従来型のTVビジネスの限界を感じているメディア企業各社は、ストリーミングサービスへの参加を加速させている。視聴者を獲得しスケールするためには自社アプリでの展開だけでは限界があり、コネクテッドTVプラットフォームとの協力が不可欠だが、広告インベントリー販売などをめぐりってプラットフォームとの対立が生じている。
ワーナーメディア(WarnerMedia)やディズニー(Disney)に続いて、NBCユニバーサル(NBCUniversal:以下、NBCU)も、TVネットワークにとってD2C的なアプローチはそれほど容易ではないと気づきつつある。
NBCUが運営するストリーミングサービス「ピーコック(Peacock)」は、4月に親会社である情報通信大手コムキャスト(Comcast)の顧客に提供されたのに続いて、7月15日から全米展開している。しかし、ストリーミング戦争に参入するピーコックはふたつの有力なコネクテッドTVプラットフォーム、AmazonのFire TVとロク(Roku)でサービスを提供するための配信契約を確保していないと報じられている。NBCUの広報担当者にコメントを求めたが、回答はなかった。
NBCUとコネクテッドTVプラットフォームとのあいだの溝は、従来型の有料TV局とTVネットワークの配信をめぐる紛争と似ている。ただし、今回の対立に関しては、両者は契約者が支払う料金をめぐってもめているわけではない。両者ともストリーミング配信の仲介者としての位置を占めるべく、TV業界の対立で一般的な「肘鉄をくらわせてでも押しのける」アプローチを利用している。
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TVネットワークが従来型ビジネスに固執していたあいだに、コネクテッドTVプラットフォームはストリーミングのエコシステムの基盤を構築した。現在、従来型のTVビジネスが縮小し、コネクテッドTV市場が成熟してTVのあり方がストリーミングにシフトするなかで、権力の座に慣れていた大手メディア企業は、その座をプラットフォームによって占められていることに気付きつつある。
メディア企業とプラットフォームの衝突
「従来型の大手メディア企業が参入するまで、ストリーミング分野でサービス提供者とプラットフォームが対立する事例は聞いたことがなかった」と、調査会社キャノンボール・リサーチ(Cannonball Research)の創業者で上級アナリストのヴァシリー・カラショフ氏は語る。
NBCU以前にも従来型の大手メディア企業は、自社のみの独立したストリーミングサービスによってケーブルテレビの契約を解除した人たちを惹きつけようと試みてきたが、サービスをコネクテッドTVで提供するためにはプラットフォームが不可欠であり、結果として両者は衝突してきた。
ディズニーは昨年、Disney+(ディズニープラス)のためにAmazonとコネクテッドTVの配信契約を結ぼうとして、障害にぶつかった。そして今年ワーナーメディアは、HBOマックス(HBO Max)をAmazonおよびロクで配信しようとしているのに、両プラットフォームとの合意にまだ達していない。ワーナーメディアの広報担当者に両プラットフォームとの配信交渉の状況についてコメントを求めたが、回答はなかった。
NBCUやワーナーメディアのようなメディア企業は、従来型TVの視聴率低下と契約解除の動きが加速するなかで、ビジネスを従来型TVから解き放つ手段としてストリーミングを追求してきたのかもしれない。だが今、同じようにコネクテッドTVにビジネスを妨げられる可能性があると気づきつつある。
ストリーミングの「まとめ役」を狙うプラットフォーム
Amazonとロクが目指しているのは、メディア企業と視聴者のあいだにいるゲートキーパー、つまりコムキャストや通信事業者のチャーター(Charter)のような、従来型TVのディストリビューターに似た役割だ。両プラットフォームは、広告収益モデルを採用したストリーミングサービスの広告インベントリー(在庫)にアクセスして自社で販売しようとさらに積極的になっている。さらにサードパーティの配信者にサブスクリプションを販売する独自のプログラムも確立してきたが、これは個々のストリーミングサービスとそのサブスクライバーとのエンゲージメントを妨げるリスクにもなる。そして従来型メディア企業に対しては、一部の番組をAmazonやロクのストリーミングサービスで視聴できるようにするなど、独自アプリ以外でも番組をより多く提供するよう圧力をかけてきた。
「Amazonとロクはいずれも、まとめ役になるという明白な野心を持っている」と語るのは、コンサルティング企業TVレブ(TVRev)の共同創業者でリードアナリストのアラン・ウォルク氏だ。
ピーコック(Peacock)がもともと広告収益モデルのストリーミングサービスであることが、Amazonやロクとの交渉では特に争点となりうる。Amazonとロクはいずれも、プラットフォーム上のサードパーティアプリで広告を販売するビジネスを確立し、インベントリーへのアクセスを得ようといっそう積極的になってきた。ピーコックと質の高い番組のライブラリをピッチ資料に含めることができれば、AmazonやロクによるTVの広告主への売り込みを強化でき、広告主はNBCUのようなメディア企業から直接購入されたインベントリーをプラットフォームの販売が補うと受け止める。
だが、Amazonやロクによるピーコックのインベントリーの販売を可能にすれば、NBCUのセールスピッチが台無しになり、最長18カ月間のカテゴリー独占を約束する当初のスポンサー契約を破ることになりうる。一方で広告収益モデル採用のストリーミングサービスとしてのピーコックの成功は、オーディエンスの規模に比例する。つまり、スポンサー契約を守るために最大手のコネクテッドTVプラットフォームのふたつを失うと、規模が限られる。もし十分なオーディエンスを提供できなければ、NBCUが広告をほかのプラットフォームに回して不足を埋め合わせると踏んで、アドバイヤーはピーコックへの投資をヘッジしている。
パワーバランスは変わりつつある
これまで、Hulu(フールー)やCBSオールアクセス(CBS All Access)のような大手ストリーミングサービスは、コネクテッドTVプラットフォームとなれ合いの取引の交渉ができた。AmazonとロクはコネクテッドTVデバイスの販売のためにHuluやCBSオールアクセスが必要であり、HuluやCBSオールアクセスはAmazonとロクによる広告インベントリーの販売を許可しない、という取引が可能だったのだ。だが、この2~3年のあいだにそうした動きが変化し、プラットフォームの(Netflixを除くであろう)個々のサービスへの依存度が低下している。「NBCUの場合、ピーコックがロクの売上増加にはつながっていない」とキャノンボール・リサーチのカラショフ氏は話す。
Amazonとロクはそれぞれ4000万世帯以上のユーザー基盤を築き、ロクはデバイスの販売よりも広告の販売とサブスクリプションでより多くの利益を上げるところまで、プラットフォームビジネスを強化してきた。一方、メディア企業は従来型のTVビジネスが低迷し、ストリーミングへの方針転換がよりいっそう喫緊の課題になった。また、ストリーミングアプリのエコシステムはすでに十分に成長しきっている。オーディエンスはピーコックやHBOマックスなどの従来型TVを見るためにわざわざロクのドングルをApple TV boxに買い替えない。それどころか、NetflixやHulu、プルートTV(Pluto TV)など、自分が所有するプラットフォームで利用可能なほかのストリーミングサービスを視聴しかねないのだ。
「ロクとAmazonは自分たちにこう言い聞かせてきた。『たぶん、ユーザーはここでDisney+(ディズニープラス)が利用できないことに腹を立てているかもしれないが、今我々には多くのコンテンツがあるし、どうせDisney+に何も目新しいものはない』」とウォルク氏は語る。
参戦するにはプラットフォームが不可欠
新型コロナウイルス危機が起きなかったら、NBCUにとって状況は違っていた可能性はある。コロナ危機と、それによる東京五輪の延期により、ピーコックが当初想定していた番組の供給ルートは損なわれ、マーケティングの支えがなくなった。こうした展開は、Amazonとロクがサービス開始時にピーコックをコネクテッドTVプラットフォームに迎える宣伝効果を薄れさせたのかもしれない。ピーコックが話題のオリジナル番組と五輪の後光をかさに視聴者の関心を掻き立てていたら−−新しいiPhoneが発売される度に通信事業者がしているように−−Amazonとロクはピーコックのサービス開始を利用して、新規顧客を獲得できていた可能性がある。
ディズニーが最終的にそうなったように、NBCUとワーナーメディアはいつか、Amazonやロクと合意に達する可能性が高い。ストリーミング戦争で正当な競争者でありたいと思うなら、ほかに選択肢はほとんどないかもしれない。
「Fire TVとロクがHBOマックスとピーコックを必要とする以上に、HBOマックスとピーコックはFire TVとロクを必要としている」とカラショフ氏は述べた。
[原文:Shut out of Fire TV and Roku, Peacock is the latest example of the arrival power moves to streaming]
(翻訳:矢倉美登里/ガリレオ、編集:分島 翔平)