クリテオが売りに出されているが、買い手の有力候補として名前が上がり続けている企業は1社しかない。トレードデスクだ。もし買収が成立すれば、TTDはリテールメディア市場への大きな足掛かりを得ることになる。しかし、この種の大型買収にはリスクも伴う。両者の経営陣が契約の締結に慎重になる理由は、いろいろとある。
クリテオ(Criteo)が売りに出されているが、買い手の有力候補として名前が上がり続けている企業は1社しかない。トレードデスク(The Trade Desk、以下TTD)だ。もし買収が成立すれば、TTDはリテールメディア市場への大きな足掛かりを得ることになる。しかし、この種の大型買収にはリスクも伴う。両者の経営陣が契約の締結に慎重になる理由は、いろいろとある。
たとえば、今日のマクロ経済の不透明感や、サードパーティCookieへの依存、アドテク企業に対する評価額の低下などが、クリテオの前途に暗い影を落としていると、フォレスター(Forrester)のシニアアナリスト、二キル・ライ氏は話す。「しかしそれでも、クリテオの収益性と現時点で小売企業約175社とブランド約1800社を抱える同社のコマースメディアプラットフォームのネットワーク効果には目を見張るものがある」と、同氏は語る。
この記事では、TTDによるクリテオ買収の好材料と悪材料を、それぞれ考察してみたい。
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TTDによるクリテオ買収の好材料
実際に締結されたかはどうかはともかく、アドテク業界でこれほどまでに多くの好材料を持つ取引は、なかなか思い出せない。ほんの少しだが、その理由を思いつくままにいくつか挙げると:
- TTDがビジネスを行う主な相手はエージェンシーだが、クリテオはそうではない。
- 両社ともにベテランの経営チームとトップクラスのエンジニアチームを抱えている。さらに重要なこととして、両社共に優秀な人材を引きつけることに長けている。
- どちらかというと、TTDはファネル上部の広告主に利用されているが、クリテオはファネル下部のパフォーマンスキャンペーンの領分である。
- リテールメディアに関しては、クリテオがTTDに大きく勝っている。
- クリテオは購入とコンバージョンに関するデータを大量に持っている。
- TTDとは異なり、クリテオは米国外で多角的で明確なビジネスを展開している。したがって、TTDがクリテオを買収すれば、その結果、前者は新規市場参入の機会に恵まれることになるだろう。
- クリテオがアイピーオンウェブ(IPONWEB)の親会社であるという点も忘れてはならない。図らずも、アイピーオンウェブは何らかの形でほぼすべてのアドテク企業の動力源となっている。
- おそらく最も重要なのは、広告費をフリーキャッシュフローへといつでも変えられる力をクリテオが示してきたということだ。この点は大きな評価に値する。
これだけの好材料が揃っていれば、情報通がTTDによるクリテオ買収の成立を確信するのは当然だ。この賭けが報われれば、TTDはポイントソリューションから、セルサイドからバイサイド、コネクテッドTVからリテールメディアまで、プログラマティック市場の全域を網羅するエンドツーエンドのマーケティングスタックへと変貌を遂げることになるだろう。
特にこの最後の領域(コネクテッドTVからリテールメディア)は、非常に興味深い。すでに同社ビジネスの有望な一角をなしているそこに、果たしてこれが何をもたらすのだろうか? 確かに、コネクテッドTVのシナリオは、TTDが数年前から、その成長の物語の軸としてきたものだ。しかし、リテールメディアのシナリオの方が新しく、面白みで勝り、おまけに収益性も高いとしたら、どうだろう?
「クリテオが加われば、リテールメディア機能が強化される」
イービクイティ(Ebiquity)のグループ最高プロダクト責任者、ルーベン・シュレールス氏はこう語る。「リテールメディアに関しては、TTDの側に大きな利益がある。クリテオの技術を用いれば、広告主が小売企業のサイトでスポンサードプロダクト広告を購入できるようにすることも可能なばかりでなく、オーディエンスの拡大、つまり小売企業が広告主に、サードパーティのサイトやアプリで顧客を獲得できるようにする点でもそうなる。TTDは北米で優位を確立しているが、そこにクリテオが加われば、リテールメディア機能が強化されるだろう。ヨーロッパ方面にも力強い足跡を残せるだろうし、配信インフラもしっかり補完されるだろう」。
もしこの買収が本当に実現すれば、そのタイミングはこれ以上にない絶好のものになるだろう。TTDの状態は決して悪いわけではない。が、その現在の軌道には、同社の成長は遅かれ早かれ鈍化することを示す初期の兆候が現れている。
その兆候をいくつか挙げると、コンテンツオーナーの手中にあるCTVインベントリの解放。エージェンシー、アドテクパートナーとの軋轢の増大。それなりに勢いは増しているものの、いまなお疑問符が残るポストCookieのIDソリューション。オープンプログラマティックからプライベートマーケットプレイスへの広告費の着実な移行といった問題がある。
こうした問題の数々により、(程度の差はあるにせよ)TTDが思うように自社のプラットフォームへ広告費を誘致できなくなっているだけでなく、それに続く、コンスタントな利鞘の獲得も制限されている。確かに、同社のテイクレートは2016年に株式を公開して以来、20%のラインで安定している。しかし近年は、わずかではあるが、19.2%まで下がっている。おそらく今後もしばらくは、そのテイクレートに圧力がかかり続けることになるだろう。それには、いくつかの理由が考えられる。
TTDの収益力を維持する手段として
TTDは大手広告主各社と、その高額の広告費を固定する取引協定を結んでいる。(少なくとも)一部の広告主は今後、TTDがどのようにして彼らの広告費で収益を上げているのかを知りたがるようになるだろう。そうなれば、TTDのテイクレートはさらに押し下げられることになりかねない。このことは、低下しつつあるデータ(つまりオーディエンスターゲティングのシグナル)の有用性についてもいえる。
TTDのようなアドテクベンダーが、かつてほどの的確なオーディエンスターゲティングを提供できないとなると、おそらく広告主は、パブリッシャーやプライベートマーケットプレイスとの直接契約といった、必ずしもテイクレートに見合うとは限らない、他の選択肢へ目を向けることになるだろう。
クリテオを買収したからといって、TTDの収益力を妨げている諸問題がすべて解決されるわけではないだろう。しかし、これによって、それを維持する方法に関するTTDの選択肢が増える可能性はある。
「TTDにとっては、頭を悩ませるまでもない取引だ」と、シュレールス氏は語る。「オーガニックな成長を続けていく時期は、終わりに近づいているようだ」。
TTDによるクリテオ買収の悪材料
これに関しては、いうべきことはあからさまに少なくなる。TTDがクリテオを買収すべきではない理由など何もない、というわけではない。ロシア発のアイピーオンウェブが、それに値する以上の厄介ごとを米国でTTDにもたらすおそれがあること。投資家はクリテオのマネージドサービスビジネスモデルを必ずしも評価しているわけではないということなど、その理由は数多くある。しかし、こうした理由のほとんどは、経営企画幹部に背を向けさせるほどには大きくないように思われる。それに対して、実際に問題になりそうなのが、2つの企業文化の同調だ。
この問題が原因で買収話が水を差され、その挙句に流れてしまう例は、過去何度も繰り返されてきた。これがTTDとクリテオのあいだで起こらないとは限らない。結局のところTTDには、些細といってもいいこうした懸念を払拭して大型買収を成立させたという確かな実績があるわけではないのだ。むしろ、同社はこれまで何とか、このビジネスを誰に頼ることもなく自力でやってきた。クリテオと何らかの契約が結ばれれば、その結果、TTDは未知の領域へと足を踏み入れることになる。
最も恐れるべきはこの点だ。デジタルマーケティングコンサルタンシーのCvEで戦略部門のグローバルバイスプレジデントを務めるロブ・ウェブスター氏によれば、考慮すべき点は他にもあるという。そのひとつが、デジタルの基準から見ると、クリテオのビジネスはかなり古いという点だ。同社の技術のなかには、プライバシー関連の変更さえ行われていないため、アップデートの必要があるものもあると、同氏は話す。
もうひとつの考慮すべき点は、長引くIDの問題だ。TTDもクリテオも、詳細なトラッキングに対するAppleの管理強化の影響をもろに受けてきた。Googleもこれに倣えば、両社がさらなる打撃を受けることは必至だ。こうした逆風と規制当局の圧力が強まれば、クリテオが所有する購入者データからTTDが得る利益も、何らかの影響を受けることになるだろうと、ウェブスター氏は述べている。
[原文:The cases for and against The Trade Desk buying Criteo]
Seb Joseph(翻訳:ガリレオ、編集:分島翔平)