共同通信デジタルとヤフーが出資して設立されたノアドットが運営する「nor.(ノアドット)」。このプラットフォームは、メディア同士がひとつのドメインで記事を共有するという、まったく新しいコンテンツ流通の仕組みを提供する。その狙いについて、創業者であり最高執行責任者の中瀨竜太郎氏に聞いた。
ウェブの登場は、メディア事業への参入障壁を限りなくゼロへと近づけた。しかし、その結果、オンライン上のコンテンツが膨大になり、広告枠も無限に増殖するなか、メディアはひたすら自社サイトのPVを獲得するためだけの消耗戦を強いられている。希少性を失ったコンテンツと広告枠に生活者のアテンションを必死でかき集めるメディア運営が立ち行かなくなっていることは、誰の目にも明らかだ。
そうした状況に対し、まったく新しいコンテンツ流通の仕組みを提案している企業がある。共同通信デジタルとヤフーが出資して設立されたノアドットだ。ノアドットが運営するプラットフォーム「nor.(ノアドット)」に参画するパブリッシャーは、ほかの参画社とひとつのドメインで記事のランディングページを共有する。「コンテンツホルダー」として他社へ記事を提供しながら、「キュレーター」として他社の記事を利用することもでき、このドメインで発生した広告収益はコンテンツホルダーとキュレーターで分配する仕組みだ。
すでに、共同通信の加盟社である地方新聞社55社のうち40社が参加。さらに「All About」「シネマトゥデイ」といったウェブ単独のメディア、「東京カレンダー」「女性自身」など紙媒体と両輪のメディアも参画しており、その数は100を超えている。キューレーター側では「NewsPicks」「ニューススイート」「NewsDigest」といったキュレーションメディアのほか、「ORICON NEWS」や地方新聞社自身も他社コンテンツのキュレーションに熱心だ。
発想の根底にあるのは、「コンテンツの作り手に、しっかりと収益を返す」という強い意志だ。ノアドット最高執行責任者の中瀨竜太郎氏に、このビジネスが目指すものを聞いた。
——nor.のようなサービスを考案した背景は?
私はビジネス系出版社で編集者・記者としてコンテンツ制作に携わり、次のヤフーでは打って変わって他社のコンテンツを編成する仕事をしていたので、作る部分と届ける部分の両方から「コストをかけたコンテンツが持続的に作られ、それが適切に届いていくにはどうすべきか」をずっと考えてきました。nor.はそのひとつの解だと考えます。
メディアを取り巻く状況を俯瞰すると、ウェブサイトの登場で誰でも簡単にメディアを持てるようになったことで、コンテンツとメディアと広告枠が増殖し続けています。しかし、生活者の時間だけは有限で変わらないので、起こるのはそのアテンションの激しい争奪戦です。情報消費の起点ではコンテンツの粗製濫造によるSEOハックが横行したり、ランディングページではむやみなページング、インタースティシャル広告、追尾型広告などユーザー体験無視の広告配信が行われたりして、ここ1年くらいでウェブは「地獄」の様相を呈しはじめています。
この状況に2大プラットフォーマーが敏感に反応し、GoogleはChromeでのアドブロックを進めようとしていますし、AppleはSafariで見出しと本文以外の一切の情報を排除する「リーダーモード」のデフォルトON機能を用意します。すでにTwitterのiOS版アプリではこの機能が先行実装されていて、Twitter経由のPV(ページビュー)が収益性を落としていく可能性もあります。また、P&Gやユニリーバがデジタル広告の予算を縮小するという記事も読みました。
ウェブサイトのPVありきのメディア運営は、明らかに転換点を迎えています。コストをかけた真摯なコンテンツ制作にこだわるメディアは、そうではないメディアと同じ土俵で争うウェブサイトPV戦争から脱却し、新しいコンテンツ流通の枠組みを自ら主導して創っていく必要がある。その土台にしていただこうというのがnor.です。
——具体的に、どういう仕組みなのでしょうか?
nor.のコンセプトは、「コンテンツ」と「チャネル」の共有プラットフォームです。PVを広告でマネタイズするという形そのものを否定しているわけではないですが、それをウェブサイトという形でバラバラにやることにユーザー、広告主、メディアを悩ませる本質的な問題がある。コンテンツを作るコストと届けるコストを分け合い、そこから得られるリターンをフェアに分配する「共同体」をメディア同士で創って運営していただくのがポイントです。
具体的には、nor.のデータベースに記事データを保管すると、「this.kiji.is」というドメインのURLが個々の記事に割り振られます。あとは、キュレーターがnor.のデータベースから記事を探し、読者と共有したい記事のURLに自らのキュレーターIDを付与して、ウェブサイトやアプリからリンクを張るだけです。閲覧された記事ページでの広告収入は、その記事を作った「コンテンツホルダー」が61.8%、その記事を読者に届けた「キュレーター」が38.2%の割合で分配します。
コンテンツホルダーとして使う場合も、キュレーターとして使う場合も、その両方でも、初期費用や月額費用は発生しません。我々はお客様の当月確定収益からサービス利用手数料をいただいて運営しています。
すでに成果が出ている例だと、共同通信はウェブ向けのすべてのニュースを「this.kiji.is」ドメインのみから配信していますし、共同通信社の加盟社である熊本日日新聞も同様です。熊本日日新聞は自社サイト「くまにちコム」でのキュレーションにも注力しており、「熊本のニュース」欄は自社が、「全国のニュース」欄は共同通信が、さらに下の「エンタメニュース」欄は「MANTAN WEB」や「PONYCANYON NEWS」などがそれぞれ「this.kiji.is」ドメインから配信している記事に誘導しています。運用をはじめて1年ほどで、自社記事の合計PVは倍増したと聞いています。
——コンテンツホルダー、キュレーターそれぞれのメリットは?
nor.はニュースブランドではないので、読者には見えてこない「黒子」のような存在です。コンテンツホルダーのブランディングが何より重要と考えているので、「this.kiji.is」ドメインから配信される記事ページのヘッダーはすべてコンテンツホルダーのブランドのみが訴求されています。また、「this.kiji.is」ドメインの広告枠はコンテンツホルダー自身が自社の媒体資料に載せて販売もできます。つまり、記事の流通コストを外部化しながら、ブランド認知の拡大と収益獲得の主導権保持ができるわけです。ここが、強大な集客力を持ったニュースアグリゲーターに記事を配信して、おこぼれの収益やバックリンクをもらってウェブサイトのPVを伸ばせる代わりに収益の大半とブランド認知を失う、という既存モデルと異なるところです。
キュレーターとしてのメリットは、この共同体に参加することで個別契約などせずに、ユニークな視点で他社記事に文脈を与えて読者に届けるだけで収益を得られることです。先の熊本日日新聞のように、パブリッシャーがコンテンツホルダーとしてだけでなくキュレーターとしても利用すれば、他社の良質な記事をシェアすることも収入源になります。
パブリッシャー間で同一のドメインを共有しているので、広告主にとって有効なデータも提供しやすいです。ばらばらのウェブサイトで、滞在時間や読了率などの統一されたデータがない、という課題をnor.は解決できると思います。今後は、キュレーションを行うウェブサイトやアプリと「this.kiji.is」ドメインとで共通のDMPを入れていくことで広告主にもよりよいマーケティングデータのご提供ができるのではないかと考えています。
——nor.のデータベースにすべてのコンテンツを集約するというビジネスなのでしょうか?
よく質問されるのですが、データベースにコンテンツを蓄積するとはいえ、我々はコンテンツアグリゲーターではなく、編集方針を持って自らがキュレーションをするわけでもないので、キュレーションサービスとも違います。
いずれにしても根本にあるのは、コストをかけて作られたコンテンツをもっと効率的・効果的に流通させるための共同体と、それを実現するデジタルインフラをパブリッシャー自身が主導して創り上げていくという考え方です。
ちなみに、nor.の名称は、パブリッシャーがIT事業者とフェアに対峙できる「new origin(新しい起源)」「new order(新しい秩序)」が訪れるようにという願い、同じコンテンツなら複数のドメインから配信する必要はなく、ひとつのURLを共有すればいいという「no replication(事業者間の複製配信不要)」からエンジニアが付けました。
——「自社オリジナルではない記事、ライバル社の記事を紹介する」点は、媒体社の導入ネックになりませんか?
たしかに、大手新聞社などは難しい部分があるかもしれません。また、雑誌はもともとのパッケージがコンセプチュアルであり、独自の視点で記事を編集・集積するのが本来の価値なのでNOというメディアもあるでしょう。
一方で、コンテンツ爆発の時代は「Curation is king(キュレーション・イズ・キング)」でもあります。デジタルメディアで大勝してきたのは、Yahoo!やGoogleなど情報を選別して届けてきたプレイヤーだけです。米国でも、ここ数年はメディア自身がキュレーションに活路を見出そうという動きが絶えません。ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)も、読者にとって有益と思われる情報なら他社のものであっても共有することで読者とのブランドエンゲージメントを高めよう、というキュレーションの取り組みをトライアンドエラーで繰り返しています。
地方紙では、もともとが県や地域のローカルニュースを扱う性質上、ライバルという発想があまりなく、むしろ「新聞が弱いエンタメ系の記事を扱って若い読者とのエンゲージメントを強化できる」「『成人式』『高校野球』といったテーマで全国各地のニュースを比較する特集をキュレーションで簡単に作れる」といった形で、うまく利用いただいています。

コンテンツの「作り手」と、読者への「届け手」をnor.がつなぐ
——最後に今後の展望と、デジタルメディアの未来についての考えをお聞かせください。
今後もコンテンツホルダーのさらなる拡大が予定されており、またキュレーターとしての利用も一層オープンに広げていきます。さらに、そもそもニュースサイトを運営しているわけではないので、事業会社のコンテンツマーケティングのプラットフォームとしてもnor.を使っていただけるよう、ネイティブな広告商品も準備中です。
この先、チャットボットやAIスピーカーといった対話のインターフェースが力をもちはじめ、その物理インターフェースとしてのロボットとか、あるいやVRやARといったさまざまなタッチポイントが浸透してくると、スマホとかウェブサイトというのは価値を相対的に落としていくことは間違いありません。コンテンツ流通の土台にウェブサイトやアプリといったパッケージを据える考え方をメディアも大きく変えていく必要が出てくるでしょう。
nor.も「this.kiji.is」ドメイン自体が重要とはまったく考えておらず、コンテンツを制作・流通するための新しい共同体をパブリッシャーたちが創出するための母胎、インフラという姿が本質です。私たちのアプローチは、多くのパブリッシャーと広告主の課題解決に役立つのではないかと考えています。
中瀨竜太郎
ノアドット株式会社 最高執行責任者
1975年4月生まれ。千葉県浦安市出身。サンパウロ日本人学校、慶應義塾大学卒業。98年4月より日経BP社でPC誌の編集記者。2005年10月にヤフーに入社し、トップページ編集やトピックス編集を経て、12年9月に個人の執筆者向けプラットフォーム「Yahoo!ニュース – 個人」を立ち上げ。13年11月に共同通信デジタル(一般社団法人共同通信社の100%子会社)に入社。15年4月に共同通信デジタルとヤフーの出資を得て、ノアドット株式会社を設立。
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Text by 高島知子
Photo by 渡部幸和