かつては変わり種機能にすぎなかったSnapchatのARレンズだが、2015年の登場以来ずっと試みられてきたスナップのEC進出への活用に、今では極めて重要な位置を占めている。ECにおいて主要なプラットフォームの位置をしめるべき、同社はアプリで利用できるショッピング形態やストア機能を拡張し続けている。
近い将来、SnapchatはAR試着室になるかもしれない。
かつては変わり種機能にすぎなかったARレンズだが、2015年の登場以来ずっと試みられてきたスナップのeコマース進出への活用に、今では極めて重要な位置を占めている。多くのトレンドと同じように、パンデミックは人がショッピングを楽しむ方法をも、大なり小なり変えてしまった。それに呼応したSnapchatは、パンデミックが進行するなか広告主やクリエイターがコンテンツから直接アプリ内購入へと導いていけるように、アプリで利用できるショッピング形態やストア機能を拡張してきた。
こうした拡張はすべて、Snapchat上でのコマースをより体験的なものにしている。それはマーケターや大手小売にとっては大きな魅力であり、特にSnapchatでのソーシャルコマースで必須のものとなりつつあるARに熱い視線が集まっている。昨年の重要なホリデー商戦でSnapchatのAR機能を利用した数多くの企業には、ウォルマート(Walmart)、ホリスター(Hollister)、JDスポーツ(JD Sports)、アンダーアーマー(Under Armour)、コカ・コーラ(Coca-Cola)などが名を連ねる。
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返品削減効果への期待も
アプリのAR機能は、仮想試着によって売上を促進するだけでなく、買った商品がほしいものではなかったと後で返品されることを減らす効果も期待されている。特に、オンライン売上の拡大に伴って返品の増加にも対応しなければならないことの多い小売業者にとって、この返品削減効果は大いに関心をそそられる点だ。
英国Snapchatのゼネラルマネージャー、エド・カウチマン氏は「仮想試着ができれば、返品の可能性が低くなるという仮説を証明しようとしているところだ」と話す。これまでのところ、事例的な裏付けはある。カウチマン氏によれば「Snapchatに関する話は、マーケティングとメディア展開の手段から、より幅広いビジネス課題の解決での活用に焦点が移ってきている」そうだ。
エージェンシー幹部からも、これを裏付ける証言を得た。「かつてないほど、Snapchatとの話は広告プラットフォームという範疇を超え、彼らが構築している広範なECシステムに関するものになっている」と話すのはハバス(Havas)の小売部門であるハバス・マーケット(Havas Market)のeコマース責任者、ジェシカ・チャップロウ氏だ。「広告露出を把握するだけではもう十分ではなくなってしまった。クライアントは売上への影響をこれまで以上に具体的に知りたいと求めている」という。
ECにおける影響力をより強めるには
Snapchatでのコマースには、パブリッシャーも強い関心を寄せる。Snapchatのディスカバー(Discover)で手芸・クラフト番組「クラフト・ファクトリー(Craft Factory)」を配信するメディア企業、ジャングルクリエイションズ(Jungle Creations)の共同CEOであるメル・チャップマン氏は次のように話す。
「ソーシャルファーストのパブリッシャーであり、EC企業でもある当社にとって、ソーシャルコマースは2022年のスイートスポットになると考えているが、Snapchatを当社のEC計画にどのように取り入れていくのかは、彼らが今後提供するソリューションによる。注目している主な点としては、プラットフォームを介した購入がどのように行われるのか(アプリ内購入はできるのか、それとも別のサイトに誘導されるのかなど)、当社の既存のECプラットフォームにSnapchatのソリューションをどう組み込んでいけるのか、がある」。
このような話し合いをさらに推進すべく、Snapchatは2021年11月、大手ファッション小売のエイソス(ASOS)から元幹部であるアンバー・セイヤー氏を英国の小売・EC上級責任者に迎えた。これはSnapchatのエンタープライズ事業において大きな変化を示す動きであると見られている。たとえば、前任者は小売業経験者ではなかった。たしかに、ある時点までは、Snapchatの小売りに対する取り組みにおいてその方向性に問題はなかった。実際、美容・ファッション系の数社が、SnapchatのARツールや広告を特定のキャンペーンに絞らず、年中展開しているとカウチマン氏は話す。
一方で、セイヤー氏の経験は、より多くの企業や業界の幹部たち(そしていずれは予算承認者たち)にSnapchatを検討してもらえる助けとなるはずだ。つまりSnapchatは、GoogleとFacebookはもちろん、ますますAmazonにもロックインされるメディア予算から「こぼれた」分のみをかき集めるのではなく、これから支配的な立場を築き上げられるような手付かずの予算をも追求できるのだ。
カウチマン氏は「アンバーが来て、単にマーケターとのつながりがあるというだけでなく、トレードマーケティングやショッパーマーケティングのチームとも話ができる人がいるということになった」と語る。「彼女はITや開発のチームともうまく仕事の舵取りができる。広告が実際に売り上げにつながったかを確実に知るためにピクセルを実装しなければならない、といった話だ。アンバーのおかげで、私たちはさまざまな組織にわたってより立体的な関係を持てるようになった」。
TikTok、インスタグラムにいかに追いつくか
ソーシャルコマースは企業にとってまさに重要な販売チャネルとなる方向へと向かっており、スピーディな革新で消費者のマインドシェアやブランドのコマース予算を勝ち取れるかは、もはや時間との闘いである。スポーツウェアを扱うJDスポーツは他社に先行することを狙い、買い物客が試着用のスニーカーを待つあいだに同社がSnapchat上に購入したメディアを利用してもらうにはどうしたらよいか、Snapchatと取り組んでいるところだ。「待っているあいだはどのみちスマホを見るのだから、その体験をさらに充実させる方法があるはずだと考えている」とカウチマン氏は話す。
ここ2年の小売の伸びは、買い物客がショッピング街の賑わいを避けていたことも一因だったかもしれないが、今後はそうもいかないだろう。これからはむしろ、Snapchatのようなアプリがいかに実店舗体験を拡充できるかにかかっている。それが、小売りとメディアの境界線が揺らぐなか、Snapchatが持続可能なビジネスを築き上げていけるかの鍵を握る。特に注目すべきは若年層の買い物客の行動だ。この層のオーディエンスは、メディア予算を獲得するときに常にSnapchatの売り込みの中心にあるが、小売でも同じであることが予想される。
エンプリファイ(Emplifi)の戦略責任者であるユヴァル・ベン・イツァーク氏は「スナップはここ数四半期にすばらしい業績を上げているが、向かい風はまだまだ強い」と話す。「インスタグラムとTikTokがトラフィックを稼いでいる。特に、極めて重要なZ世代でそれが顕著だ。しかも彼らのフィードは広告表示に最適化されている。今後の数四半期におけるSnapchatの業績拡大の鍵を握るのは要素はソーシャルコマース機能だろう」。
それを意図せずして後押しする可能性があるのが、広告の効果測定を難しくしたAppleだ。当然ではあるが、広告主は効果が明確に把握できない場所で広告を続けるべきか検討し始めている。コレクティブリー(Collectively)のCIOであるナタリー・シルバ―スタイン氏は「購入までの経路で障害となりうるものをなくそうというSnapchatの努力は、ほかのメディアでのコンバージョン低下を感じているブランドにアピールするだろう」と解説する。
露出と購入をまっすぐに結べるぶ
アプリ内購入や、仮想試着してそのままアプリから出ることなく購入できるようにする機能から売上を生み出すことによって、Snapchatはブランドの広告投資と購入の意思決定を結びつけ、直接的な影響を示すことができる。カウチマン氏は、Appleの変更でマルチタッチアトリビューションができなくなった広告主にはそれが魅力的に映るだろうと話す。
「当社が行っていることは、AppleのATT(アプリのトラッキングの透明性)機能で突き付けられた課題の一部への対策となることができる。アプリからの実際の売上を把握し、適切に評価する便利な方法であるからだ」とカウチマン氏は続けた。売上アップにつながるとなれば、マーケターのアプリ在庫の買い入れ拡大も促すだろう、という考えだ。「試着キャンペーンなどを単独で試すのではなく、AR体験をすべて集めておけるようなプロファイルページを作成する、といった複合的な取り組みを広告主に勧めている」。
とはいうものの、その効果が見られるのは今ではなく、2022年初初頭以降となる可能性が高い。カウチマン氏は次のように語る。「ホリデー商戦は逃すにはあまりに大きいので、広告主も試行錯誤してみようという気はそれほどなかっただろう。しかし、いったん第1四半期に入れば、メディア支出を厳しく分析する動きが出てくるはずだ。そうすればATTによる需要も見えてくるだろう。露出と購入をまっすぐに結ぶことができるという意味で、当社はとても有利な立場にある」。
[原文:Snapchat eyes trade marketing dollars as AR-driven commerce grows and the holidays approach]
SEB JOSEPH(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)