Amazon上で人気のある製品を扱うセラーから製品の独占販売権を買い取り、急成長するセラー買収企業が増加している。投資家たちから多額の資金が流れ込んでいるだけでなく、ビジネスの限界を感じているセラーたちにとっても利益を手にして手を引ける、うまみのある「脱出口」となっているのだ。
3年前にクリストファー・ピーラー氏とフィリップ・ラルフス氏は、気の向くままAmazonで販売を開始した。「臨時収入を稼ぎたかったこともあるが、それよりも経験づくりが目的だった」とピーラー氏はいう。ドイツのハンブルグに住む法学部の学生だったピーラー氏は、Amazonの「一部始終」に興味があった。一方、経営学の修士号を取得しているラルフス氏は、業界での将来に備えたかった。
Amazonに進出してから2年後の2020年11月下旬、2人は出口を見出した。ドイツのスタートアップ、レザー(Razor)が、3300万ドル(約34億円)の資金を調達して、ピーラー氏とラルフス氏が扱っていた3つのベストセラー製品を買い取ったのだ。
レザーは成長中のAmazonセラー買収企業(セラーロールアップ[囲い込み]企業とも呼ばれる)の1社だ。その「エコシステム」は、成功しているAmazon製品に投資し、それを自社で構築しているはるかに大きなAmazon製品ポートフォリオに投入するというもので、ベンチャー投資家はこうした買収企業に対して驚くべき額の資金をつぎ込んできた。 eコマース解析企業マーケットプレイスパルス(Marketplace Pulse)によると、Amazonセラー買収企業群は、2020年だけで計10億ドル弱(約1030億円)を調達したという。
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こうした企業の多くはまだ非常に新しく、ピーラー氏とラルフス氏の「経験」は、200万を超えるAmazonセラーの世界では例外的なケースだ。だが、この事例は買収企業が、Amazonでのビジネスからの移行に関心があるセラーに、投資を通じてかなりのリターンを提供する可能性を示している。これだけ多額の資金が流入すれば、Amazonのランキング上位に位置するヒット製品をひとつでも持っているセラーは誰でも、容易に大金を手にできるかもしれない。
ヒット商品にオファーが殺到
Amazonでの販売開始時、ピーラー氏とラルフス氏はあらゆる商品を手当たり次第に扱って何が在庫になるのかを確認する、というアプローチを取った。コースターの寄せ集めやフィットネスプログラム「クロスフィット(CrossFit)」用のトレーニンググローブ、鍵を置くためのフェルト製トレーなど、10の製品をテストしたのだ。どれかひとつでもヒットすればと願ってのことだったが、この当てずっぽうの戦略がうまくいった。ふたりが2018年後半に発売したひとつの無難な製品、据え付け型の自転車用ラックが急に売れ出したのだ。売り上げは2倍になり、その後にまた倍増した。直近の1年間で4万台以上売れ、ドイツのAmazonでカテゴリー1位に急上昇した。
自転車用ラックが首位になって間もなく、セラー買収企業からオファーが殺到し始めた。4社からそれぞれ1カ月以内に連絡があり、いずれも据え付け型自転車用ラックの独占販売権と引き換えに1回限りの金額を支払うという申し出だった。うち2社からは正式なオファーが届き、1社は具体的な金額、もう1社はおおよその金額を提示したが、ピーラー氏によればどちらの数字も概ね同じくらいだったという。ピーラー氏とラルフス氏は、結局レザーに3つの製品(自転車用ラック、鍵用トレー、食洗機用マグネット)を売却した。それらの製品すべての売却額は明らかにしなかったが、ピーラー氏は、合計で数十万ユーロ(数千万円)だったと語った。
ロジスティクスの面で言えば、レザーへの製品売却は、EAN(Amazonの各製品に割り当てられる欧州市場固有のコード。米国ではUPCと呼ばれる)上の移転の問題に過ぎなかった、とピーラー氏は語る。製品レビューなどのメタデータがEANに紐付けされるため、レザーが独自のアカウントで自転車用ラックの販売を開始しても、製品のメタデータがEANとともに再び表示される。レザーはピーラー氏とラルフス氏のセラーアカウントにアクセスできるわけではなく、ふたりが計画しているより大規模なフルフィルメント by Amazon(FBA)ビジネスの経営権を握るわけでもなかった。それなりの金額の取引と引き換えに、レザーは特定の製品のIDと独占販売権を買ったわけだ。
「セラーの売り手市場」
ほとんどの買収企業の手法は、ピーラー氏とラルフス氏が経験したモデルに従っているようだ。すべてのセラーに目を光らせているわけではなく、FBAビジネスのベストセラー製品を買収している。Amazonのアルゴリズムは、上位1位と2位の製品を重視する傾向があるので、そうした製品をランキングから引きずり降ろすのは難しい。結局のところ、Amazon上のビジネスで重要なのは会社の名前ではなく、勢いのあるヒット製品とその勢いをさらに伸ばせる有力な「場」なのだ。
「Amazonのアルゴリズムは、勝ち組が勝ち続けるのを助ける」と、自身の会社ハーンベック(Hahnbeck)を通じてeコマースセラーと買収企業の取引を仲介するタリアセン・ハリウッド氏は、以前米DIGIDAYの姉妹サイト、モダンリテール(Modern Retail)に語っている。
ピーラー氏とラルフス氏は2020年春まで、そうした可能性についてまったく思いもよらなかったという。「誰かが買収したがるとはまったく思わなかった」と、ピーラー氏は話す。最初の買収企業から連絡があった8月でも、「買収するつもりだとは思わなかった。ただドイツのFBA市場について知りたがっているのだろうと考えていた」という。だが、オファーの数が増え始めると、ピーラー氏はもう自分たちが買収対象であることを否定できなかった。
ハリウッド氏が語ったところでは、同氏の顧客の多くも同じことを感じていたという。Amazonで何年も販売しているセラーですら、今より飛躍できる「脱出用ハッチ」があることを最近知ったばかりだった。一方で、買収企業の動向を把握したうえで参入した一部の新規セラーは、自分たちを買収対象とすべくAmazonでの販売に取り組んできた。「この分野では、すぐに事業を立ち上げて売りに出せる。今のところ、セラーの売り手市場なのは明らかだ」と、ハリウッド氏は指摘する。
セラーのプロ化が進むか
セラー買収分野で有数の大手企業であるスラシオ(Thrasio)によると、セラーの買収を言い換えるならば、注文に圧倒されていたりやり直すことを検討していたりするセラーを見つけるビジネスだいう。「多くのセラーにとってAmazonビジネスの運営や拡大、維持は、非常に困難な仕事だ」とスラシオの創業者、ジョシュ・シルバースタイン氏は以前の取材で述べている。
これらの買収企業には、いわゆる「バブル」の顕著な特徴がいくつかみられる。外部のプラットフォームにかなり依存しているので、Amazonのアルゴリズムが大幅に変更されると、カテゴリー首位の製品が一夜にしてランキングから転落する可能性もある。多くの買収企業は、多様なポートフォリオを構築して自社ビジネスを守ろうと努めている。また、非常事態を避けるために、スラシオのような最大手のなかには、単一のAmazonアカウントではなく、50近くのネットワークを通じて販売しているところもある。
だが今のところ、セラー買収バブルはピーラー氏らのような人々にとって、歓迎すべき救済となる。あくまで副業としてヒット製品を扱うAmazonセラーには、需要の拡大に応じる時間や意欲がないかもしれないからだ。以前ならきっぱりやめるしかなかったが、今は利益を生む撤退手段が視界にある。
ただし、その方法も今後は難しくなるかもしれない。Amazonでの販売にこれだけ多くのベンチャー資本が流入している事実は、この分野のさらなるプロ化を示しており、副業のAmazonセラーは「儲け話」の脇に追いやられる可能性がある。「副業のつもりでアマチュアがAmazonに進出し急速に成長する時代は、終わったようだ。私たちのような若者はAmazonセラーを本格的にやろうとは考えていないし、サイドビジネスとしてやっているだけでは、もうそんな風にうまくいくとは思えない」と、ピーラー氏は述べた。
[原文:‘The time for amateurs seems over’: How acquirers are giving Amazon sellers an exit]
MICHAEL WATERS(翻訳:矢倉美登里/ガリレオ、編集:分島 翔平)