中国の巨大プラットフォーム、テンセントが海外戦略を加速させている。今年6月にはソフトバンクからフィンランドのゲーム開発大手・スーパーセル(Supercell)株式の84.3%を86億ドルで取得し、アフリカではFacebookのWhatsAppを追走する。
中国の巨大プラットフォーム、テンセントが海外戦略を加速させている。今年6月にはソフトバンクからフィンランドのゲーム開発大手・スーパーセル(Supercell)株式の84.3%を86億ドル(約9000億円)で取得し、アフリカではFacebookのWhatsAppを占有率で追走する。
日本ではまだ知名度が低いが、テンセントは時価総額ベースでアジア最大のインターネット企業だ。時価総額は1兆7800億香港ドル(約23兆円)で、アリババ(2098億ドル[約22兆円])に勝り、P&G、サムスン電子よりも高い水準にいる(株価は8月9日午前11時時点)。コミュニケーションアプリのWeChat(微信)は7億6200万人、ソーシャルメディアQQは8億7700万人と中国人ユーザーを「独占」。ほかにもビデオゲーム、ネットバンキング、決済プラットフォーム、音楽ストリーミング、動画ストリーミング、広告、オークションなど同社の収益源は多様であり、同じソーシャルでも広告に収益源を集中させるFacebookとは大きく異なる。中国の高いスマホ普及率を反映し、多くのサービスでモバイルファーストが際立っているようだ。
同社シニアダイレクターのベニー・ホー氏は同社の広告事業は収益の15%に留まるが、消費意欲旺盛な中国人ユーザーのネット行動から決済までを通貫するエコシステムには大きく成長の余地があると語った。
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今年から本格化した広告事業の海外展開の柱としては、昨年2150億ドル(約22兆5000億円)を海外で消費した中国人観光客に着目。「爆買い」中国人観光客にアプローチする広告を、海外のマーケターに提供するため、日本でも潜在的なパートナーと交渉を進めている。「日本に来る前の情報収集の段階で、中国人観光客に影響を与えられる。クリエイティブから、セグメンテーション、広告効果の最適化までを提供できる」と語った。
――テンセントは国内事業を固め、海外進出を目指しているでしょうか?
今年のはじめからテンセントは中国外でのビジネスを拡大することを目標に定めました。我々のプラットフォームを通じて、海外企業が中国の消費者にリーチできるようにしたいのです。
テンセントのQ1決算によると、広告事業はテンセントの収益の15%に過ぎません。拡大する余地はかなりあると思います。特に海外事業に機会があると思っており、日本はとても重要で、(中国人観光客の目的地になりやすい)アジアはとても重要です。米国と欧州もそうでしょう。
私はこの6カ月で3回日本を訪れており、日本市場の状況を知るようになっています。エージェンシーと面と向かった話し合いもし、潜在的なパートナーとも会っています。日本企業が中国の消費者に強い関心を抱いており、テンセントのプラットフォームにも強い関心を感じてもらっています。
日本企業のインバウンドマーケティングの力になれると確信しています。500万人の中国人が日本を訪れており、2014年から2倍になっている。中国の消費者が海外で行う消費に関してはかなりポジティブな傾向がとれます。
グローバルでみると1億900万人の中国人が海外旅行しており、日本はその5%を引き受けている1億900万人が2150億ドルを海外で使っている(関連記事)。私はこれは氷山の一角だと思います。日本でも旅行者の倍増が起こっており、日本企業がどう中国人旅行客が行動し、購買するか知りたいと思うはずです。マーケターが中国人観光客をターゲットにするとき「何に中国人は興味があり、どこに行くか」が極めて重要です。
――どうやって中国人観光客の意思決定に影響を及ぼしますか?
5〜10年前だと中国人観光客はツアーがメイン。ツアーだと多くの時間を拘束されており、「東京―大阪間を旅行し、自由時間は新宿でバスを降りて1時間だけ」という状況でした。これでは彼らが購買の意思決定で下せる幅は少なく、ブランドが彼の関心を買う暇すらありませんでした。
しかし、最近は個人旅行が増えており、選択肢が増えました。彼らは必ずオンラインで情報収集しました。どこに素晴らしいレストランがあるか、どこに最高のマスクが打っているかを知ろうとします。しかも中国人観光客は「この店で、この色のジャケットを買う」という部分までピンポイントで決めています。
テンセントのプラットフォームを使う理由はここにあります。彼らが中国にいるあいだに下している意思決定に影響を与えられます。
――テンセントの広告プラットフォームはどう機能しますか?
我々のユーザーはWeChatとQQのIDをもち、テンセントの無数のプロダクトにログインしています。シングルログインで、グループチャット、テンセントニュース、QQブラウザなどを活用しており、彼らがどんな行動をし、何に興味を示しているかについて深く理解しています。我々はユーザーのことを助けることができるし、関連性の高い広告を出す機会を広告主に提供できます。
――多くのユーザーデータをもった後は、広告をどうパーソナライゼーションするかが課題になると思います。
私は「WeChatモーメンツ(WeChat Moments)」(下図)を紹介したい。WeChatのなかに置かれたソーシャル機能であり、画像や動画をシェアすることができます。2種類の広告がある。静的な画像と動画の2つだ。ユーザーがポストした情報から、そのユーザーが何に関心をもっている情報を知ることで適切なターゲティングを生み出せます。
それから、WeChat上ではクローズドなチャットが行われています。グループチャットやダイレクトメッセージです。これがとても興味深い。彼らは広告が気に入ったときには、クローズドなサークルでシェアをするのです。多くの場合、彼らは興味関心を共有していたり、友人経由のため情報により深い興味を抱いたりする。これがパーソナライゼションとして機能しています。さらにユーザーのソーシャルグラフにより関連性を高めることも可能になります。
――「中国人」はかなり多様だと思います。北京と上海の人間を比べるだけでもかなり「違う」と思いますが、この部分にはどう対応しますか?
地理的情報はとても基本的な最初の情報だと思います。大雑把に言えば、中国は都市に富裕な人が集まり、より開発が進んでいる。都市はこの30年間で急激に開発されており、とても多くの人が移住してきたのです。しかも移住のタイミングに関しても、80年代後半と90年代前半の違いだけで、かなり人が異なりますし、その出身地でも、もちん異なります。中国では一都市に住んでいる人々を見るだけで極めて多様です。「北京の居住者」というだけでもとても多様な定義をもつと思います。
なので我々はシングルIDを活かしているのです。北京の24歳の女性と上海の24歳の女性の興味・関心がまったく異なる場合、関連性の高い広告をうつことは伝統的なメディアでは難しいのですが、我々には豊富な行動データがあるのです。
――テンセントほどの巨大なデータを持つ企業になると、必然的にこれらを処理する機能を発達させたくなると思います。GoogleとFacebook、バイドゥ(百度)は人工知能(AI)に投資しており、広告分野にも活用するかもしれません。
AIという言葉の定義はとても広いです。我々はビッグデータ分析により力を注いでいます。リアルタイムで情報を集め、どういうふうにその情報を行かせばいいか画を描くことができます。きめ細かいセグメンテーションはその産物のひとつです。我々はデータが一番重要だと考えている。ユーザーとコンテンツをマッチさせるためにビッグデータ分析を重視しています。
我々はデジタル上の消費にフォーカスしている。QQミュージック(音楽ストリーミング)、テンセントビデオ(動画プラットフォーム)を使うのはラジオやテレビとはモードが異なるのです。デジタル上では、欲しいものをすぐさま手に入れられます。利用時間はどんどん伝統メディアからオンラインに流れてきています。
――テレビなどと協働したキャンペーンはいかがですか?
中国正月(春節)のときにはテレビコマーシャルと連動して、WeChatのシェイク機能を使うと、お年玉の紅包(アンパオ)をもらえるという試みがありました。こういう相互作用を期待できるので、メディアは必ずしもお互いに排他的である必要はありません。
――テンセントの広告で購買意向をもったとされる消費者が、実際に購買につながっていることを広告主にどう示しますか?
1つ目のレイヤーはすべてをデジタルで完結させることです。行動からコンバージョンまでをトラックできます(※筆者注:テンセントは2014年に大手ECサイト「JD.com」の株式15%を取得。ネット内でのコンバージョンを握るアリババへの対抗策と言われた)。2つ目のレイヤーはO2O(オンライン・トゥ・オフライン)。オンラインからフードデリバリーなどを注文すれば、追跡できています(※筆者注:提携リテーラーでは注文機能がWeChat内に埋め込まれていることがある)。3つ目のレイヤーはオンラインの後にオフラインでの行動が伴うケースだ。クーポンを渡してリアル店舗に誘導する。これも間接的にトラックできていると言えるでしょう。WeChatは単なるコミュニケーションアプリではありません。WeChatペイ(微信支付)があれば現金を持たずして買い物ができます。
――トランザクション(商取引)データを、WeChatやQQのIDと照らし合わせることができますか?
私は広告の担当なのでその部分は関与していない。ただし、技術的に話すと、小売業者らはWeChatペイで決済されたものは、WeChat IDによりどんな人が買ったのかを知ることができる。
――テンセントは本当にたくさんのデータをもっていますね。GoogleもFacebookもトランザクションデータはもっていません。
そうかもしれません。我々はコミュニケーション、ソーシャルだけでもなく、決済などを含んだ多機能のプラットフォームです。中国の人々とコミュニケーションをとり、完全にトラックし、あらゆることが測定可能な広告を提供することができます。
――テンセントのプロダクトが浸透した「チャイニーズファースト」の戦略ですね。その後の世界戦略でも生きてきそうですね。華僑、華人は世界中にいます。
チャイニーズディアスポラ(在外中華系)の人口はとても大きく、世界中に広がっています。もちろん海外展開の重点のひとつです。
広告の海外展開に関してはまず、エコシステムを広げていくことを考えています。予算に対していい効果を得られるよう我々は支援します。クリエイティブの製作に関しても支援できるでしょう。中国人が好むクリエイティブがあります。メディアプランニング、クリエイティブデザイン、セグメンテーションとワンパッケージの商品を、広告主に渡すことができるでしょう。
――日本のライバル、LINE、楽天のViberに関してはどう思いますか?
我々は中国のユーザーベースに集中しています。WeChatは7億6200万人、QQは8億7700万人のユーザーベースをもっています。ユーザーは我々のプラットフォームにエンゲージしており、中国の消費者に到達したいなら、テンセントを介さないということはありえません。テクノロジーは継続的に進歩している。我々は自分自身のエコシステムを拡張することに集中しています。
Text,Photograph by Takushi Yoshida