米国4大テレビネットワークが、テレビCMの広告在庫取引を自動化した広告技術「プログラマティックTV」の運用を開始する。消費者のメディア接触が多デバイス、多プラットフォームに断片化するいま、プログラマティックTVはさかんに議論されてきた。ステークホルダーはさまざまな利点を見出すが、越えるべき課題も多い。
NBCUは2016年2月24日(米国時間)、テレビCMのプログラマティック取引である「NBCUx for Linear TV」を同年秋に開始すると明らかにした。発表によると、広告主はデータを利用し、NBCU傘下のチャンネルのプレミアム在庫を、自動化された仕組みでバイイング(購入)できるようになる。
エンターテインメント広告営業トップ、ダン・ロビンガー氏は導入の理由についてこう語った。「我々の目標は、プレミアムコンテンツを通じて質の高いターゲットオーディエンスにアクセスする多くの機会を、広告主に与えることだ。我々のデジタルプログラマティック広告は2015年、クライアントの成功の基となった。プレミアム在庫を加えることにより、効果を格段に強められるだろう」
米国4大テレビネットワークのNBCUが、テレビCMの広告在庫取引を自動化した広告技術「プログラマティックTV」の運用を開始する。消費者のメディア接触が多デバイス、多プラットフォームに断片化しているいま、デジタルとなじむテレビ広告のあり方として、プログラマティックTVの可能性がさかんに議論されてきた。大手の導入が引き金になるか。ステークホルダーはさまざまな利点を見出すが、越えるべき課題も多い。
1.プログラマティックTVの誕生
NBCUは2016年2月24日(米国時間)、テレビCMのプログラマティック取引である「NBCUx for Linear TV」を同年秋に開始すると明らかにした。発表によると、広告主はデータを利用し、NBCU傘下のチャンネルのプレミアム在庫を、自動化された仕組みでバイイング(購入)できるようになる。
エンターテインメント広告営業トップ、ダン・ロビンガー氏は導入の理由についてこう語った。「我々の目標は、プレミアムコンテンツを通じて質の高いターゲットオーディエンスにアクセスする多くの機会を、広告主に与えることだ。我々のデジタルプログラマティック広告は2015年、クライアントの成功の基となった。プレミアム在庫を加えることにより、効果を格段に強められるだろう」。
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NBCUは2年前にデジタル動画、ディスプレイ広告に関して、NBCUxという広告配信プラットフォームを採用しており、2年越しでテレビCM在庫に適用した形。同社はDSP(デマンド・サイド・プラットフォーム)で在庫を「選択できる」としており、取引形態はリアルタイムビッディング(RTB)ではなく、プログラマティックダイレクト(プロセスが自動化された純広告)のようだ。
NBCUはデータ活用も加速させようとしている。先立つ2016年2月17日(米国時間)、同社で広告バイイングをする際に利用できるデータ倉庫である、オーディエンス・スタジオ(Audience Studio)をローンチしている。(参考:WSJ)。
広告主はケーブル・衛星放送の受信機であるセットトップボックスから得た、世帯ごとの視聴データを利用できる。広告主はNBCUやサードパーティのデータと自社データを組み合わせ、クロスデバイス出稿の最適化に挑戦できる。

巨大メディアNBCU傘下のチャンネルNBC、民主党寄りの報道で知られる。 Photo by David McNew / Getty Images
例えば、NBCUなど特定のネットワークの閲覧履歴を持つオンライン動画の視聴者や『サタデーナイトライブ』のような特定の番組の視聴者を、NBCUの広告プラットフォームを通じてターゲットに絞ることが可能になる。ただし、データの活用はテレビ、デジタル動画、ソーシャルメディアの三種類を扱うプラットフォームの内に限られそうだ。
NBCUは米最大手の衛星・ケーブルテレビ事業者、コムキャストの傘下。コムキャストはテレビのコンテンツ制作、多数のチャンネル運営、インフラ部分の提供までつらぬく巨人だ。この巨人がプログラマティックTVへの「はじめの一歩」を踏み出した意味はとてつもなく大きい。
2.下がる視聴率、そうせざるを得ない
もともと米テレビ業界は、ベンダー、テック企業側に比べプログラマティック取引に消極的だった。業界はおおむね、テレビCMという売り手市場が、ディスプレイ広告のような買い手市場に変わることを恐れていた。しかし、そうも言っていられなくなってきた。主にこのふたつの要因のためである。
- ・テレビCM価格の落ち込み
・広告主がデジタルとなじむバイイングを求めている
テレビ広告の取引通貨である視聴率の落ち込みが厳しい。主要なテレビ視聴方法である衛星・ケーブルの解約傾向(コード・カッティング)も深刻だ。テレビネットワークは在庫価格の落ち込みを防ぐために試行錯誤を繰り返している。「アドエイジ」によると、視聴が落ちこむテレビチャンネルは、1番組あたりのCM時間を増やすことで減収を補ってきたが、最近では複数のチャンネルを運営するバイアコム(Viacom)とターナー(Turner)は(在庫の価格を保つため)CM時間を減らす方針に転換しようとする。
かたやGoogleやFacebookのような、ライバルのデジタル広告のプレイヤーが、パーソナルデータを利用した、ターゲティング精度の高いといわれる広告を展開し、マーケティング業界での存在感を強めている。テレビ側はすべてのデバイスでのコンテンツ視聴をカウントし、テレビCMでのオーディエンスデータの利用を促し、さらに自動化されたプロセスを提供することで、広告主の便宜を図り、在庫価格を持ち上げようとしている。
加えて、広告主はテレビCMが到達しない層に接触するため、認知をとれる高品質なデジタル動画を求めている。日本でも、状況は同じだ。ビデオリサーチインタラクティブによると、2015年度第1四半期(2015年4月~6月)、関東地区テレビCM出稿者のうち約20%が動画広告にも出稿した。電通は2月中旬、広告主に高品質な動画広告の在庫を供給するため、プライベート・マーケット・プレイス(電通PMP)で、「Premium Videoシリーズ」を開始したと発表した。
3.プログラマティックTVのメリットは?
プログラマティックTVが求められる要因のひとつは、デバイス利用の断片化だ。特に若年層に向かうにつれてその傾向は色濃い。日本の場合、10代、20代の若年層はモバイル接触時間がテレビ接触時間を超えている。40代女性を除けば、40代以下は、デスクトップ、タブレット、モバイルを合算したデジタル接触時間は、テレビの時間よりも長い(博報堂:メディア定点調査2015)。

テレビは中高年で圧倒的。女性がよりテレビを好む。スマートフォンは若年に強いが、デジタルだけでもモバイル、タブレット、デスクトップの3つにメディア体験は断片化している。
この断片化に対応するためには、クロスデバイスのメディアバイイングが重要になる。クロスデバイス測定とオーディエンスデータ活用が容易で、キャンペーンを一元的に管理できるプログラマティックTVが望ましいわけだ。しかも、オートメーションによりバイイングに絡むコストが圧縮される。ベンダー、テック企業はプログラマティックTVの利点として以下の5点を挙げている。
- ・バイイングのオートメーション
・データドリブンなターゲティング
・クロススクリーン測定
・キャンペーン管理の統合
・リアルタイム最適化
テレビのオーディエンスデータをデジタルに活用する試みはすでに実施されている。米動画プラットフォーム大手、ビデオロジーの分析によると、テレビのオーディエンスデータを活用したデジタル動画によるキャンペーンの「数」は前年同期比114%伸びた(2015年第4四半期)。
ニールセンなどから得られたテレビ視聴データとデジタルの行動データを混合させ、広告主はすべてのデバイスをまたいで消費者にリーチ(到達)しようとしているという。「このデータ活用の重要な点はターゲティングと消費に関してより深い知見を得られることだ。テレビとデジタルをまたいだインサイトを提供できることは、広告主にとって予算の効率を上げる、ゲームチェンジャーになる」(ビデオロジーCEOのスコット・ファーバー氏)。
自動化に積極的なベンダー、テック企業の主張をまとめるとこうだ。「テレビ、デスクトップ、タブレット、スマートフォン、にまたがるクロスデバイスでの効果測定が可能になり、広告主はデータを利用し、ROI(投資利益率)の観点から、キャンペーンひとつひとつの重み付けを検討できる。金融業界のトレーディングのように、アナログとデジタルのキャンペーンをリアルタイムで、ひとつのダッシュボードで管理。テレビCMの効果をリアルタイムで把握し、効果を拡張するため、即時にデジタル広告を打つことができる」と。
ニールセンの「動画広告のデータドリブンな未来(原題:The data-driven-future-of-video-advertising)」(2014年)によると、2016年に米国では、テレビとデジタル動画の部分的な協調が始まり、テレビCMの一部はオーディエンスベース、その一部がプログラマティック取引になる。2020年には、テレビ広告市場は830億ドル、デジタル動画市場は330億ドルに成長。プログラマティック取引がテレビCMでも一般的になり、動画との架け橋になる、と予測している。

テレビCMとデジタル動画というふたつの動画は、2020年につながる? 出典:The data-driven-future-of-video-advertising
4.取引通貨の独占が崩れる?
この文脈のなかで、テレビ広告の取引通貨を、クロスプラットフォーム時代にふさわしい形に見なおそうという動きが出ている。インターネット測定最大手のコムスコア(ComScore)がテレビ、映画の測定のレントラック(Rentrak)を買収した(2月1日完了)。合併後両者は75カ国以上で操業し、2億6000万のデスクトップスクリーン、1億6000万のモバイルフォーンのスクリーン、タブレットの9500万スクリーン、テレビ4000万スクリーン、1億2000万動画配信サービス(ビデオオンデマンド)のスクリーン、映画館の4万スクリーンで測定することができる。まさしくクロスプラットフォームの測定機関の誕生だ。
FTによると、ニールセンがモバイル、デスクトップでのテレビ視聴を捉えていない、C3(放映後3日の視聴率)、C7(同7日)を提供し続けたことに関して、業界には不満があった。特にMTVとコメディ・セントラルなどを運営するバイアコム(Viacom)は、在庫の価値を下げているとしてニールセンを批判していた。コムスコア最高経営責任者である、サージ・マッタ氏はこの点を念頭に「消費者による、テレビ、モバイル、OTTデバイスでのコンテンツ消費は大きな転換点を迎えた。我々は巨大なスケールのクロスプラットフォームで通用する通貨を創造しなければならない」と語っている。
この合併の背後には、広告ホールディングス世界1位のWPPがいる。WPPは2014年に双方の少数株主になった。マーティン・ソレルCEOは2015年9月のアドバタイジングウィークで「私たちは株主となって、この2つの企業が合併するよう促した。これは業界が望んでいたことでもある」と語っている。WPPは最終的に合併した企業の16%の株主になった。コムスコアが米国のテレビ視聴データで支配的なニールセンに匹敵する存在になることを望んでいる。ソレル氏は次の5〜10年、将来的にデジタルでの収益が50〜60%のレンジに入る、と語っている。クロスプラットフォームは確実な世界があり、しかもその中心地がデジタルにある、というのが、ソレル氏の予測だ。

世界最大の広告複合企業WPPのマーチン・ソレルCEO。 Image from Chip Cutter / flickr
これに対し、ニールセンは取引通貨の番人の地位を死守しようとしている。2015年終盤にはバイヤーにクロスデバイス測定が可能だとされるオーディエンス測定ツールを提供すると明らかにしている。このツールのために、ニールセンは2015年3月、DMP(データマネジメントプラットフォーム)企業のイグジレイト(Exelate)を買収していた。2016年からクロスデバイス指標を部分的にC3、C7に変わる取引通貨として導入し、2017年には完全移行を果たすことを視野に入れているという。コムスコアより先にクロスデバイス測定を確立し、取引通貨を扱う独占的な立場を保持しようという目論見だ(参考:B&C、Adweek)。
5.クロスデバイスの課題
しかし、クロスデバイスの世界を実現するためには課題は山積みだ。
デジタル動画にはビューアビリティ(可視性)、フラウド(詐欺)、ブランドセーフティの課題がある。さらに、プレロール動画広告は素早いスキップにさらされ、オートプレイ(自動再生)動画広告もスピーディなスクロールの洗礼を浴びている。ブランディング効果を比較したとき、テレビ広告とデジタル動画は等しくなく、デジタル動画でもプラットフォームやフォーマットごとに効果は異なるだろう。これらをどう評価すればいいのだろうか。
テレビネットワークの視聴データが個々のサイロ(貯蔵庫)に閉じ込められる可能性は高い。広告主は、Google、Facebookでデータの断層にぶつかり、テレビでも大きな分断にぶつかる可能性がある。

この貯蔵庫のように、データたちが別々に格納され、交じり合わなくなる恐れがある。 Photo by Thinkstock / Gettyimage
米ケーブルテレビ業界誌のB&Cによると、コムキャストは当初は他社と共通のデータプールをつくることを視野に入れていた。ウォルト・ディズニーが保有する、米テレビ業界でもっとも価値が高いと言われるネットワーク、ESPN、ターナーブロードキャスティング、ディスカバリーコミュニケーションと、視聴データのライセンシングをめぐって交渉をしたが不調のようだ。コムキャストはニールセンにも、1億ドル(約110億円)で独占的なデータライセンスを提案したが、うまくいかなかった。
データが別々の貯蔵庫に格納された状況になるかもしれない。これでは、カスタマージャーニーの全容を掴んだり、個人個人に最適化された動画広告を配信するのは、夢のような話になるだろう。一部には「テレビ間のデータの壁をすべて取り除くべきだ」「データ・エクスチェンジ(取引所)をつくる」という考えもあるが。
Wrriten by 吉田拓史
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