デジタル時代には企業活動が必要とするテクノロジーやソリューションが大きな変化をはじめている。特にモバイルの普及が人々の行動を変え、企業がデジタル時代の新しい流儀に対応しなくてはならない。欧州最大級のIT企業SAPもデザインシンキング、コンサルティングを組み合わせた問題解決機能を自社内にもつようになった。
デジタル時代には企業活動が必要とするテクノロジーやソリューションが大きく変化している。特にモバイルの普及が人々の行動を変え、企業がデジタル時代の新しい流儀に対応しなくてはならない。欧州最大級のIT企業SAPもデザインシンキング、コンサルティングを組み合わせた問題解決機能を自社内にもつようになった。
同社グローバルデザイン部門カスタマーエクスペリエンス担当バイスプレジデントで、SAP Japan CIO(最高イノベーション責任者)を務める馬場渉氏は次の3点について語った。
※(編集注)インタビューは一般社団法人日本スポーツアナリスト協会(JSAA)が2016年12月17日に開催した「スポーツアナリティクス(SAJ)2016」の会場でされた。
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* スポーツなどのひとつの領域で生まれた知見を他領域に適用するビジネスモデルを敷く。たとえば、位置情報や映像を空間活用に活かすフットボールの知見をほかに活かし、テーマパーク産業などで得た知見をフットボールの試合運営に活かす。
* さまざまな問題解決にデザインシンカー、UX、エンジニア、MBAホルダーコンサルタントなどのチーム組成をするグローバルな潮流があり、SAPもパートナシップで企業にそれを提供するが、自社内にもチーム提供能力を抱えている。
* CRMはバックオフィスから顧客接点主導に変わっているが、IoT時代はその傾向が強くなるだろう。リアルタイムで顧客のニーズに応えるにはCRMやマーケティングソフトウェアだけでなく、サプライチェーン、従業員の問題解決能力などの「総合力」が果たす役割が大きい。
問題解決の潮流、デザインシンキング
馬場氏はSAPのグローバルデザイン部門でカスタマーエクスペリエンス担当。近年経営に持ち込まれることが流行するデザインシンキングは馬場氏の分野だ。「イノベーションを起こすときデザインシンキングに当てはめることによっていままで見えないことが見えたりする。『カネはこれくらいしかないから、ヒトがいないからこれができない』。こういう構造的に考えた施策は賢そうに聞こえるが、本当にそれが正しいのか」。
デザインシンキングを経営層に注入し、そこからデジタル時代の包括的なサービスにつなげるのが世界的潮流だ。「ファーム系とかは顧客思考から、エンドユーザーの思考から逆算するだけでなく、常識を疑う思考が必要だと思う」。
「ファームやデザインカンパニーは我々がもつテクノロジーをもっていない。我々はオープンエコシステムを嗜好する。オープンに使いやすいようにして、彼らが自分たちの能力にフォーカスできるようにするパートナーシップを組んでいきたい。ただし、『自分たちはテクノロジー以外わかりません』というと、会話が通じず、パートナーシップは成り立たないので、自前で全部成り立たせる能力はある」。
馬場氏はAppleの例を出した。「アップルストアが他の小売業に抵触するかというとそうではない。陳列をみても、ある種マーケティング、ブランディングがなされている。Appleはそれを一万店もとうとはしない。他の小売店にApple製品をどう扱うと良いのかをアップルストアで示すことができる。テクノロジー産業は哲学をもって『こうなんです』というデザインスタンダードを示している」。
SAPに自前のデザイン、経営コンサルがある時代
「我々にもデザインファームと競合しても圧勝できるデザイナーがいる。Pinterest(ピンタレスト)、Flipboard(フリップボード)などのUXをやっていた人がたくさんいる。マッキンゼーやボストン・コンサルティング、アクセンチュアから来た人がごろごろいる。特殊なお客様によってはあらゆるサービスを提供することができる」。
「ただこれはスケールしない」と馬場氏は話した。「我々が50万人の従業員を抱えたとしても、すべての顧客のすべてのニーズに応えることはできないだろう」。
「オペレーションエクセレンスや企業改革のような問題解決手法もこういうチーム組成で取り組む。UXとエンジニアとデザインシンカーのチームを組む、MBAのビジネスリーダーを組み合わせて、ERP(企業資源管理)やマーケティングプラットフォームと合わせて解決しましょうなど。チーム構成というスタンダードは我々が自前でもつ必要があると思う」。
「我々のパートナーであるデザインファームに対しては、『皆さん、問題解決手法としてはこういうタレントとこういうツールで当たればいいですよ』と伝えます。コンサルファームにも『我々のクライアントが直面している問題はあなた方の人員構成だけでは難しい。新しいデザインファームとテクノロジーでやりましょう』と伝える」。
企業や政府機関向けの大ぶりのITサービスで知られてきたSAPももはや従来のカテゴリーにとどまらないようだ。
「一回ぐっと踏み込んでアプリの開発もするし、デザインシンキングのファシリテーションもするし、上流でコンサルティングもする。一回やったうえで『これが本当に効く』とわかったもので、説得力をもって、エージェンシーやデザインファーム、コンサルファームに『SAPとのビジネスではこういう組み方をしませんか』とやっている」。
「デザイン、コンサル、テクノロジーの三位一体、スキルセットの融合が起きていることに日本のビジネスが『へえそうなんだ』となっているようではいけない。いま起こっている問題は、いままでの手段では解決できないことをみんなが認識することが大事だ。デジタル時代の問題解決集団の組み方はこうだということを知る必要があり、急がないといけない」。
CRM市場の次世代は「右から左」
「CRM(顧客関係管理)の新しい世代を提示したい。ふたつあって、ひとつはアナログでのビジネスのあり方をテクノロジーでエンパワーするやり方は終わりつつある。営業マンが膨大にいて、営業のセールスプロセスをデジタル化する。顧客マスタ(顧客番号や、顧客名、顧客住所、連絡先の情報)が何千件あるからそれをデジタル化するというのは従来のソリューションだ」。
馬場氏はCRMで重要なのは顧客のデモグラに販売・行動データを足していく手法ではなく、顕著な行動などをもとに仮説を立て、それを実施、検証していく方法だ。「顧客マスタだったら、昔のCRMは『左から右』に流れていく。名前から住所、メールアドレスそれから属性がある。その後にトランザクション(販売)のデータやウェブサイトの購入頻度などの行動データを足していく」。
「現状はすべてのCRMがバックオフィス。顧客先で起きていることにリアルタイムで対応しなければならない」と語る馬場氏(中島未知代撮影)
「いまはむしろ逆。デジタルの時代は『右から左』。この人は誰だかわからないが、『この生き物は毎日3回このアプリを使っている。おそらくこういうことが好きなんだろう』などと推察する。『きっとこの人は28歳の女性で結婚はしていないけど彼氏はいるな』というのがデジタルのCRMだ」。
「『きっとこの人はこういうエンゲージメントをするとこういう反応するなという仮説のもと、マーケティングオートメーション的に執行してみると、『やっぱりそうだった』『あれ女だと思ったら男だった』とやってみて最後に分かる。やっぱり方向が違う」。
「我々は従来のCRMを『左から右』に拡張していくのではなく、次のCRMは何かを目指している。デジタルマーケティングですら『左から右』の発想から抜けきっていないものがほとんどだ」。
馬場氏は、SAPはハイブリス(Hybris)ブランドでCRMのデジタル時代の嗜好を提供しようとしている、と説明した。SAPは2013年にスイスのeコマーステクノロジー企業のハイブリスを買収している。
サプライチェーン、CRM、従業員管理など総合力が「体験」を向上する
「リアルタイムに在庫が分かったり、パーソナライズされた靴やウェアをウェブサイトで発注したとき、すぐ製造・配達されたりはサプライチェーンの話だ。あるいは、お客さんがウェブサイトで情報を調べ、店舗に見に来たときに、従業員がお客さんとの会話で、お客さんの問題を理解し解決できるかという部分をCRMは解決しない」。
「在庫やサプライチェーンの仕組みにしろ、従業員の仕組みにしろ、IoT時代には店舗や商品などのモノが勝手に会話してくれるということもある。CRMシステム、マーケティングシステムだけが顧客対応能力と考えられがちだが、Apple、Facebook、レクサスというブランドの良し悪しはCRMシステム、マーケティングシステムだけで決まっているわけではない」。
CRMでも競争するが、企業活動のあらゆる面に活用されるテクノロジーが企業の総合力を上げ、顧客経験を引き上げる。
「『狭義のCRM』の次世代をデジタル・ネイティブでデザインし直す。企業にはサプライチェーンもあって従業員もあって、顧客接点の状況が向上する、やはり全体総合力が企業の力に寄与する」
交通システムやテーマパークの知見をスポーツ産業に活用
インタビュー会場の「スポーツアナリティクス(SAJ)2016」には、SAPはプラチナパートナーとして協賛。同イベントでは東京オリンピックに向けて日本のスポーツをデータアナリティクスにより強くすることが検討されていた。
近年スポーツのデジタル化は著しく、米大リーグでは統計学的なアプローチセイバーメトリクスが採用され、ベンチ裏にコンピュータを並べ、貯めたデータから次に投げる球種や打球の方向を予測。軍事産業で育ったコンピュータビジョンによりあらゆるプレーが数値化される。
ただ、馬場氏はスポーツビジネスを向上させるのに、別の業界で利用された事例をスポーツ業界に活用することが重要だと指摘する。「フットボールの試合のキックオフが30分後だとする。それに間に合うようにスタジアムに出発したが、渋滞している。『試合開始時間に間に合わない難民』ができる」。
馬場氏は、他業種/公的セクターにITサービスを提供するSAPの観点から、スポーツイベントの顧客エクスペリエンスを向上させる、別業種の例を上げた。
ひとつが道路交通システムだ。「道路が渋滞しますね。日本の道路政策では供給量をふやそうとしていう思想だ。バイパスをつくって5千億円を投じたり、道広げよう、高速道路をつくったりする。雇用上、政治上の意味合いがあるのですべてが否定の対象にはならないが」。
データアナリティクスが勝敗を揺るがしうるバレーボールで、AI活用の可能性を検討する(右から)一般社団法人日本スポーツアナリスト協会代表理事 渡辺啓太氏、元女子バレーボール日本代表 杉山祥子氏、株式会社LIGHTz代表取締役 乙部信吾氏、データスタジアム株式会社ベースボール事業部アナリスト 金沢慧氏(中島未知代撮影)
「しかし、新しいテクノロジーが入ってくると需給最適化がされる。『ふたつ先のジャンクションで降りたほうが渋滞の影響を緩和できる』『ここでこういう渋滞が起きているので、このルートで行ったほうがいい』。道路状況で得られている情報をリアルタイムにドライバーに知らせていく技術はすでにある」。
「この人は価格弾力性が高い、つまり、『この人は値段が高いと、違う行動を取りやすい』などのデータがあって、それを計算に入れてエグゼキューションをするとより需要の調整をしやすくなる」。
オペレーションのベストプラクティスを移植
もうひとつの例がパリのディズニーランド。「彼らはテーマパークにつきまとう『待ち時間』を解決した。ゲートエントリの人数、それぞれの待ち行列がいること、飲食店のPOSなどのデータをオペレーションズ・コントロールセンター(OCC)に集めてビジュアライズすると、どういうアクションをとればいいかがわかる。ある場所にミッキーマウスを配置して踊らせて人の流れを変えたり、空いているアトラクションへの参加を促したりと需給の均衡を生み出せる」。
「スポーツ業界が疎かにしがちな駐車場、試合開始時間、トイレ、飲食店の需給予測などはスポーツ業界にはベストプラクティスはない。むしろパリのディズニーランドにはそういうベストプラクティスがある。1カ所で異常発達したガラパゴスのベストプラクティスをほかの領域に適用できる。ベストプラクティスを開発して、モデルにして、それを別の業種に広めていくというのがSAPのやり方だ」。
Written by 吉田拓史
Photo by Thinkstock / GettyImage