「アイツらは、アメリカ政府にコントロールされている」と、イスラエルで知り合ったイギリス人は、吐き棄てるように言った。「アイツら」とは、GoogleやFacebookなどITプラットフォーマーのことである。ーー有園雄一氏による寄稿コラム。
本記事は、電通デジタル 客員エグゼクティブコンサルタント/アタラ合同会社 フェロー/zonari合同会社 代表執行役社長、有園雄一氏による寄稿コラムとなります。
「アイツらは、アメリカ政府にコントロールされている」と、イスラエルで知り合ったイギリス人は、吐き棄てるように言った。「アイツら」とは、GoogleやFacebookなどITプラットフォーマーのことである。昨年テルアビブで、そのイギリス人ともうひとり別のイスラエル人と3人で、夕食に行ったときのことだ。
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EUにおける一般データ保護法、通称GDPRが法整備された背景には、「アメリカ政府にEU市民を監視させるな」という市民感情があるようだ。「アメリカは世界最大の監視国家である。中国の比ではない」と、そのイギリス人は言った。GoogleなどITプラットフォーマーはその監視に協力している、とのことだ。
GDPRは昨年5月に施行された。ちょうどその前後、私は、ヨーロッパからイスラエルへと20日間ほど出張した。エストニアの電子政府視察と、イスラエルのベンチャー企業のイベントに参加する目的だった。ヨーロッパ滞在中、フィンランドなどで「個人情報・個人データをGoogleなどが勝手に使っていることは許されない」という主張を繰り返し聞かされた。そして、イスラエルに移動したあとも、施行直後のGDPRは話題になった。
英雄視されるスノーデン
「なぜ、急に、GoogleやFacebookに対して厳しい世論が形成されたのか? 2010年頃までは、とっても好意的だったのに?」と、私はそのイギリス人に質問した。彼は「急ではない」と、前置きして話し始めた。
最初に彼が触れたのは、エドワード・スノーデンの事件だ。2013年、アメリカ国家安全保障局 (NSA)による個人情報収集の手口がメディアで報道された。その情報元が、スノーデンだった。オリバー・ストーン監督の映画『スノーデン(Snowden:2016年公開)』を観た人もいるだろう。ウィキペディアによると、マイクロソフト(Microsoft)、Google、FacebookなどのIT企業、および、ベライゾン・ワイヤレスなど大手通信事業者が、アメリカ政府に協力していた。
これをきっかけに、スノーデンはヨーロッパで英雄視されているらしい。フィナンシャル・タイムズの翻訳記事「スノーデン氏大人気 若者に『監視される不安』」も最近、日経新聞に掲載された。
アメリカの諜報活動については、うすうす分かっていた。しかし、「Googleよ。お前もか!」と多くのEU市民が失望し、裏切られたと感じたらしい。英雄になったスノーデン、裏切ったGoogleなどIT企業という構図だ。
「これは政治闘争だ」
さらに、ドイツのメルケル首相への盗聴が明るみになった(参考記事:「メルケル氏の盗聴10年以上…首相就任前から標的 揺らぐ米欧同盟」)。 このニュースは、政府への影響が大きかったようだ。対策をしないと、EU世論が収まらない。「ヨーロッパ人を甘くみるなよ」と。
また、Googleとペンタゴン(国防総省)との関係も問題視された。GoogleなどIT企業は、AI技術などを国防総省に提供している。「EUでは誰でも知っているよ」とイギリス人は言ったが、私はその時まで知らなかった。日本でも次の記事が出ている(参考記事:「グーグル、国防総省との契約が判明 —— 社員から猛反発も」)。
だからこそ、「Don’t Be Evil(邪悪になるな)とは言えなくなった」と。Googleが行動規範から「Don’t Be Evil」を外したのは問題だ、と(参考記事:「Google、行動規範からみんなのモットー『Don’t Be Evil[邪悪になるな]』を外す」)。
そのイギリス人だけでなく、一緒に食事をしたイスラエル人も、「昔はGoogleファンだったが、いまでは違う」と話した。元Google社員の私としては、最初は悔しくて反論した。だが、食事が終わる頃には、ちょっと悲しくなって、彼らの話を黙って聞いていた。
「『Don’t Be Evil』を捨てた。Evilを認めたようなもの。Googleの大きな罪だ」と言われ、反論の余地はなかった。
「It’s not about technology, It’s not about economy, It’s about politics.」(テクノロジーでも、経済でもなく、政治の問題だ)と彼は語気を強めた。個人情報・個人データを巡る戦いは、アメリカ政府の監視行為への報復であり、「Googleなどの罪に対して罰を与える、政治闘争だ」と。
拍車がかかるGAFA包囲網
このGDPRという政治闘争は、それなりに影響力があった。「GAFA、『稼ぐ力』鈍る 利益率20%割れ目前」という記事では、「売上高に対する利益の比率は12年の約26%から20%割れ目前に下がった。データを安全に管理する『社会的責任コスト』などが増している。4社が誇った高速成長は曲がり角にさしかかる」と。
私も、前回の記事「2019年は、Googleの凋落の始まりの年になる」で、「GAFAは過去完了形」と書いた。その後に、時事通信では「グーグルに制裁金62億円=個人情報収集の説明に不備 - 仏」や、日経新聞では「独、フェイスブックのデータ収集制限 個人情報を保護」というニュースが出た。GAFA包囲網に拍車がかかっている。まるで、フランスとドイツが政治的に協力しているかのようだ。
Googleのサンダー・ピチャイCEOは昨年、「われわれは過去18カ月かけてGDPRに準備してきており、問題はない」(参考記事)と豪語した。おそらく、GDPRが、政治闘争であるとは知らず、甘く見たのではないか。
ヨーロッパ人と話して感じた。どんなにGoogleやFacebookがGDPR対応しても、「一般人にも分かる簡単な説明ではない」とか、独占的な市場シェアを逆手に「独占的地位の乱用だ」と言って、ダメ出しはできる。EU市民が納得しない限り、政治的に、あらゆる手を撃つ。そんな感じだ。GDPR、GAFAへの規制、デジタル課税などなどだ。
計り知れないGoogleの功績
ただ、こんなに叩かれると、元Google社員としては弁護したくなる。「だったら、Google以前の世界に戻りたいのか?」と言って、Googleの功績を、長々と語ってしまった。
私は、1990年代後半に、まだGoogleが普及する前から、ネット業界で仕事をはじめた。アメリカに留学して、そのままサンフランシスコのネット企業で働いたのだ。Googleの検索エンジンが登場してから、インターネットは格段に使えるものになった。Google以前の検索エンジンは、エロサイトなど不適切なコンテンツも平気で表示された。Googleは本当に便利で、まさに、革命的だったのだ。
そして、私自身は、Googleの功績で、もっとも重要なのは、そのミッションだと思っている。
「Googleの使命は、世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにすること」。
私見だが、Googleの功績は、「情報の整理が莫大な富を生むこと」を証明したことだ。大袈裟かもしれないが、人類史に残る偉大な功績だ。
情報戦という言葉があるように、Google以前から情報や知識は重要なものだと認識されていた。しかし、検索サービスやYouTube、マップ、メールなどなど、多数の機能を無料で提供し、人々の生活を便利にし、さらに、莫大な富を生み出して、経済成長にも貢献する。そんな企業、なかった。Facebookなどの広告モデルも、基本的には、Googleが作り上げたモデルに準じている。それを考慮すれば、その功績は計り知れない。
そのミッションに基づいて、人工知能やロボティクス、自動運転車、あるいは、医療、農業、エネルギーなど、様々な領域に投資し(正しくは、持ち株会社のAlphabet Inc.の投資か)、情報やデータを軸に、いわゆる、IoT時代の幕をGoogleが中心となって開けた。
IoT広告の曙光
そして、私が関わる広告業界では、いま、IoT広告の開発が進む。
インターネット広告は、私の定義では、既存のパソコンとスマホに表示される広告だ。IoT広告とは、パソコンとスマホ以外のIoT機器を通して提供される広告だ。スマート家電(コネクテッドTVも含む)、スマートカー(コネクテッド・カー、自動運転車)、ウェアラブル機器、スマートハウス/スマートホーム、スマートシティ(コネクテッドOOHも含む)などが主戦場になる見込みだ。
さて、私は、テルアビブでイギリス人と食事をした夜に、悔しくて、こう反論した。
「いまのネット広告市場でGoogleの凋落がはじまるとしても、あと数年で、自動運転車が実現し、その車内ではIoT広告が表示される。それに、スマート家電やウェアラブル、スマートハウス、スマートシティなど、あらゆる領域に事業を拡大できる」。
つまり、人工知能技術を応用したIoT広告が、今後、爆発的に普及する。IoT広告の曙光を考慮すると、まだまだ、Googleの成長の余地はある、と反論した。
もはや1社独占はない
その反論に対する回答は、こんな感じだった。
「当然、IoT広告市場において、Googleの技術は重要だ。だが、データの主権が重くのしかかる。人工知能はデータがないと意味がない。IoT広告にも、個人データが必要になる。GDPRの網は、IoT広告にも及ぶ。そして、検索エンジンのように独占的なシェアを持つことは、もう、ない。たとえば、自動運転車は、Google勢力もいれば、トヨタ-ソフトバンク勢力などもいて、1社が独占するような市場にならない。政府が最初から規制を考えているから」。
Googleが偉大なことは認める。IoT広告も、Googleの功績だ。しかし、ここから先は、データを巡る政治闘争だ、という感じだった。
すると、それを聞いたイスラエル人が言った。「だから、ブロックチェーン技術を使って個人データを守る会社、あるいは、データを管理する権限を個人に与えることが大事になった。IoT広告では、いまのネット広告は通用しなくなる」。
データ主権を個人へ
彼らは、モジラコーポレーション(Mozilla Corporation)の前CEOを努めたブレンダン・アイク(JavaScriptの生みの親)が作ったブラウザ「ブレイブ(Brave)」の名前や、エストニアの電子政府など、さまざまな事例を挙げた。
IoT広告において、なぜ、いまのネット広告のモデルが通用しなくなるのか。簡単な例をもって説明しよう。
あなたが男性なら、エッチな動画を閲覧した経験があるだろう。ネット広告の仕組みは、あなたの閲覧履歴をトラッキングし、広告配信に応用している。
仮に、あなたが妻と娘たちと一緒に東名高速を走っているとしよう。最新のスマートカーに乗り、車内に設置されたディスプレイで、家族と一緒に5G回線でテレビ番組を楽しんでいる。そのとき、突然、ちょっとエッチなCMが配信されたとしたら、どう思いますか? 家族の手前、慌ててしまうに違いありません。
既存のネット広告技術では、閲覧履歴に基づいて、家族と一緒の時に、不適切な広告配信をしてしまうかもしれない。ひとりでパソコンやスマホを使っているシーンを主に想定しているからだ。しかし、IoT広告には、家族など複数人の利用も含まれる。いまのままでは、不適切表示が懸念され、サービス化できない。
私が手伝っている電通グループの情報銀行「株式会社マイデータ・インテリジェンス」も、ブラウザ「ブレイブ」と同様に、データ主権を個人に返すという方針を掲げている。
来たるべきIoT広告では、個人データを守り、データ主権を個人に付与して、ビジネスモデルを構築する必要がある。Googleも、もちろん、それを理解して、IoT広告の主導権を取りに来るだろう。GAFA包囲網をどのようにかわすのか。その動向には注目していきたい。
Written by 有園雄一
Photo by Shutterstock