複数のデバイスの使い分けが当たり前になるなか、デジタルマーケターにとってデバイスの壁は顧客理解の妨げになりかねない。TapadのCEO、S・V・エリクセン氏と吉武亜季子氏、そしてトレジャーデータの堀内健后氏の対談から、クロスデバイスソリューションの可能性を探る。
デバイスの壁はデジタルマーケターにとって、顧客理解の妨げになりかねない。Webサイトにログインしていないユーザーの行動は、デバイス単位でしか捉えられないからだ。
しかし、もし複数のデバイスを使っている同一ユーザーを特定できるとしたら、どうだろうか? ユーザーが見込み顧客になる以前から、何に興味関心を示し、最終的にコンバージョンしたのか、シームレスかつ正確なアトリビューション分析ができるようになる。
「デバイス間の壁を取り払い、正確な分析やターゲティングができるような環境を整えられるところに、私たちのビジネスの存在意義がある」と、Tapad(タップアド)のCEO、シグヴァート・ヴォス・エリクセン氏は語る。クロスデバイスソリューションで知られるTapadは、オラクル(Oracle)やエクスペディア(Expedia)などの企業を顧客に持ち、米クロスデバイス市場で70%のシェアを誇る。日本でのビジネスは2017年から。同社コマーシャル・ディレクターの吉武亜季子氏を中心に開始した。今年からは、CEOであるエリクセン氏が日本市場攻略の陣頭指揮を執るという。
今回は、トレジャーデータでマーケティングディレクターを務める堀内健后氏が、Tapadのエリクセン氏と吉武氏にクロスデバイスソリューションとはどのようなものか、また同社が見据えている日本市場の可能性と、サービス展開の戦略について話を伺った。
堀内 健后 氏(以下、堀内):Tapadの設立は8年前、2010年ですね。思っていたよりも新しい印象です。
S・V・エリクセン氏(以下、エリクセン):当時もいまも変わらず、私たちが解決しようとしている問題は、非常にシンプルなものです。今日のユーザーはスマートフォン、ノートパソコン、タブレットなど、いろいろなデバイスを使っています。しかしマーケターは、このいくつもあるデバイスを、ただ単純にそれぞれひとつのデバイスとしてしか見ていません。そこで、TapadのテクノロジーでそれぞれのデバイスのIDを繋ぎ合わせることによって、3つのデバイスがあるけれども、使っているのはひとりである、という形にしていきます。
堀内:それがクロスデバイスソリューションですね。
エリクセン:しかし、現実のクロスデバイスはもっと複雑です。たとえば、あるひとりのユーザーが3つのデバイスを持っている。その人は結婚していて、パートナーはデバイスを4つ持っている。つまり、ひとつの世帯に、2人の人間がいて、7つのデバイスがある。これが我々の定義する「クロスデバイス」であり、2人がそれぞれどのデバイスを使っているのか、その状態をグラフ化できるのがTapadの特徴でもあります。

「現実のクロスデバイスはもっと複雑だ」とエリクセン氏
啓蒙活動にDSPをつくる
堀内:クロスデバイスは、いまこそ多くの人が共有する問題認識です。でも、8年前にこれを理解してもらうのは大変だったのではないですか?
エリクセン:当時すでに、クロスデバイスにまつわる問題認識はありましたが、市場としては、まだ存在していませんでした。そこで、まずDSPを作りまして、そのお客様に対してクロスデバイスという概念と、それに対するソリューションを説明するという、啓蒙活動からはじめたわけです。
堀内:クロスデバイスを浸透させるためにDSPを作ったということですか?
エリクセン:そうです。DSPを作って3~4年で、私たちのソリューションが認知され、市場から受け入れられるようになったので、昨年、DSPはやめました。現在は、オラクルをはじめいろいろな会社が、私たちのクロスデバイスデータを買いたいというようになり、マーテクとかアドテクといわれているものを、後ろから技術的に支えているビジネスに注力しています。
テレノールのCMO時代
堀内:なるほど。ところでエリクセンさんは、ノルウェーの国営通信会社、テレノール(Telenor)のご出身なんですよね。テクノロジー系企業のCEOとしては異色の経歴という気がします。
エリクセン:はい。私はテレノールでCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)という役職にあったのですが、2016年にテレノールがTapadを買収した際にニューヨークへ移り、2017年6月にTapadのCEOに就任しました。
堀内:そもそも通信会社がなぜ、Tapadのようなデジタルマーケティングのスタートアップを買収するに至ったのでしょうか?
エリクセン:あらゆるビジネスは、基本的にはすべて、物理的な店舗からスタートしています。電話会社も同様に、もともとは電話端末の販売からはじまりました。ただ、急速なデジタルシフトの影響で、人に広告を打っているつもりが、実はデバイスに向けて語りかけているだけではないか? という問題が浮上してきた。テレノールとしては、顧客についてもっとよく知りたい、デバイスではなく人に対してメッセージを送り、コミュニケートしたいという欲求が出てきたのです。
基本中の基本の概念
堀内:テレノールのCMO時代から、クロスデバイスへの課題感を持っていたわけですね。
エリクセン:そうです。テレノールにいた頃から、データドリブンな仕事というものをしてきましたが、いまにつながる理解を得るようになってきたのは、2011~2012年ごろだったと思います。たとえば、このスマートフォンと、あのスマートフォンとふたつあったとき、それぞれのデータを個別に計測するか、それとも、実はこのふたつはひとりのユーザーが使用しているものとして計測するか。これを掴むか掴まないかで、計測の内容には大きな異なりが出てくることが分かってきました。
デジタルマーケティングに携わる者として、パーソナライゼーションは重要だと思います。また、それぞれのユーザーにレリバント(関連性の高い)な広告を出さなければなりません。顧客とのリレーションシップを構築しなければならない。となれば、デバイスが溢れかえる現代において、クロスデバイスという概念は基本中の基本だろうという思いに至ったのです。
いよいよ日本市場へ
堀内:では日本市場について、話を展開していきたいと思います。まず、吉武さんは、デジタルマーケティング業界でのキャリアが長くて、我々も以前より、いろいろなところでお目にかかってます。そもそもTapadで働くきっかけはなんでしょう?
吉武 亜季子 氏(以下、吉武):Tapadに入社したのは、アドテク業界関係者からのご紹介がきっかけです。もともとは、シンガポールにあったCCI(サイバー・コミュニケーションズ)のアジア支社や日本の本社で、アドエクスチェンジプラットフォームの事業を担当していました。
やれるところまでやったなと思った段階で、次はマーケティング関連のキャリアを積みたいと思い、Kenshoo Japan(ケンシュージャパン)に転職しまして、その後、Tapadから声をかけてもらいました。The Trade Desk社のAPAC関係者とのご縁も重なり、シンガポールで培った人脈が生かせるうえ、デジタル広告、デジタルマーケティング、マーケットエントリーが伴う現地支社での経験など、重ねてきた自分のキャリアが丸ごと生かせる仕事だということで、思い切ってチャレンジしたわけです。
エリクセン:いままでひとりで全部やってもらっていましたが、今後は日本国内のエコシステムに入ってきちんとハンドリングしてもらうためにも、リソースの投入はしていきたいと思っています。

「自分の経歴が丸ごと生かせる仕事だと感じた」と吉武氏
リンケージとスケール
堀内:クロスデバイスが当たり前となったいま、ただデータを溜めるだけでは、意味のあるものにならないということですよね。今回、TREASURE CDPとTapadが連携することになりましたが、TREASURE CDPをお使いのお客様に対して、Tapadが新たに提供できる価値はどのようなものになりますか?
エリクセン:Tapadが新たに提供できる価値はふたつあります。ひとつはデータのリンケージ(連携)です。TREASURE CDPから、あるユーザーが5つのデバイスを使っているという情報が来たとします。もし、きちんと紐付けされていない状態であれば、紐付けしてあげるのがひとつの付加価値です。
もうひとつは、スケール(拡張)。このデバイスを持っている人は、ほかにもこういうデバイスを使っていますよという情報を付与します。これをスケールと言っているのですが、デバイス情報の拡張という感じでしょうか。
リンケージによって作られるのは、デバイスとユーザーのネットワークです。ネットワークはユーザーが増えれば増えるほど、個々のユーザーにとっての価値が増していきます。これをネットワーク効果といいますが、Tapadもデータがたくさんあるところで使ってほしいのです。TREASURE CDPと併せて使えば、TREASURE CDPに蓄積されるデータも豊潤化されます。できるだけたくさんのDSP、DMP、CDPに使ってもらって、ネットワーク効果を高めていきたいですね。

「データを溜めるだけでは意味がない」と堀内氏
あるがままの状態で
堀内:Tapadを使うことで、CPAやROIといった数値が改善されることを期待している方もいるかと思いますが、その点についてはいかがですか?
エリクセン:クロスデバイスソリューションを実施する最大のメリットは、いわゆるアトリビューションの精度向上に寄与できるところだと思っています。当然、結果的にCPAが下がったり、ROIが上がったりという話にもつながりますが、やはり、測定そのものの精度を上げることが第一義だと思います。
これまでマーケターやエージェンシーは、ドアの鍵穴から、部屋の全容を見ようとして、無理矢理覗いているような状態でした。私たちは、Tapadのクロスデバイスデータを使い、そのドアを開けて、部屋全体をあるがままの状態で見せてあげたいのです。
吉武:エリクセンのいう通りです。クロスデバイスソリューションの最大のメリットは、全体像を正確に見渡すことで判断材料が増え、マーケティング活動の総体的な見直しや、正当性を判断するのに役立つ点だと思いますね。
堀内:その結果として、ターゲティング広告のフリークエンシーコントロールができる。広告を当てすぎないのもマーケターとしてはダメ。もちろん、当てすぎるのもです。そういう意味でもクロスデバイスは今後必携のソリューションになっていくでしょうね。
みんなをハッピーに
吉武:エリクセンも、日本はデジタルマーケティングが非常に進化した市場であるといっていますが、クロスデバイスというアイデアはまだなじみが薄いのではないでしょうか。私たちはグローバルに展開しているので、ほかのマーケットでの事例をたくさん持っています。日本の皆様には、我々の知見から「なるほど、こういう風に使うのか!」というインスピレーションを得ていただくことができると思います。
エリクセン:もう1点加えるとすれば、アメリカでもヨーロッパでもそうなんですが、クロスデバイスの市場が形成されてくるにつれ、クロスデバイスソリューションらしきものを売りにする会社が増えてくる。しかし本当に、デバイスを正しくリンケージして、かつスケールができるのは、弊社を含めて限られた数社だと思っています。
そういう私たちが日本にエントリーをして、良い滑り出しができました。これからはパートナーを増やして、私たちと組んでくれるところみんなをハッピーにしていく、そういうところに力を入れていきたいですね。
▼吉武 亜季子(写真左)
Tapad Inc. コマーシャル・ディレクター
2017年6月よりTapadの日本ビジネスリードを担当。国内外事業社(DSP、DMP、Eコマース、媒体社など)へTapadのクロスデバイスソリューション「The Device Graph™」の提供に向け、パートナーシップ構築を進めている。Tapad参画前は、Kenshoo Japanやサイバー・コミュニケーションズ(CCI)で、17年以上に渡り、メディアプランニングからクリエイティブプロジェクト、広告商品の開発や海外企業との提携業務を含むインターネット広告並びにアドテクノロジービジネスを経験。
▼Sigvart Voss Eriksen(写真中央)
Tapad Inc. CEO
10年以上に渡る、親会社Telenor Group(テレノール・グループ)での上級役職経験を含め、20年近くデジタル広告を経験。2017年、Tapad CEO(最高経営責任者)に就任。2001年にTelenor GroupのMobile International(モバイル・インターナショナル)に入社以降、同社のオペレーション部門を通じて、Telenor Pakistan、Telenor Hungary、Telenor ThailandでCMOを歴任。また、オスロ大学ではロシア語と歴史を学び、ノルウェー軍で1年間を過ごした。2001年、ノルウェー科学技術大学(NTNU)にて経営学修士号を修了。
▼堀内 健后(写真右)
トレジャーデータ株式会社 マーケティング担当ディレクター
1976年、東京生まれ。2001年、東京大学大学院工学系研究科修了後、プライスウォーターハウスクーパースコンサルタント株式会社(現 日本アイ・ビー・エム株式会社)へ入社し、経営コンサルタント業に携わる。2006年、マネックス証券の親会社であるマネックスビーンズホールディングス(現 マネックスグループ株式会社)へ転職。2013年2月にトレジャーデータ株式会社へ入社し、ジェネラルマネージャーに就任。2014年7月、日本事業の拡大に伴い、マーケティングディレクターとなる。
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Written by 内藤貴志
Photo by 渡部幸和