P&Gは、Quibi(クイビー)立ち上げの最初の年に独占的広告主となった優良企業のひとつだった。だが、我々も知っているとおり、Quibiの命は1年も続かなかった。Quibiは2020年10月、初年度の利用登録者目標の740万人にはるか及ばぬまま、事業の縮小を発表した。
「初めて出会ったときから夢中だった」。
これは、映画『ザ・エージェント(原題: Jerry Maguire)』のなかでレネー・ゼルウィガーがいう有名な台詞ではなく、プロクター・アンド・ギャンブル(The Procter & Gamble:以下、P&G)でマーケティング部門責任者を務めるマーク・プリチャード氏が、2020年初めにCESのステージ上で、当時まだローンチされていなかったモバイル動画サービスQuibi(クイビー)について熱く語った言葉の引用だ。
サンズ・エクスポ&コンベンション・センターで行われた「OTTの未来(The Future of OTT)」と題されたセッションで、Quibiの創業者ジェフリー・カッツェンバーグ氏と並んで壇上に座ったプリチャード氏は、こう述べた理由について、P&Gが契約した最初の広告主であるからだけでなく、モバイル短尺動画を扱うこの会社を自身が2017年からずっと支援してきたからでもあると説明した。
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アドエイジ(AdAge)は当時こう伝えた。「プリチャード氏の支援が始まったのは、カッツェンバーグ氏が彼に、Quibiに協力してくれそうなたくさんのクリエイターたちを紹介したアルバムのような1冊の本を渡したことがきっかけだった。プリチャード氏はこの時、『何と素晴らしい!』と声を上げて反応したという。本に載っていた人物はハリウッドの有名人で、全員を知っていたからだ」。
広告主にとってひとつの教訓
P&Gは、ウォルマート(Walmart)、タコベル(Taco Bell)、ペプシコ(PepsiCo)、アンハイザー・ブッシュ(Anheuser-Busch)、T-Mobileなどとともに、総額1億5000万ドル(約155億3000万円)相当の先行契約にサインし、Quibi立ち上げの最初の年に独占的広告主(exclusive launch advertiser)となった優良企業のひとつだった。
だが、我々も知っているとおり、Quibiの命は1年も続かなかった。有名なメディア企業やテクノロジー企業、リッチな投資家から17億5000万ドル(約1811億7000万円)以上の資金を調達したあと、Quibiは2020年10月、初年度の利用登録者目標の740万人にはるか及ばぬまま、事業の縮小を発表した。
Quibiに投資した人々は大きな損失を被ることになりそうだ。Quibiがあっという間に魅力を失ったことは、広告主にとってひとつの教訓にもなる。
Quibiの立ち上げ前に提案を受けた2人のメディアバイヤーによると、そもそも同社は、1年間で2000万ドル(約20億円)以上のカテゴリー独占契約を広告主と結びたがっていたという。契約締結には前払い金の支払いが必要で、残りはサービス開始から契約期間中の月払い制だったという。Quibiは後に契約金額を1500万ドル(約15億円)程度に下げた、とあるメディアバイヤーは話す。
セーフティネットがない契約
この契約にはセーフティネットがほとんどなく、提案では、払い戻しや補填はないとなっていた。NBCユニバーサル(NBCUniversal)のピーコック(Peacock)──一握りの広告主と先行契約を結ぶというQuibiと同様の立ち上げモデルを取っていた──とは異なり、Quibiには業績が予想を下回ったとしても、広告費用を再分配するためのリニアもしくはデジタルの追加インベントリー(在庫)がなかった。
ピーコックもまた、広告主が月払いすることを求めていたが、サブスクライバー(登録者)が増加するにしたがって、契約をスケールアップできる仕組みになっていた。一方Quibiは、契約期間中ずっと均等な額の支払いを求めていた。ウォールストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal)は、Quibiのサービス開始から1カ月後の5月に、視聴数の振るわない結果を受け、契約の見直しを求める広告主もなかにはいると報じていた。
ギャンブルで大儲けできる可能性もあった。年間70億ドル(約7231億円)以上の広告予算と、広告を出すためのブランドを山ほど持つP&Gにとって、1500万ドル(約15億円)は、次の大ヒットになりうるプラットフォームからユニリーバ(Unilever)のような競合他社を閉め出すには、理にかなった額のように思えたかもしれない。
P&Gの広報担当者は、現時点で出せるコメントは何もないと話した。Quibiにもコメントを求めたが、記事公開までに反応はなかった。
先見性があればよりよい
フォレスター・リサーチ(Forrester Research)の主席アナリストであるジム・ネイル氏は次のように語る。「輝かしい実績を持つ人がここにいる。その人物の後ろには、ベンチャーキャピタルの資金がふんだんにあって、新しい事業を始めようとしている。自分でストーリーを紡ぎ出したり、自身の持つビジョンで人々を興奮させたりできなければ、ハリウッドの大物プロデューサーにはなれない」。
「これがまさに、TV広告のアップフロント(先行販売)というものだ。大物スターを出し、放送予定の番組の一部を切り取って見せてわくわくさせ、どんな消費者層がその番組を視聴しそうかを示す市場調査の結果を提示して、掛け金を出させる」と、ネイル氏は付け加える。
それでも、古い格言にもあるように、後知恵は素晴らしいことだが、先見性があればよりよい。
「思い込みが強すぎた……」
広告表示のないサブスクリプション型ストリーミングサービスの台頭と、伝統的なTV視聴者層の細分化が進んだことで、広告主は、広告に支えられたTVや動画のモデルを継続させるために「実行可能な何かを捕まえようとしている」と、マーケティングならびに成長コンサルティング会社クラッチフィールド+パートナーズ(Crutchfield + Partners)の最高経営責任者(CEO)、ディーン・クラッチフィールド氏は話す。
結果的には、Quibiに飛びついた広告主が被害者となり「近視眼的マーケティング」の悪い事例を示した、とクラッチフィールド氏はいう。
「彼らは、内側から見はしたが、外側から見なかった。それが彼らにとって大きな災いだった」と、クラッチフィールド氏はいう。「彼らは思い込みが強すぎた……(Quibiは)市場に受け入れられると信じていたが、実際にはユーザーから受け入れられなかった」。
LARA O’REILLY(翻訳:藤原聡美/ガリレオ、編集:長田真)