プライバシー第一の検索エンジン「ダックダックゴー(DuckDuckGo)」は、プライバシーが話題の中心になるような時期が来るのを長いあいだ待っていた。創業者でCEOのガブリエル・ワインバーグ氏は、このサービスをインターネット上のプライバシーを確保するための、ユーザーにとっての「イージー・ボタン」にしたいという。
検索エンジン「ダックダックゴー(DuckDuckGo)」の創業者でCEOのガブリエル・ワインバーグ氏は、将来やって来る大きなトレンドに、いち早く飛び乗ってきた実績を持っている。
飛び乗るのが早過ぎる、とも言えるかもしれない。
2006年、Facebookがまだ大学のキャンパス内の面白いサービスに留まっていた頃、MITを卒業したワインバーグ氏は、「世界を小さくする」というキャッチフレーズを掲げたSNSのプロトタイプのような、ザ・ネームズ・データベース(The Names Database)というサービスをClassmates.comに1000万ドル(約11億円)で売却した。
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ワインバーグ氏はその資金の一部を、現在のベンチャー企業であるダックダックゴーの立ち上げのために使った。何年にもわたって検索エンジンに注力してきたプライバシー重視のテクノロジー企業である同社は、昨年、その中核製品以外にも事業を拡大し始めた。2018年にChromeのエクステンションとモバイルブラウザをローンチし、ワインバーグ氏は同社を単なるプライバシー第一の検索エンジンやブラウザではなく、インターネット上のプライバシーを確保するための、ユーザーにとっての「イージー・ボタン」にしたいという。
同社は7月、「eメール保護(Email Protection)」のベータ版をリリースした。eメール保護は、ユーザーがオンラインでさまざまなサービスにサインアップする際に匿名性を提供するように設計されたメール転送製品だ。そして11月には、同社はAndroidユーザー向けにトラッカーをブロックするプロダクトをプライベートベータ版として公開した。モバイルアプリ内のサードパーティーのトラッカーが、ユーザーのアクティビティに関するデータを時に知られていない企業や団体に送ることがあるが、このブロッカーはそれを防ぐことができる。
このふたつのプロダクトはささやかなスタートを切った。50万人以上がeメール保護の、20万人以上がトラッカーブロッカーのウェイトリストに載っている。しかし、同社は時が経つにつれ、さらに先へと進む計画だ。ワインバーグ氏によると、現代人の生活のうち、支払いからチャット、電話に至るまで、「プライバシー強化技術を加える」ポテンシャルのある領域が約20あるという。ダックダックゴーはこれらすべてに進出するわけではない。「全体としては、ひとつの企業が行うには多すぎる」と同氏は言った。しかし、同社はいくつかの面で匿名性と安心感を提供する機会を見出している。
「我々は、より包括的になるために、サービスを拡張しようとしている」とワインバーグ氏は言った。
プライバシーが話題の中心に
ワインバーグ氏とダックダックゴーは、プライバシーが話題の中心になるような時期が来るのを長いあいだ待っていた。しかしその時期が来た今、同社はユニークな難題に直面している。Apple、Google、Facebookのあいだで競争が激化し、政府によるプライバシーに関する監督が強化され、消費者の意識が高まったことで、何年にもわたって周縁化されてきた消費者のプライバシー問題がメディアの話題の中心に躍り出た。プライベートブラウザの普及は加速し始めており、ベンチャーキャピタルも流入して、企業向けと消費者向けスタートアップの両方の財源を満たしている。
消費者の意識もプライバシーの方に傾いているが、一様ではない。今年の春にチータデジタル(Cheetah Digital)が実施した調査によると、過半数をわずかに上回る消費者が現在、リターゲティング広告のようなデジタル広告手法を「クール」ではなく「不気味だ」と考えていることがわかったが、それでもプライバシー機能を理由に、デジタルサービスを別のサービスに切り替えた消費者はわずか5分の1だった。このことは、ダックダックゴーが急ぎながらも、待つということを余儀なくさせている。新たに混み合った分野でサービス開発において遅れをとらないようにすると同時に、何が起きているのか、何ができるのかをより多くの消費者が理解するのを待っている。
「我々は(メインストリームに)進出しようとしているが、ほとんどの人は我々の名前を聞いたことがない」とワインバーグ氏は語り、アメリカの人口の約半分がターゲット市場と考えられると付け加えた。「そのグループのなかでも、人によって関心を持つ部分が異なる。さまざまなものを提供しているので、人によってはまず我々の電子メールを使うかもしれないし、最初にトラッカーブロックを使うかもしれない」。
「茹でガエルのようなものだった」
ワインバーグ氏は2008年に同社を立ち上げたが、これはデジタルメディアの歴史のなかでも、静かながら重要な時期だ。Googleは当時、ダブルクリック(Doubleclick)を買収したばかりだったが、これはデジタル広告、そして時とともに広告全般を、コンテキスト連動ターゲティングから外し、行動ターゲティングへと移す動きのひとつとなっていた。行動ターゲティングでは、企業が一般市民について収集した情報を蓄積する。
その変化の影響は今日となっては明らかであるが、当時は決して明白ではなかった。「人々はすぐには理解できなかった」とワインバーグ氏は言う。「『茹でガエル』のようなものだった(カエルを熱湯に入れると鍋から飛び出して逃げるが、水から徐々に熱すると気づかずに茹でられてしまうという寓話)」。
ワインバーグ氏によると、この認識のギャップが、特に同社が最終的に外部資本を求めることにしたとき、同社が焦点を絞るのに役立ったという。
「2011年に最初に外部資金を調達したとき、我々は『検索企業になるのか、プライバシー企業になるのか』と自問自答したことを思い起こす」と、ワインバーグ氏は語る。「我々は『(消費者が)簡単に選択できるようにするために必要な機能が得られるまでは、検索に集中する』と決めた」。
それから10年近くが経ち、その焦点は一定の成果を上げた。ダックダックゴーは現在、Androidでもっともダウンロードされているモバイルブラウザであり、iOSで2番目にダウンロードされており、ファイアーフォックス(Firefox)などの既存の競合製品だけでなく、ブレイブ(Brave)やニーヴァ(Neeva)などの同様の目的を持つ新しい製品をも上回っている。
また米国におけるモバイルブラウザのデイリーアクティブユーザー数では、ChromeとSafariに次いで3位になる可能性が高い。ChromeとSafariは数億台のスマートフォンにプリインストールされているため、サードパーティの分析プロバイダによる効果的な測定が不可能となっている。また、アプトピア(Apptopia)のデータ分析によると、App StoreとGoogle Playの検索キーワードでダックダックゴーは「検索(search)」「ブラウザ(browser)」「プライベート・ブラウザ(private browser)」などの検索結果の上位3位にランクインしている。
まずは消費者の心をつかむ
ダックダックゴーはまた、業績面でも持続可能なビジネスを構築している。2014年以来黒字を続けており、2021年には「1億ドル(約118億円)を優に超える」収益を上げた(広報担当者は詳細な数字を明らかにしていない)。これはユーザーが何かを検索した時にコンテキストに応じた広告インプレッションを取得し、それをマイクロソフト(Microsoft)の広告ネットワーク内のパブリッシャーとして広告主に提供するという単純な仕組みのおかげだ。
しかしインターネットでは、成功は今や数十億ドル単位で測られている。ほかの最近のデジタル成功事例と比較すると、ダックダックゴーは消費者と広告主の両方にとって、依然としてニッチな存在だ。
「ダックダックゴーやほかのプライバシー保護型検索エンジンは、今後その地位を確立するなかで、注目すべき存在になると思う」と、メディアハブ(MediaHub)で検索を担当するモハメド・ハク氏は語った。「彼らはその準備ができている」。
しかし今のところ、同社のユーザーベースは、ほとんどの広告主にとって差別化されていない。広告バイヤーはマイクロソフトの広告ネットワーク内の特定のパブリッシャーをターゲットにすることができるが、「そのようなリクエストは一般的ではない」とハク氏は言った、そしてダックダックゴーのユーザーは(そのようなリクエストが)さらに一般的になるほど十分ではない。
ワインバーグ氏はこの点についてはおおむね楽観的だ。黒字であることもそれに貢献しているだろう。そして、もっと多くの広告主の財布を得ようとするよりも、消費者の心をつかむことを望んでいる。そのために、ダックダックゴーはマーケティングにより多くの資金を費やしてきた。同社は2020年末に1億ドルの資金を調達したが、これは初期の投資家たちをキャッシュアウトさせ、マーケティングとロビー活動を強化する目的もあった。カンター(Kantar)によると、2021年の第1四半期から第3四半期にかけて、同社の従来型広告費は前年比80%以上増の1900万ドル(約22億円)近くに達したという。Facebook広告ライブラリ(Facebook Ad Library)のデータによると、プライバシー重視の企業にふさわしく、Facebookの広告に費やした金額は1000ドル(約11万円)未満だったという。
ロビー活動にも余念なく
同社はまた、舞台裏で働きかけ、政府に圧力をかけ続けて、行動ターゲティングに依存している企業たち(Google)が好き勝手しづらい状況にしたいと考えている。
「私の目標は、(コンテクストに応じたターゲティングを可能にする)市場環境を作り出す手助けをすることだ」とワインバーグ氏は言った。「それを実現する最善の方法は、政府が行動ベース広告のオプトアウトやオプトインを認めることだ」。
「私の予想では、30-80%(のユーザー)がコンテクストに応じた広告形態を選ぶだろう。(中略)イノベーション予算はそのユーザーたちを追って動くだろう」。
MAX WILLENS(翻訳:塚本 紺、編集:長田真)
Illustration by IVY LIU