大手広告主たちにとって、この10年間、キャロリン・エバーソン氏はFacebookの顔だった。しかし6月9日(現地時間)、Facebookの広告部門でグローバル責任者を務めてきた同氏は、自らのFacebookアカウントを通じて、同社を退職したと発表した。
大手広告主たちにとって、この10年間、キャロリン・エバーソン氏はFacebookの顔だった。アドバタイジングウィークやカンヌライオンズをはじめ、各地の業界イベントを飛び回り、CEOやCMOたちと会談し、不祥事の際にはお詫び行脚の先頭に立ってきた。
そんな日々も、もう終わりだ。6月9日(現地時間)、Facebookの広告部門でグローバル責任者を務めてきたエバーソン氏は、自らのFacebookアカウントを通じて、同社を退職したと発表した。退職後の身の振り方については明らかにしていない。同氏の退職に先だって、Facebookでは経営陣の刷新が行われた。最高収益責任者のデヴィッド・フィッシャー氏も今年中にFacebookを去る予定だ。Facebookによると、フィッシャー氏の後任は置かず、代わりに最高業務責任者という役職を新設し、グローバルパートナーシップ担当バイスプレジデントのマーニー・レヴィーン氏を同職に指名したという。
広告主やエージェンシーの幹部たちは、エバーソン氏の退任は予想外であり、新しい役職の候補から外されたことが理由ではないかと見ている。同時に、Facebookが起こす騒動の「火消し」にうんざりしたとか、新章を開く準備ができたのではないかなどと見る向きもある。当面は、同社グローバルビジネスグループでEMEA市場の責任者を務めるニコラ・メンデルソーン氏がエバーソン氏の職務を引き継ぐという。Facebookの広報担当者は、説明やコメントの求めに応じていない。また、エバーソン氏もFacebookが出したメッセージに無言を貫いている。
Advertisement
広告主の信頼を集めた人物
出稿企業のCEOやCMOのあいだでは、エバーソン氏は広告主側の声に耳を傾け、彼らの立場を擁護する人物として知られていた。Facebookを今日あるような広告の巨人に育て上げた同氏の功績は計り知れない。広告主、エージェンシーの幹部、バイヤーたちは、エバーソン氏を失うことは、Facebookにとって大きな痛手だと口を揃える。ただし、エバーソン氏がFacebookを辞めることで、同プラットフォームの広告収入に大きな影響が出るとは考えていない。なにしろ、Facebookの広告収入総額に占める大手広告主の比率は20%に満たない。むしろ、広告業界に対する会社の顔としてのエバーソン氏を失うことのほうが問題だ。
「キャロリンはこの10年、Facebookの成功に大きく貢献してきた。彼女の退社は同社にとって甚大な損失となるだろう」。そう話すのは、ユー&ミスタージョーンズ(You & Mr. Jones)の創業者で、最高経営責任者(CEO)を務めるデヴィッド・ジョーンズ氏だ。同氏は、Facebookが諮問するクライアントカウンシルの設置当初のメンバーでもあった。「彼女は世界有数の広告主たちから慕われ、信頼されていた。彼女の後任が務まるのはニコラ(ニコラ・メンデルソーン氏)くらいだろう」。
ホライゾンメディア(Horizon Media)の創業者で、プレジデント兼CEOを務めるビル・ケーニヒスベルク氏もこの発言に同調する。「Facebookの真骨頂はコミュニティをつなぐことだが、Facebookを我々の業界につなぐことにかけては、キャロリンの右に出る者はいない。彼女はエージェンシーやマーケターに透明性に配慮して接していた。それゆえ多大な信頼を寄せられていた」。
エバーソン氏は、マイクロソフト(Microsoft Corporation)やバイアコム(Viacom)を含む複数の企業で経営幹部の役職を歴任した後、2011年に全世界での広告販売を統括するバイスプレジデントとしてFacebookに入社した。
「彼女はとても友好的で話し上手だった。その人柄は、彼女の退社のニュースを受けて、CMOたちがこぞって支援を表明したことにも表れている」。あるエージェンシーのプランナーは匿名を条件にそう語った。「クライアントを食事に招き、誕生日には高価なプレゼントを贈り、彼らの子どもが病気になれば、入院先の病院にピエロを派遣した。キャロリンがハリウッドにいたなら、ウィル・スミスのような大物俳優を担当する超優秀なエージェントになっていただろう」。
優れた「危機対応能力」
エバーソン氏の巧みな話力はさておき、広告主、広告バイヤー、エージェンシーの幹部らは、真に惜しむべきはエバーソン氏の危機対応能力だと口を揃える。現に同氏は、ケンブリッジアナリティカ事件(Facebookがユーザーの同意なく個人データを密かに流出させた事件)や、露見当初は一部のバイヤーが肩をすくめて受け流した、動画再生回数の水増し事件といった大きな不祥事や醜聞があった際、高い処理能力を発揮してきた。2020年の夏に大手広告主がこぞってFacebook広告をボイコットしたときも、エバーソン氏らは同社の広告事業の中核をなす、中小企業の広告費を死守した。
ホライゾンメディアのケーニヒスベルク氏はこう話す。「Facebookは過去、幾度か大きくつまずいた。しかし、会社の危機に最大限の手腕を発揮してくれた人物はもういない。Facebookは事の重大さを過小評価しているのではないか。会社のために、一度ならず三度までも謝罪行脚を率いたエバーソン氏は、自らの高潔さを十分に証明したといえる。彼女の代わりは誰にも務まらない」。
エバーソン氏の今後
確かに、エバーソン氏は大手広告主のCEOやCMOと親密な関係を築き、Facebookの顔として高い評価を受けていたが、一方でエージェンシーの幹部やバイヤーらは、同社の広告収入には直接影響が出ないと見ている。というのも、大手広告主を直接担当するのはミドルマネジャーたちであるし、中小企業はエバーソン氏と直接関わることはないと思われるからだ。
エバーソン氏の今後について、「引く手あまた」と見る向きがある反面、三度にわたる謝罪行脚を率いた同氏は、一部のスキャンダルについては問題点をぼかしたり逸らしたりしてきた当事者で、これが同氏の評判に傷をつけることも考えられる。
プロハスカコンサルティング(Prohaska Consulting)のCEOで、プリンシパルを兼任するマット・プロハスカ氏はこう述べている。「彼女は、世界最大の広告収入を誇る2強のうち、一方の成長を牽引した立役者だ。その反面、15件前後におよぶ動画広告の再生回数やパフォーマンスの不正報告、その結果に生じた広告主への補償にも対処せざるを得なかった。この二面性は、我々業界人の多くがFacebookと、その止まるところを知らない成長や権勢に対して抱く、ときに近づき、ときに突き放す、愛憎相半ばする関係を映しているともいえるだろう」。
KRISTINA MONLLOS(翻訳:英じゅんこ、編集:村上莞)