Appleのプライバシー保護を巡る混乱は、状況が落ち着くまでにまだ紆余曲折がありそうだ。確実にわかっていることは少なく、多くのマーケターは、どのような影響をもたらすのか理解できずにいる。ただひとつだけ確かなのは、6週間ほどしか経過していない現時点で、何らかのトレンドを読み取るには時期尚早であるということだけだ。
Appleのプライバシー保護を巡る混乱は、状況が落ち着くまでにまだ紆余曲折がありそうだ。
ATT(App Tracking Transparency:アプリによる追跡の透明性)が導入されてから1カ月と少し。これは、ユーザーのIDFA(広告識別子)をアプリやサイトと共有することを許すかをメッセージ画面で尋ね、ユーザーに選ばせるプライバシー保護機能だ。
と、確実にわかっているのはここまでである。実際、多くのマーケターは、ATTが本当はどのような影響をもたらすものなのかについて、なかなか理解できずにいる。
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どのように実装されていくのか、それが消費者にとってメリットのあるものなのか、マーケターはどう対応すべきなのか、数々の疑問が残る。どれだけの人がすでにこの保護機能にオプトインし、それが今後どのような意味を持つのかについても混乱が生じている。ただひとつだけたしかなのは、AppleデバイスへのATTの導入が徐々にしか進んでいないため、これまでの6週間の推移から何らかのトレンドを読み取るには時期尚早であるということだけだ。
暗闇の中の手探り
なぜかAppleは、ATTの導入をゆっくり進めている。
最近のデータによると、現状ではiOSユーザーの約10人に8人が、ATT対応バージョンへのアップデートをまだおこなっていない。5月29日時点で、アドテクベンダーのファイバー(Fyber)がiOSのATT対応バージョン(14.5.1、14.6、14.7)から受け取った広告リクエスト(ユーザー数を示すものとして見なすことができる)は全体の5分の1を下回る18%だった。このようなユーザーを仮に「アーリーアダプター」と呼ぼう。同様に、モバイル計測企業のブランチ(Branch)は、6月1日時点でのこの数字を20.62%とする。
マーケターと話すと、ATTの展開に時間がかかっているのにはいくつかの要因があることがわかる。
ブランチのプロダクトマーケティング&マーケット戦略責任者のアレックス・バウアー氏は「Appleはこの遅れを、皆に適応する機会を与える『猶予期間』と見ているかもしれないが、現実的にはこの猶予期間に具体的になにか行動を起こしている者は誰もいない」と話し、「Appleの指針に融通を利かせる余地やあいまいな点があると考え、それにかこつけてフィンガープリンティングなどの技術的な対策でしのぎ、これまでどおりにやっていこうというプレイヤーも多いようだ」と付け加える。
これが何を意味するかを考えてみよう。ATTの実装が進まず、限られたリーチしかないということは、新しく表示されるようになったATTのメッセージ画面を現時点で見たことのあるのが「アーリーアダプター」だけ、という状況が生まれているということだ。しかも、そこで彼らがトラッキングのオプトアウトを希望しても、その希望が尊重されるとは限らない。
多くのマーケターが様子見の立場を取るのも無理はない。
先延ばしでも問題なし?
古いバージョンのiOSを使用している人がまだ多いのであれば、彼らに対してはATTだの、意図的に粗い情報しか得られないように設計されているAppleの計測ツールSKADNetworkだのに縛られることなく、広告のトラッキングとターゲティングを行えるのではないか。
ATTへの対応を先延ばしにする格好の言い訳である。特にアトリビューションのためには同じ人が1度(パブリッシャーのアプリ)のみならず2度(広告のリンク先のアプリまたはサイト)もオプトインしなければならないとなると、なおさらである。先延ばしの結果、たしかに活動の一部領域についてはどんどん把握できなくなっていくかもしれないが、アプリ間のトラッキングができる可能性がほぼないことを考えると、たいした代償ではないかもしれない。
6月1日時点でブランチがトラッキングしているアプリのインストールのうち、両側(広告主とパブリッシャー)に対してATTの許可があってアトリビューションが可能だったのは、わずか6.5%だった。つまりこういうことだ。広告主とアプリの所有者の両方に同じ識別子がある、という幸運な状況が現実的に起きる可能性は極めて低い。そしてこの状況はしばらく変わらないだろう。
モバイル計測会社のシンギュラー(Singular)の最高成長責任者、ロン・コーニスバーグ氏は「iOSのアプリがどのように使用されるかによって、ユーザーはトラッキングを許したり、許さなかったりするだろう」と述べる。
SKADNetworkは「使えない」のか
当然、一部のマーケターは、ユーザーがIDFAをほかのアプリとは共有しないという選択をする可能性が高いのであれば、共有するように説得する方法を探るべく、時間やリソースを投入すべきか検討し始めている。その労力とメリットを比べた場合、IDFAありのトラフィックを重視しても、主に広告収入に収益を頼るマーケターでなければ元は取れないように見える。
裏を返せば、モバイル広告ではIDFAありのトラフィックには頼れないと実質的に認めることでもある。こうして、マーケターは自分が思っている以上にAppleのSKADNetworkに向かうことになるかもしれない。結局のところ、SKADNetworkは使えないことはない――ただ、マーケターが慣れ親しんでいる程度まで詳細ではないだけだ。ここでも、どうなるかは時が経てば明らかになるだろう。ポストATTの世界でどのように広告費用を使っていけばいいのか、まだその世界が到来していないのだから、マーケターにもそれはわからないのだ。
コーニスバーグ氏は「SKADNetworkキャンペーンを大規模に展開している取引先もある」と話す。「キャンペーンの費用、インストール数、コンバージョンは、ATTの普及率が低いために当然ながら規模は小さいが、増えてはきている。当社の取引先はこのようなキャンペーンを利用して学び始めることができる」。
とはいえ、SKADNetworkについてはマーケターを悩ます難点もあり、Appleの対応が求められている。たとえば、アプリのインストール数を推進しようとサイト上で展開する広告は、SKADNetworkでは計測できない。それでもなお、メディア費用がどのように使われるのかについてSKADNetworkが大きな影響力を持つことになる兆候はいたるところに見られる。コーニスバーグ氏は「SKADNetworkはキャンペーンに関する全体的な統計情報を入手するための中心的なデータセットになるだろう」と説明する。
広告費はどこへ
ATTが到来する前に恐れられていた広告費用の大きな変動は、現実には起きていない。比較的穏やかな日々が続いているが、これがいつまでも続くとは思えない。
ファイバーのマーケティング&企業戦略担当バイスプレジデントであるイタイ・コーヘン氏は「(ATTの)導入が拡大するにつれて、インベントリのクリティカルマスはIDFAなしになるだろう。特に(広告主とパブリッシャーのアプリ)ダブルでオプトインを要するという課題を考えると、IDFAありの割合はさらに小さくなると思われる」と話す。
ただ、実際にこのような状況になったときには、そのインプレッションに対する広告料金は高くなる(はずだ)。コーヘン氏は次のように説明する。「IDFAなしでターゲティングをおこなうのは難しいが、そのようなオーディエンスがiOSのインベントリの大部分を占めることになるため、彼らを獲得するための競争が拡大し、それがいずれは価格上昇にもつながるだろう」。
今のところ、価格は低くとどまっている。あまりの低さに、IDFAなしインベントリの価格の低さと規模の大きさをすでに活用しているマーケターもいるくらいだ。ファイバーによれば、「ATT拒否」(アプリまたはデバイスのレベルでトラッキングを拒否)の場合のインベントリの平均価格は、広告形態によって34%から44%低くなるという。広告主がこのインベントリを試しているという確かな兆候も見られ、需要は高まりつつある。同社は、ATT拒否の動画リワード広告では、広告リクエストがインプレッションにつながる可能性は50%高くなるという。
「まだ明らかに見えてこないのは、IDFAインベントリが全体のほんの一部でしかなくなったときにどうなるかだ」とコーヘン氏は話す。「このようなインベントリの料金が今と同様の高いレベルを維持するのか、時間の経過とともにIDFAへの依存度が低くなってその重要性も低くなり、それがeCPMにも影響するのかが問われている」。
iOSからAndroid、となるか
ポストATTの広告費シフトに関してそれほど不確かでない分野のひとつがAndroidで、そこではマーケターは広告費を増やすことで不透明な状況に対応しているように見える。
アドテクベンダーからなるPost-IDFA Allianceの全メンバーが、AndroidでATT導入後の14日間の広告費に顕著な伸びを見たという。その伸びの幅は、リフトオフ(Liftoff)の8.29%から、バングル(Vungle)の大幅アップの21%までさまざまだ。だが、この広告費の傾向が長期的な意味を持つかを判断するにはまだ早すぎる。Androidでのプラスは、Apple側が犠牲になって生まれているものではないようだ。
同アライアンスにも加入するファイバーは、これまでのところiOSとAndroidの両方で広告費の上昇があったという(伸びはAndroidの方が急速)。シンギュラーのコーニスバーグ氏はこれを次のように説明する。「IDFAインベントリがないという理由で広告主がiOSから予算を移しているのではなく、どちらかというとまだ見直しを図っているところ、ということ。このような状況のなかでは当然だろう」。
[原文:Six weeks in and still too early to piece together Apple’s ATT privacy puzzle]
SEB JOSEPH(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)