企業がeコマースへ参入する際の障壁を下げてきたShopifyが、今度は、顧客サービスや在庫管理、戦略インサイトなどのツールを提供している2万社以上のアプリ開発者や代理店パートナーといったネットワークを手かがりにビジネスを拡大しつつある。
今年5月に開催されたカンファレンス、Shopify Unite(ショッピファイ・ユナイト)を締めくくるキーノートでは、Shopify最高執行責任者(COO)のハーレイ・フィンケルシュテイン氏が壇上に上がった。そこで彼は、販売業者やパートナーたち1000人以上からなる聴衆に向けて、同社に積極的に関わるように求めた。小売業の未来は、彼らのコミットメントにかかっている、そう強調したのである。
「テックとeコマースの世界が、これまでにないペースで変化してきているのは、ご存知のとおりだ。当社は、そうした変化に迅速に対応し、できるだけ多くの起業家の皆さんとイノベーションを共有していく」と、フィンケルシュテイン氏は語った。「そこには、ひとつ危険が潜んでいることも認識しておかねばならない。我々が慎重に、目標を明確にして取り組んでいかなければ、eコマースの未来は画一主義的な数社の手に渡り、コマースがいつどこで、どのように行われるのかを、彼らが決めることになってしまう。小売業が生き残るためには、それを少数のプレイヤーでなく、多くの人たちの手中に残しておかねばならない」。
要は、Shopifyはネットショップ運営者だけでなく、同社のマーケットプレイスに置くアプリの開発者や代理店、コンサルタント、その他関連サービスを運営している人々の力も必要としている、ということだ。その見返りとして、Shopifyはパートナーたちに、自社以上のビジネス価値を創出する、とフィンケルシュテイン氏は約束した。これは、AppleやFacebook、Googleなどが運営するプラットフォームに対抗するための作戦だ。開発者やパートナーたちのエコシステムを作り、コアとなるプロパティに加えて、収益性の高いビジネスを構築しようとしているのである。
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いまのところ、彼の言葉どおりになっている。2017年度は、Shopifyの収益が6億7300万ドル(約744億円)だったのに対し、パートナー収益は約8億ドル(約885億円)となっている。この割合でいくと、Shopifyの2018年度収益予測が11億ドル(約1217億円)なので、パートナー収益は20億ドル(約2217億円)近くになるだろう。直接の競合であるマジェント(Magento)やビッグコマース(BigCommerce)はパートナー収益を開示していないが、Shopify全体としての事業規模は、この2社を上回っている。マジェントの親会社であるアドビ(Adobe)によれば、マジェントの昨年度収益は1億5000万ドル(約166億円)だった。非公開企業であるビッグコマースは最近、同社の2017年度収益が1億ドル(約110億円)を突破したと発表している。
企業がeコマースへ参入する際の障壁を下げてきたShopifyが、今度は、顧客サービスや在庫管理、戦略インサイトなどのツールを提供している2万社以上のアプリ開発者や代理店パートナーといったネットワークを手かがりにビジネスを拡大しつつある。競争の激しいDTC(Direct To Consumer:ネット直販)時代、小売業者のためにオンライン上の水門を開いたShopifyは、そこから、そのビジネスを中心として、同社のサービスを利用している販売業社を離さないように力を貸してくれるパートナーによる新しい経済圏を作り上げ、それがShopify自体のビジネスを成り立たせている。
「Shopifyのようなeコマースプラットフォームを作るのは難しくない。大変なのは、パートナーたちのエコシステムを作り、そこから同じように価値を生み出すことだ」と、Shopifyのアプリやサービスを構築するパートナー企業、ボールド・コマース(Bold Commerce)の共同創業者で成長担当バイスプレジデントのジェイ・マイヤーズ氏はいう。「Shopifyの競合優位性はソフトウェアではなく、パートナーシップにある」
アプリがブームに
マイヤーズ氏が2010年にネットショップ運営者としてShopifyを利用するようになった頃、販売業者が自社のショップにプラグインできるアプリは40種類ほどだった。そのほとんどは、Shopify用メールチンプ(MailChimp)のような連携型のアプリで、マイヤーズ氏は自分のストアにはまだまだ工夫の余地があると考えていたものの、それを実現できるテクノロジーがなかった。そこで彼は友人たちと、オンラインカートに商品が追加されたらポップアップを生成して関連商品を売り込む、アップセルアプリの開発を決意する。そのアプリをアプリストアに置いてみて──当時、Shopifyは、特にリクエストの多いテクノロジーについてウィッシュリストを作って、新しいアプリの追加を求めざるをえなくなっていたので──売れるかどうか見てみることにしたのだ。1年も経たないうちに、このアプリを作った彼らは仕事を辞め、さらに8人の従業員を雇って、他のShopify用アプリも開発するようになった。
これまでボールド・コマースが開発してきたShopifyアプリは、一般に公開されているものが22種類、特定の販売業者のために制作し、一般には公開されていない非公開のものが150種類となっている。従業員数は270名、アプリのユーザー数は全体で10万人だ(同社は収益を開示していない)。現在、Shopifyのアプリストア上には、約2200種類のアプリがある(販売業者が自社のストアに連携させられるアプリの数としては、ビッグコマースが620種類なのに対して、マジェントのマーケットプレイスでは約3000種類が提供されている)。
ボールド・コマースが成長してきたのは、Shopifyがアプリストアを拡大させて、同社のプラットフォームを使って運営されているネットショップがスケールできるような態勢を整えようと総力をあげてプッシュしていた頃だったからであり、会社が大きくなっても同社はShopifyを離れようとはしなかった。Shopifyも独自のアプリはいくつか開発しているが、アプリ開発のほとんどは外部の開発者に任せている(たとえば、Shopifyパートナーのアプリは、すべてパートナー自身のサーバーで実行されている)。マイヤーズ氏によれば、Shopifyは開発者を会食などで接待し、新しいアプリ開発を支援するために5000ドル(約55万円)を融資するといったインセンティブを申し出るなどして、自分たちがいかに競合のマジェントなどよりも良いパートナーであるかを説明し、開発者を口説いているという。
そうした努力が実を結び、アプリストアは、Shopifyがパートナーエコシステムから収益を得る場となった。Shopifyのアプリストアに置かれているアプリの84%が収益を上げており、同社の取り分はアプリ収益全体の20%だ。アプリストアでは、パーソナライズするアルゴリズムを使ってアプリの並べ替えがされており、ネットショップの規模や、どれだけ取引が行われているかなどに合わせて、必要なツールを提案している。アプリ制作者側が料金を支払って掲載してもらうという形ではないので、お金を払って掲載位置を良くすることはできない。ただ、マイヤーズ氏の話では、アプリストアへの広告モデルの導入について、Shopifyから簡単な説明があったという。すべてのアプリはShopifyの承認を受けて掲載されているが、今年9月にはアプリストアのリニューアルがあり、データ管理や運用要件に関する規制が強化されたため、新ストアへの掲載が差し止められたアプリも一部あった。
「Shopifyは、プラットフォームとパートナープログラムはオープンなものであるというアプローチを常にとってきた。誰でもサインアップできるし、ネットショップ運営者と協働するための方法も、さまざまに用意している」と、同社のプラットフォーム担当ディレクター、アトリー・クラーク氏はいう。「ネットショップにはひとつとして同じものはなく、成長の仕方もさまざまで、それはShopifyだけでは予想しきれないところがある。我々は、ネットショップは運営者のものであり、彼らがその時々に、自分たちが必要な機能を追加できなくてはならないと考えている。そこで役に立つのが、アプリのエコシステムであり、サービスのエコシステムだ。このエコシステムが、Shopifyでのエクスペリエンスを高めてくれる」。
クラーク氏によれば、開発者たちに配分されたアプリストアからの収益の額が、今年はすでに1億ドル(約110億円)を超えているという(この額にShopifyの取り分である20%は含まれていない)。
参入障壁
サードラブ(ThirdLove)がオンラインサイトをはじめた際に目指していたのは、フィットファインダーとデータ収集の力で、ブラジャーのデザインを良くするにはどうすれば良いのかを見出し、女性たちに自分にぴったりのサイズを見つけてもらうことだった。そこで、顧客のデータを収集して、オンライン上でのフィットテストを作るためには必要だと、独自のサイトを構築した。だが、ブランド創設後まもなく、アメリカの朝の情報番組「グッドモーニングアメリカ(Good Morning America)」で取り上げられて注目が集まると、サイトがクラッシュしてしまったのである。そこでサードラブ創設者たちは、Shopifyに頼ることにした。
「エンジニアリングチームの半数は、Shopifyでスケールできるとは思えなくて辞めてしまった。けれども、我々はサイトのフロントエンドに注力したいと考えていたし、必要なデータもまだ集めている途中だったので、信頼性が高く、安定したバックエンドが必要だった。あれ以来、サイトがクラッシュしたことはない」と、サードラブのチーフクリエイティブオフィサー、ラエル・コーエン氏は語る。サードラブは収益を公開していないが、Shopifyに切り替えてから、売上は前年比で300%増加したという。
ネットショップ界におけるShopify人気の理由のひとつに、DTCブランドを支えてくれるという点がある。ネットショップが作れて、商品を売れるというだけではなく、代理店によるコンサルタントやアプリのインストールといった形でさまざまなサービスを提供し、ビジネスを支援してくれるのだ。しかし、参入障壁が下がると、新たな困難も生じてくる。サーバーや決済システム、フルフィルメントのロジスティクスといった、かつては競争上の強みだった部分の問題が解決してしまうと、顧客の獲得については各ネットショップが自分で戦うことになる。
「Shopifyを使っている売り手で、Amazonやほかのマーケットプレイス、卸売などに、多角的に売り場を広げているブランドがあるのは、彼らが顧客獲得に苦労しているからだ。継続的に収益を上げられる要素のないビジネスの場合、そのブランドを成長させるには、販売チャネルの多様化が重要となってくる」と、Shopify用のフルフィルメントアプリ、ソーシファイ(Sourcify)開発会社の創設者、ネイト・レズニック氏は話す。「ShopifyとAmazonには、プッシュ型とプル型という違いがある。Amazonでは、客が商品を探して購入するが、Shopifyの場合は自分のショップへのトラフィックを盛んに増やす必要がある。そうなると、売り手はとにかく競争力強化を強いられる」。
ただ、Shopifyのパートナーにとっては、それでチャンスが増加している。
「Shopifyは、同社のプラットフォームを活用してネットショップが立ち上げられるという、テクノロジーへのアクセスを商品化している。けれども、ネットショップの規模や収益がある程度の大きさにまで達すると、そのショップのビジネスはもう少し複雑になる」と語るのは、従業員90人を抱えるShopify代理店パートナー、ディフ・エージェンシー(Diff Agency)創業者の、ベン・クルード氏だ。「そうなると、私たちの出番だ。eコマースはひとつの島に孤立しているものではない。改善のためにできることは必ずある」。
リクルーターのネットワークも
Shopifyのパートナーたちは、ネットショプを改善してくれるだけではない。パートナーたちの果たしている重要な役割には、新しいネットショップを取り込んでくる、というのもある。Shopifyによれば、この1年間で1万6500社のパートナーが新しいネットショップ運営者を紹介してくれたという。同社は、新しい利用者を連れてきてくれたパートナーに紹介料を支払っている。
「意思決定をするのはパートナーなので、Shopifyが彼らと良好な関係を築いてきたのは賢明だった。この大きな強みは、彼らが自分たちで身につけたものだ」と、先述のマイヤーズ氏はいう。Shopifyは、代理店やネットショップ運営者が求めるセキュリティや、使いやすさ、カスタマーサービスといった項目を整備しながら成長していき、そのなかでパートナーたちとの関係構築にも成功してきたという。
Amazonの場合は、そのプレゼンスが出店ブランドの認知度向上につながっているとすれば、Shopifyは、傘下にパートナーのエコシステムを構築し、それが新しい才能を引きつけ、既存のネットショップのビジネスを向上させ、新しいネットショップも呼び込んでいる。Shopifyを中心として大きくなってきたパートナーのビジネスがShopifyより多くの収益を上げていたとしても、Shopifyは勝利している。
小売に対して「勝者独り勝ち」のアプローチを取るAmazonとは対照的に、Shopifyは大勢の仲間を味方につけたのだ。
「eコマースの未来を、パートナーや、ネットショップ運営者、サービスプロバイダー、テクノロジーを可能にしてくれる技術者、買い物客など、我々全員の手のなかに置く必要がある。少数の企業ではなく、大勢で担っていくのだ。だから、皆さんに我々のムーブメントに参加してもらいたい」と、冒頭のカンファレンス、ユナイトの壇上で、フィンケルシュテイン氏はそう呼びかけた。「皆さんには、新たな経済の現実を動かしてもらわねばならない。我々が、大小の起業家たちに平等な機会を与えて、eコマースの未来を多くの人たちで共有していけるようにするためには、皆さんのスキルが必要だ。生き残るためには、それを一緒に、団結してやっていくよりほかないのだ」。
Hilary Milnes(原文 / 訳:ガリレオ)