Appleのプライバシーポリシー改訂が間近に迫っている。改訂がおこなわれれば、アプリ開発者が他社のアプリやウェブサイトをまたいでユーザーを追跡するには、事前にユーザー本人の許可を得ることが必要になる。この動きを背景に、アドテク機能を内製化したいゲーム会社の間では買収活動が活発化するものと専門家らは見ている。
Appleのプライバシーポリシー改訂が間近に迫っている。改訂がおこなわれれば、アプリ開発者が他社のアプリやウェブサイトをまたいでユーザーを追跡するには、事前にユーザー本人の許可を得ることが必要になる。この動きを背景に、アドテク機能を内製化したいゲーム会社のあいだでは買収活動が活発化するものと専門家らは見ている。
ユーザーのオプトインを取得している場合にのみIDFA(Identifier For Advertising)へのアクセスを認め、以前から存在したAPIのSKAdNetworkを通じて広告主へ返されるレポート指標もごく限られたものとする――。このAppleの決定は、広告を通じてアプリの収益化を図るどんなパブリッシャーにも影響をおよぼす。また、まもなく公開される次期オペレーティングシステムのiOS14で、特定オーディエンスへのリーチを狙う広告主たちも影響を免れない。
業界関係者たちはオプトイン率は低い数字にとどまると見ており、価値の高いオーディエンスへのアクセスと引き換えに、パブリッシャーや広告主が請求できる高いCPMも下落を余儀なくされるだろう。
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広告市場は破壊されるのか
先月、FacebookはIDFAに関する変更について「iOS14ではオーディエンスネットワーク(Audience Network)の収益力が大きく落ちるため、iOS14でこのサービスを提供するのは合理的でないかもしれない」と述べている。多くのゲーム開発者、とりわけハイパーカジュアルゲームと言われるジャンルの開発者たちは、新規ユーザーの獲得をFacebookのオーディエンスネットワークとIDFAの両方に依存している。IDFAにアクセスできなければ、ルックアライクモデリングのような新たなオーディエンスにリーチする高精度なターゲティング手法は使えない。アプリ内でもっとも多くの時間を使い、もっとも多くの有料アイテムを買ってくれそうなユーザー(業界では「クジラ(whales)」と呼ばれている)にターゲティングすることがこれまで以上に難しくなる。
「IDFA不在の新世界は市場の整理統合を加速させる。それはすでに始まっている。いま現在、多くのアドテク企業が売りに出されている」。そう指摘するのは、ドイツの投資グループ、メディア・アンド・ゲームズ・インベスト(Media and Games Invest:MGI)のレムコ・ウェスターマンCEOだ。MGIのポートフォリオには、無料ゲームプラットフォームのゲイミゴーグループ(Gamigo Group)、アドテク企業のバーブ(Verve)、アップリフト(AppLift)、パブネイティブ(PubNative)が名を連ねる。ウェスターマン氏によると、MGIはさらに多くのアドテク資産を物色中という。ウェスターマン氏は「いまや重要なのは統合的なテクノロジースタックとファーストパーティサプライだ」と語る。
IDFAのポリシー変更は非常に儲けの大きい広告市場を壊してしまうおそれがある。モバイル広告の計測プラットフォーム、アップスフライヤー(Appsflyer)がこの3月に出した推定によると、2019年にゲーム業界がアプリのインストールに投じた広告費は全世界で220億ドル(約2.3兆円)に達する。しかもこの数字は2022年には倍以上の485億ドル(5.1兆円)に膨らむという。
Appleのユーザーはゲーム会社にとってもっとも利益の大きいユーザーだ。モバイルアナリティクスプラットフォームであるセンサータワー(Sensor Tower)のデータによると、今年第2四半期のApp Storeの売上高は116億ドル(約1.2兆円)だった。これに対して、同じ四半期のGoogle Playの売上高は77億ドル(約8160億円)である。
ゲーム会社による買収も
iOS14のリリースは9月下旬だが、ゲーム会社が戦略的な目的でアドテク企業を買収する注目すべき事例がすでにいくつも出ている。
この5月、未公開株式投資会社が出資するモバイルマーケティングプラットフォームのアップラビン(AppLovin)がマシンゾーン(Machine Zone)を買収した。マシンゾーンは「ゲームオブウォー:ファイヤーエイジ(Game of War: Fire Age)」や「モバイルストライク(Mobile Strike)」などの人気タイトルを制作するゲーム会社だ。具体的な投資額については開示されていない。また7月には、モバイルゲーム開発会社のヒュージゲームズ(Huuuge Games)がオランダのアドテク企業、プレーヤブルプラットフォーム(Playable Platform)を買収している。
買収価格が数千万ドル(数十億円)程度という投げ売りに近い案件もある。年初のMGIによるバーブの買収もその一例だ。モバイル広告のDSPや測定会社が、IDFAポリシーの変更で事業の縮小を余儀なくされるなら、この傾向は今後も継続するだろう。
成長戦略のコンサルタント会社、ボランドグローバル(Volando Global)の共同設立者であるアビード・ジャンモハメド氏は、ポストIDFA環境では「先行き不透明という理由で、安値で売却される企業も出てくるだろう」と見ている。「マイルストーンの設定次第という案件も考えられる。たとえば今日どこかの企業を買って、3年から5年をかけて利益を回収するようなケースだ」。
企業間格差が拡大
プライバシー変更の影響のひとつとして、有料アプリ最大のカテゴリーであるモバイルゲーム領域で、大手と中小の格差がさらに広がることも予想される。株式調査会社のアレートリサーチ(Arete Research)は7月に出した顧客向けの報告書で、大手のゲームパブリッシャーは中小のハイバーカジュアルゲームのパブリッシャーよりも優位に立てると分析している。
ジンガ(Zynga)、アクティビジョンブリザード(Activision Blizzard)、エレクトロニックアーツ(Electronic Arts)などはすでに大規模なオーディエンスを構築しており、ターゲティングに必要なファーストパーティデータを持っている。複数タイトルを展開する彼らは、各タイトルの広告在庫を相互プロモーションに活用することもできる。さらに、アレートリサーチはアドネットワークによるゲーム制作会社の買収という別のトレンドにも言及している。シニアアナリストのリチャード・クレイマー氏によると、FacebookやGoogleのような「セルフアトリビューションネットワーク(SAN)」の位置づけを狙うアドネットワークによる買収だ。
一方、中小のゲーム制作会社にとって、アドテクの内製化や買収は大手ほど単純な話ではない。「Facebookのオーディエンスネットワークは、無料ゲームアプリの広告収入の非常に大きな部分を占めている。彼らが支払うeCPMは市場でもかなり高い部類に入る」。そう指摘するのは、ロンドンに本社を置くモバイルゲーム制作会社バイカー(Viker)の共同設立者であるダン・ビーズリー氏だ。同氏はIDFA取得のオプトイン化について、「業界全体への警鐘だ。あらゆる規模のゲーム制作会社がこの動きに注目し、『日々の収入の相当部分が消えてなくなる』と嘆いている」と語った。
ポストIDFAの世界ではスポンサーシップやゲーム自体に広告主の製品を統合するような広告フォーマットは、より重要になるかもしれないとビーズリー氏は見ている。さらに、広告主がより広範なオーディエンスを対象とするコンテクスチュアルターゲティングにシフトするようならその恩恵を受けるのは、たとえばソーシャルカジノ系のゲームに注力するバイカーのように、特定ジャンルにフォーカスして製品ポートフォリオを構築するゲーム制作会社になるだろうという。
「我々は業界として変化に適応するだけだ。ほかにどうしようもない」。最後にビーズリー氏はそう言い添えた。
LARA O’REILLY(翻訳:英じゅんこ、編集:分島 翔平)