパティ全体で広告や宣伝を行なうことができる。また、コナン・オブライエンのチーム・ココ(Team Coco)などのユニットと共同で独自のコンテンツを作成し、全テレビコマーシャル枠で広告として発信。さらに、ターナー所有の関連するデジタルおよびソーシャルチャンネルで配信することも可能だ。
ターナーは、新しいアプローチに合わせてセールスオペレーション全体を再編成した。当初ターナーは、異なるネットワークグループ(ひとつはTBSとTNTのみに特化)を監督する3名のエグゼクティブ・バイスプレジデントを設けていたが、現在その3名の役員は、異なるエージェンシーとの関係を監督し、そのポートフォリオ全体を売り込む能力をもつ。
「ほとんどの人は、ただテレビを観たり、ひとつの端末だけでストリーミングをしたり、たったひとつのプラットフォームやサービスだけを利用しているわけではない。テレビはいまだに非常に多くの人々に到達可能なメディアであり、デジタルも巨大なオーディエンスを獲得し、ソーシャルはコミュニケーションを促進している。ゆえに、ブランドパートナーとオーディエンスの関係を深めることを手助けする体制構築が重要であり、それは複数の専門分野と部署をまたぐ視点をもつことを意味する」と、ターナーの広告セールス部門のプレジデント、ドナ・スぺシアルは述べる。
複占との共存
デジタルによってテレビが幕を閉じる。これはテレビ産業を引きずりおろそうと必死になっている多くのデジタルメディアエグゼクティブによって語られているストーリーだ。新たなデジタル広告の資金の約85%が、GoogleとFacebookに投下される環境下で、それはいまも変わることはない。
間違いなく、GoogleとFacebookはテレビ事業の恩恵を得ようとしている。Googleが過去5年間、毎日総計10億時間を超え、世界的な1日の動画視聴量を10倍に増やしてきたYouTubeに引き続き資本を投入するのは、それが理由だ(比較データとして、ニールセン(Nielsen)によると、米国単独での1日のテレビ視聴量は13億時間。YouTubeにはまだ向上する余地があるということだ)。また、今年の春よりYouTubeは独自のテレビサービス、YouTube TVを開始、約40のテレビチャンネルの視聴が月額35ドル(約3800円)で可能になる。
2016年初旬に1日の平均動画視聴時間が1億時間を達成したFacebookは、より長いオリジナルコンテンツを検討している。 また、同社はモバイルアプリ専用の動画タブを構築し、スタンドアローンのテレビアプリを計画するなかで、そのプラットフォームにより長尺の動画を投稿するよう、メディアパートナーたちに奨励している。
「非常に単純な話だ。金が向かうところに人は集まる。そして、テレビ広告にはたくさんのお金が投入されている。GoogleやFacebookの立場で、成長を示さなければならないとしたら、株主たちにそれを提示するだろう」と、ブライトコーブ(Brightcove)のCEO、デヴィッド・メンデルス氏はいう。
プレッシャーを感じてのことだろうか、匿名を条件に語ってくれたテレビネットワークの人間たちは、デジタル業界のライバルたちに対して、テレビが優位な点をこうあげている。
「面白いことに、Facebook上のやり取りの多くが、我々のコンテンツについて取り上げており、人々の話題になっているということだ。Facebookは、ライブ配信のようなことをするために、我々のもとに絶えずやってくる。というのも彼らは、人々がどんなことに引き寄せられるのかを知っているからだ」と、テレビネットワークのエグゼクティブのひとりが語った。
「Facebookはまだ独自コンテンツをもっていない。FacebookとGoogleが欲しがる質の良い番組は我々がもっており、現在はそこにデータを取り込んでいるところだ。マーケターたちが探し求めているコンテンツのなかでも、最高のコンテンツを我々はもっている」と、別のネットワークエグゼクティブは語る。
多くのウォールド・ガーデンにさらにウォールド・ガーデンを追加する
テレビネットワークが優位に立っている点のすべてを考慮しても、FacebookやGoogleに投入される予算まで取り込んでしまうことはないだろう。簡単にいえば、テレビとデジタルの大部分はそれぞれのやり方のうちに存在し、もう一方を本当の意味で打ち負かしていくにはまだ時間がかかるだろう。
「テレビの予算はテレビのものであり、非テレビベースのメディアが満たすことのできないある特定の目標によって満たされている。こうした細かいデータプロダクトはすべて、テレビ予算の維持を正当化するのに役立つが、それらがテレビの予算の拡大につながるとは考えられない」と、ピボタル(Pivotal)のシニアアナリスト、ブライアン・ヴィーザーは語る。
広告主が懸念を抱く可能性があるのは、さらに多くの「ウォールド・ガーデン」との取引についてだ。特に、彼らがテレビで「ウォールド・ガーデン」を避けてきたのであれば、なおさらのことだろう。バイアコムやターナー、NBCユニバーサルなどは、自身のポートフォリオ全体のキャンペーンに対して、さらに多くのターゲット設定と測定を提供することが可能かもしれないが、少なくとも現時点では、その全体像を包括的に把握できる方法を提供できていない(GoogleやFacebook、その他ソーシャルメディアの大企業と取引をしている企業は、これをよく把握している)。
「ウォールド・ガーデンは自社内でより良い決定をするためだけに有益であり、全体でより良い意思決定をすることに役立たない」と、ピュブリシス・グループ(Publicis Groupe)の子会社、ブルー449(Blue 449)の投資プレジデント、メリッサ・シャピロ氏は語る。
そこが、テレビネットワークが改善しなければならないエリアだ。しかし、それに着手する以前に、より合理的な広告プロダクトを確立する必要がある。
「CMOと繋がってプロダクト開発を行おうとする理由のひとつは、細かい属性についての考え方は、もはや大手ソーシャル・検索企業の独占的権利でも特権でもないという認識があるからだ。我々のコンテンツと配信環境の質の高さから、テレビが必ず参入可能な、しかも効果的に参入可能なところである」と、バイアコムのゴードン氏はいう。
Sahil Pate (原文 / 訳:Conyac)
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