米株式取引所ナスダックは14日、 アドテク企業New York Interactive Advertising Exchange (NYIAX)が開発する「ウォール街型の広告エクスチェンジ」にブロックチェーン技術を提供すると発表した。
米ナスダックは14日、 アドテク企業New York Interactive Advertising Exchange (NYIAX)が開発する「ウォール街型の広告エクスチェンジ」にブロックチェーン技術を提供すると発表した。
ブロックチェーン上に将来の掲載に関する広告契約を登録し、売買情報なども記載することで、第三者の監査が必要にならない。取引するのは将来掲載される広告在庫であり、再売買が可能になる。
NYIAXに提供されるのはナスダックがスタートアップChainとともに開発したブロックチェーンプラットフォーム「リンク(Linq)」。NYIAXのアドエクスチェンジは金融トランザクションの執行に使われるテクノロジーを採用。リンクにはすでに広範な応用が見られる。太陽光発電エネルギーの売買、エストニア政府の会社登記や公的年金の登録、議決権行使などに関する登録業務などだ(金融業界のブロックチェーン活用はこちらの記事)。
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NYIAXは元AOL、マイクロソフト幹部のCEO、ルー・セベリン氏を筆頭にモバイル広告ベンダー、広告会社の広告買い付けシステム開発会社などのアドテクのベテランが揃い、ここにGoogle、Facebook、Amazonなどのテクノロジー銘柄で知られるナスダックが技術提供という、力強い座組だ。
AdExchangerによると、取引の仕組みはこうだ。ギャランティードメディアコントラクト(Guaranteed media contracts)で数週間や数カ月中に掲出される在庫を予約する。このコントラクトがNYIAXプラットフォーム上で再売買が可能であり、証券取引所のシステムに似ている。NYIAXはトランザクションに対し手数料を受け取る。

営業パーソンの販売ほど高単価ではない在庫を予約型にしてマーケットに載せることを目論む。低価格帯はアドネットワーク / エクスチェンジ / RTBで捌く青写真。Via NYIAX
大きすぎるフィーという非効率性
現行のアドテクが下図の左の部分のように、RTBやアドネットワークの手数料が広告主が投じた最初の予算の半数に上っている。この数値はもちろん上下するが、パブリッシャーが情報劣位に立たされている場合、取り分が20〜30%まで減じるケースもあるらしい。WELQなどではこの少ない取り分から利益を弾き出すために、リライト専門ライターを極めて厳しい労働条件で活用するなどの実践をとったとみられた。収益性がコンテンツ制作を歪めることは業界の大きな問題だ。
これを下図の右のように9割以上をパブリッシャーの収益にし、取引所が数%手数料をとる方が理にかなう可能性は高い(金融業界では1%未満のレベルに圧縮されている商品がある。高頻度取引が可能なのは取引コストが極めて小さいからだ)。システムの信頼性が高いことも合わされば、取引量自体が増え、それこそ取引所自体もナスダックのように発展し、収益規模を拡大することになる。巨大な手数料のパイこそが大きな非効率性を生み出しており、市場の発展を妨げている可能性が高い。間接的な売り手に対する高額のフィーを削減することが重要だ。
これは「織田信長が楽市楽座を導入する」「ダイエーが生産者から直接仕入れる」のと同様、古くに解決された話題だ。ネット証券などの金融取引のネット化も手数料を著しく下げたが、それにより個人投資家を市場に呼び込むことに成功し、市場を大きくすることに寄与した。

大きなフィーから小さなフィーへ。より小さなフィーこそ市場の発展の肝だ。Via NYIAX
広告会社向けデジタル広告ソフトウェア開発企業のメディアオーシャン(Mediaocean)CEOで、NYIAXの投資家であるビル・ワイズ氏は「ウォールストリート的な経済を広告に持ち込みたかった。広告業界は広告在庫をコモデティと信じなかった」と指摘した。
パブリッシャー10社がパイロットプログラムに参加している。B2Bメディア企業Purchバイスプレジデントのマイク・ハノン氏は「(NYIAXは)いくつかのバイヤーとの会話を大きく変える可能性がある。在庫の再取引ができるという柔軟性を与えることで、広告主にとって将来の在庫契約を買い付けることが魅力的に映るはずだ。前払い取引、より大きなディスカウント、買い手がより長期にわたる在庫の購入が可能になる」と語った。
かつて業界はデジタル広告にEbayのシステムを導入したが失敗。2007〜2008年の世界金融危機時には金融業界のエンジニアが広告業界に流入しアドテクの発展が起きたが、成功したデジタル広告エコノミーは巨大プラットフォームのものだけと言っていいだろう(日本のアドテクが技術的に発達しなかったのは、投資の少なさや予算のデジタル移行の著しい遅れのほかに、このエンジニアの流入がないことも一要因だろう)。
本当の「マーケット」をつくれるか?
既存のデジタル広告の売買は「マーケット」的な役割は希薄。価格決定において、需要と供給が関与している割合は大きくない。
今回のソリューションは再売買ができるため広告在庫の流動性がかなり高まりそうだ。合理的な値付けが期待できるかもしれない一方、価格の変動が激しくなる可能性がある。予約した在庫を取引所で売買するため、遅延の一要因になっている数珠つなぎのリアルタイム入札(RTB)をする必要がない(数珠つなぎの時点でリアルタイムではない)。むしろ、売買を繰り返すことで、広告主と在庫の出会いを最適化できる可能性はある。
理論上は約定額が分散型台帳に記載され、高度な暗号化により改ざん不能。約定額のような情報をA→B→Cといった「伝言ゲーム」で伝えず、改ざんできない連なった売買データが、並列にプレイヤーに示されるため、透明性が高まる。エクスチェンジの収益化はトランザクションに対する手数料でされるため、この点でも透明性が高まるだろう。
広告在庫(枠)をどこまでコモデティとみなせるかという問題がある。ビューアビリティ、フラウド、効果測定、ブランドセーフティ、配信をめぐっての確実性が高まらないと、買い手は自信をもてない。売り手も取引所がフェアな価格決定メカニズムをもっていると確信できないと、やはり自信がもてない。監査や証券取引委員会の役割をローコストで生み出せると素晴らしい。マーケットプレイスと配信を切り分け、マーケットプレイスはナスダック方式で、配信はサービスにしてパフォーマンスと価格の競争を導入する、というのも必要だ。
現行の証券取引所でも粉飾決算をした企業が上場廃止の瀬戸際に立ちながら上場を続けていることから、監査を含めて「完全に確実な取引所」の成立は難しいことが分かる。しかし、その際にとるべきプラクティスを蓄積していけばよく、重要なのは取引所のロバストネス(頑強さ)だ。この部分は先行する金融業界から採用できる前例がたくさんあるかもしれない。
Written by 吉田拓史
Photograph by GettyImage