2021年のアドテクバブル(とその後の沈静、下落)は、この市場を岐路に立たせることになり、怪しい噂が跋扈することになった。バブルは本当に弾けたのか、これまで通りメディア予算を吸い上げながら利益を上げ続けられるのか、もはや明るい未来は描けないのか。こうした業界の「伝説」を徹底調査した。
アドテクは、マーケティング業界のなかでも特に二極化が顕著な主要分野のひとつであると言える。
業界の未来の姿だと歓迎するものもいれば、膨大なオンライン個人情報の濫用で自由権に対する大きな脅威だ、と非難するものもいる(この個人情報の濫用が、EU一般データ保護規則[GDPR]のような法律をもたらした諸悪の根源だ)。
その一方で、アドテク、つまりプログラマティックは、ブランドのマーケティング部門をうまく丸め込み、メディアの予算をできるだけ多く使わせる(というよりも、ドブに捨てさせる?)ために、巧妙に仕組まれた戦略に過ぎないと糾弾する人たちもいる。一部のエージェンシーやマーケターから「アドテク税」と揶揄されるのには理由があるのだ。
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2021年は、アドテク企業がこぞって上場を果たした。これは、その方法が新規株式公開(IPO)であれ、特別買収目的会社(SPAC)であれ、金融業界とアドテク分野が友好関係にあることを示している。とはいえ、投資銀行ルマ・パートナーズ(LUMA Partners)によると、現在上場している24社のアドテク企業の運用実績は、2020年と比較すると大半が横ばいのままだという。
巷ではもっぱら、これから「アドテク上場企業に名乗りをあげる機会はなくなりそうだ」、あるいは「完全になくならなくとも一時的にはなくなりそうだ」という認識が広がっている。そこで米DIGIDAYでは、市場が岐路に立たされているように見えるこの機会に、常識と化したアドテクの「叡智」の数々について徹底調査することにした。
噂:アドテクのIPOは終わった――アドテクの株はどれもクズ
アドテク分野をよく知るオブザーバーの口癖は、「『2021年組』が、アドテク企業初の上場ラッシュではない」だ。2010年代前半から半ばにかけて、ロケットフュエル(Rocket Fuel)のようなアドテク企業がナスダックで株価が青天井の急騰を見せたあと、暴落で地面に叩きつけられる姿を目の当たりにした(同じ運命をたどった企業はほかにもある)。
最近、コンサルティング企業レモネードプロジェクト(Lemonade Projects)が2021年第4四半期の決算が出そろった時点で、上場アドテク企業18社の株価を分析したところ、その大半が52週安値(約1年のなかでの最安値)をつけていることが明らかになった。同社のエコノミストであるトム・トリスカリ氏はユニコーン企業が9社あるとする一方で、多くの場合「『プレミアム』や『透明性』といった言葉は、プログラマティックの世界では、随分前から何の意味も持たなくなっている」と強調している。
このような分析のおかげで、上場企業がいくら豪語しても、市場は合理的に判断できるようになった。実際、そうした合理的思考は大いに必要とされている。しかしなかには、アドテク企業の最近の株価やIPO鈍化の分析には、外的要因も加味すべきだと指摘する人たちもいる。
ルマ・パートナーズのCEOテレンス・カワジャ氏もその一人で、こうした株価の傾向はマクロ経済の問題を反映したものだと話す。資金調達コストの上昇や東欧の紛争から生じる先行きの不透明感もその一例で、いずれの事象もアドテク企業だけでなくあらゆるテクノロジー関連企業の株価に影響を与えているという。
こうした違いは、トレードデスク(The Trade Desk)――2016年に上場を果たし、現在の時価総額は業界の主要ホールディングスを優に超える――といった企業が、ロケットフュエルやユーミー(YuMe)のような企業と同レベルで比較される場合には必要になる。
「だから、私はいつも収益の状況で判断している」とカワジャ氏は続ける。「アドテクは厳しい時期にあるというのは、確かに一理ある。しかし、収益予測を達成できなかった少数の企業と、達成できた企業とを見ると、大半は数字を出している」。
噂:2021年の「アドテクバブル」を煽ったのはSPAC
批評家は今回の上場ラッシュを、2021年に米国金融業界を席巻したSPACが煽った新たなバブルであると称したが、ルマ・パートナーズの評価手法LUMAインディシーズ(LUMA Indices)によると、アドテク分野18社のうち、SPACで上場したのは4社にすぎない。
コンサルティング会社リバティー・スカイ・アドバイザー(Liberty Sky Advisors)の創業者でマーケットアナリストのイアン・ウィテカー氏によれば、アドテク企業は間接的に一般市民から恩恵を受けていた。というのも、人々は政府による消費刺激策の助成金を使い、テクノロジー株に投資しているからだ。
さらにウィティカー氏は、アドテク企業の創業者や初期段階の投資家がSPACを利用して資金回収を試みたのが時期尚早だったのかどうかは、「判断するのが難しい」と認めた。同時に、WPPのような業界の有力企業でも、株式公開では同じような道をたどっていることも指摘している。「一部のアドテク企業にとっては、SPACはその仕組みが魅力的に見えた。構造の観点で考えると、経営陣の自由度がきわめて大きかったからだ」と同氏。つまり、SPACは決して怪しげなアドテク企業だけのものではないのだ。
とはいえ、IPOやSPACのプロセスに関する専門家(勤務先が上場企業であるため、匿名を希望)が米DIGIDAYに話したところによると、SPACを利用すれば「問題のある」企業が上場することも可能だという。
この某氏の意見は、SPACを利用するアドテク企業は投資家からの信頼を勝ち取り、その恩恵に授かるというウィティカー氏の分析と同じだ。それはまさに、サプライチェーンの問題やインフレーションのようなマクロ経済の影響を考えると、現在、その気運は衰退しつつある。「SPACを推す多くの投資家は、強気相場しかありえないという考え方でSPACに投資していた。しかし市場は今、弱気相場だ」と某氏は付け加えた。
噂(?):個人情報保護方針が問われれば、独立系アドテク企業の未来はない
金融や投資のプロのあいだでは、「it’s probably worth hedging on this one, as there’s a lot to unpack.(これには解明すべき点がたくさんあるからこそ、おそらくヘッジする価値がある)」という表現が使われる。まあ、実際のところそうだ。上場するアドテク企業の数は間違いなく先細りしており、さらに、上場企業の評価額も明確に下落している。これは主に、より広い世界経済を左右するマクロ経済の問題に原因がある。
とはいえ、この分野特有の問題もあり、AppleやGoogleのような大手インターネットプラットフォームの一部からデータのロールバックを推し進める個人情報保護法など考慮しなければならない。
リサーチ会社のアレートリサーチ(Arete Research)の最近公開したプレゼン「Feast and Famine in ’22(一か八か 2022)」で、ロッコ・ストラウス氏は、AppleとGoogleのID軽視が2021年の上場ラッシュに拍車をかけたと主張している。さらに、独立系アドテク企業にとって市場の状況は今後さらに厳しくなるだろうとも述べている。「彼らにしてみれば、解決策が何もないという事態を避けるには、急いで上場するしかなかった」と話し、それよりもさらに規模の小さな数多くのアドテク企業は、施行された法律に準拠する能力を持ち合わせてないとも述べている。
それとは逆の意見を示したのが、スプリング・レイク・エクイティ・パートナーズ(Spring Lake Equity Partners)のパートナー、ダン・マキガンだ。2021年に上場した多くのアドテク企業は、単に条件が揃ったから上場したにすぎないという。「こうした企業の多くは、これまでの事例よりも成長過程の早い段階で上場しているが、私が思うに彼らが特別なのは、どの企業も利益を出しているということだ」。
本記事のリサーチで複数の専門家に意見を求めたところ、現在の個人情報保護法の動向を受けて、少なくとも近いうちに、アドバタイザーも株式市場も巨大テック企業への投資が進むだろうという回答が戻ってきた。
投資会社ファーストパーティ・キャピタル(First Party Capital)の創業パートナーであるキアラン・オーケイン氏は、現在の動きを考えると、早くても2023年までは新たなアドテク企業の上場はないだろうと米DIGIDAYに話した。さらにこの動きは、これまで巨額な資金を調達し、それ相応のROIを投資家から期待されている企業にもプレッシャーを与えることになるという。
「今後は企業の株価見直しが始まるだろう。というのも、現在の数字は6カ月から12カ月前の株式市場のベンチマークで評価されたものであるため、割高な企業が多いからだ。当時は株価が今よりもかなり高騰傾向にあった」とオーケイン氏は話す。
「生き残ることができるのは、商品が多様性に富んでいる企業、つまり、単なるSSPではないタイプの企業だ」。最後にオーケイン氏はこう語った。「市場の多くの企業は、バイサイドとセルサイドを行き来するようになる。投資家が知りたいのは、どこに『堀(Moat:事業を守るもの、強みや競合優位性の意)』があるのかだ。ほかのどの企業も持っていない、どんなものを持っているのか、それを知りたがっている」。
[原文:Myth buster: Scrutinizing the fortunes of ad tech on the public markets]
Ronan Shields(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)