AppleのiOSアプリ内トラッキング規制が導入されて3カ月。企業のメディア投資が冷えこみ、予算配分が変化して、Facebookを取り巻く環境は厳しさを増した。それでもFacebookが経験している痛みは、いまのところ、うずくような痛みというよりはチクチクする感覚に近いようで、決算データがそれを裏づけている。
長期的な利益を得る過程で、短期的な痛みは避けがたい。Facebookの広告事業の現状は、まさにその好例だ。
AppleのiOSアプリ内トラッキング規制が導入されて3カ月。企業のメディア投資が冷えこみ、予算配分が変化して、Facebookを取り巻く環境は厳しさを増した。モバイル識別子が自由に使えなくなり、Facebookのパーソナライズド広告の効果が低下したとマーケターに評価された結果だろう。
この傾向が顕著になったのは、Apple端末ユーザーの一定数がOSのアップグレードによりATT(App Tracking Transparency)の同意プロンプトが必要なiOSバージョンを使いはじめた5月末からだ。
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具体例をあげてみよう。デジタル広告代理店ティヌイティ(Tinuiti)のクライアント企業では、Facebookへのメディア支出に占めるiOS向け広告費の構成比が縮小傾向にあり、4月に全体の50%だったものが、6月には20%に低下した。この数字だけでも、Facebook広告をめぐる状況の変化の速さ、予測の難しさが想像できる。
それでもFacebookが経験している痛みは、いまのところ、うずくような痛みというよりはチクチクする感覚に近いようで、決算データがそれを裏づけている。7月28日の決算発表によると、今年第2四半期、同社の広告収入は前年同期比56%増の286億ドル(約3兆1200億円)を計上した。
ともあれこのデータは、AppleのATT導入遅延の影響を差し引いて解釈すべきだろう。広告主はATTのリリース後2カ月以上にわたり、以前と変わらない方法で広告枠の買いつけを継続できていたからだ。ただ、iOS最新バージョンが普及しはじめたいま、数週間のうちに状況が急変する可能性も否定できない。一方このデータは、多くのマーケターに厳然たる事実をつきつける。当面はFacebookに広告媒体としての制約があるにしても、代替となる有力候補が不在という状況だ。
いまだFacebook広告は無視しがたい
実際、広告主のなかにはFacebookへの投資を拡大した企業も複数ある。代理店のプレイブック・メディア(Playbook Media)のクライアント企業によるFacebookへの広告支出は第2四半期、前年同期比で213%増加している。
「当社のクライアントは広告投資をCTV(コネクテッドTV)やSnapchatなどに分散しているが、かといってFacebookへの投資を減らして振り替えたわけではない」と、プレイブック・メディアのブライアン・カラス氏はいう。「インタラクション率、コンバージョン率、オーディエンスのデータの面でFacebookと同等の成果を出せるプラットフォームはほとんどない。それでFacebookへの広告支出が増加したのだろう」。
ただしその増加は、新型コロナウイルス感染症が世界的に流行し始め、広告出稿をひかえる動きが出ていた昨年の第2四半期との比較であり、市場全体からみるとひとつの側面でしかない。それでもやはり、広告主にとってFacebook広告の効果は無視しがたいという現実がある。ちなみに、ティヌイティのクライアント企業におけるFacebookと傘下のインスタグラムへの広告支出は第2四半期、過去4四半期中もっとも好調に推移し、前四半期比で61%増を記録した。
この傾向は今後も続くとみられる。背景には、各種アプリを統合してシームレスに利用できる「スーパーアプリ」の存在がある。Facebookでは、このスーパーアプリの展開が勢いを増しており、ポッドキャスト、ソーシャルコマース、音声チャットのライブオーディオルーム(Live Audio Rooms)、短い音声フォーマットのサウンドバイト(Sound Bites)など、ユーザーのエンゲージメント向上が期待できる機能がそろい踏みだ。そして、エンゲージメントが生まれるところには広告がある。Facebookとしては、アプリを通じてコマースからオーディオにいたるまで幅広い体験を届けられれば、ユーザーとのインタラクションを通じて生成される各種データを入手できるため、Appleが提供するモバイル広告識別子に頼らなくてもすむというわけだ。
「Facebookが計測手法を変更した結果、広告主が使い慣れている(コンバージョン直前の)ラストクリックの統計は過去のものとなった」と、ティヌイティでペイドソーシャル・グループのディレクターをつとめるアビ・ベンツビ氏はいう。「だからといって広告パフォーマンスの測定がなくなるわけではない。つまりマーケターとしては、自社広告のパフォーマンスの判断基準に対する期待値を修正する必要があるということだ」。
D2Cブランドにとって望ましくない展開
とはいえ、Facebookの広告事業が回復しても、現在多くの広告主が直面している混乱が解消されるとは考えにくい。
「数週間前の時点でFacebookが推奨していた施策は幅広いオーディエンスを対象としたもので、広告主が実施したいキャンペーンとは方向性が違っていた」と、広告代理店のアンカー・ワールドワイド(Anchor Worldwide)の共同創業者でメディア/デジタル部門を率いるデイブ・グロス氏は指摘する。「(プライバシー保護強化で)精度の高いターゲティングが難しくなったいま、Facebookはオーディエンス拡張機能を使って類似ユーザーをターゲットに追加する方法や、動画広告の再生回数を増やす最適化案を推奨している。つまり、ブランドの認知度アップを目的とするキャンペーンのような施策だ」。
そうしたアプローチは、Facebookが過去数年間を通じて訴求しつづけた「最適な規模のパーソナライズ」という考え方に反する。従来Facebook上の広告で事業を拡大してきたD2Cブランドの広告主にとっては望ましくない展開だ。
D2C向け専門の広告代理店、ベラルディ・ウォン(Belardi Wong)によれば、同社の大手クライアント300社のうち半数近くの41%が、6月に入ってFacebook上の自社広告のパフォーマンスが低下したと報告している。
「広告パフォーマンス低下の要因として、Appleのアプリ内トラッキング規制とCPM(インプレッション単価)上昇の、どちらの影響が大きかったかを見きわめるのは難しい」と、ベラルディ・ウォン社長のポリー・ウォン氏は語る。
ただし、Facebook広告のパフォーマンスが落ちているのは明らかであり、上記2つの要因のうちいずれかが主因であるのは間違いないという。
「第一に実施可能なターゲティングのレベル、第二に実施可能なリマーケティングの量を考慮すると、見込み顧客のターゲティングの難易度が高いことがわかる。一方、コンバージョンに向けたボトムオブファネル対応の戦術としてきわめて重要なリマーケティングも、機会が限られている」とウォン氏は述べた。
CPMが上がったと主張する企業も
広告主のなかには、AppleのATTによる規制強化で、iOS デバイス向けFacebookトラフィックのCPMが上がったと主張する企業もある。プレイブック・メディアのクライアントでは、第2四半期のCPMが前年同期比で100%以上増加したというデータも公表されている。
一方、ベラルディ・ウォンのクライアント企業の一部は過去2カ月間で80%から100%のCPM上昇を経験している。ウォン氏は、この傾向はFacebookにマイナス影響があるとしており、CPM高騰の一因として、夏に入ってコロナ禍によるロックダウンが解除された結果、ユーザーのFacebook利用時間が減ったからではないかと推測する。つまり、スクリーンタイムが減少すれば広告インプレッション数が減り、それに合わせてメディアが販売する広告在庫も少なくなるため、単価が上がるという単純な図式だ。「そうするとたちまちROAS(広告費用対効果)が下がる。この影響は見過ごせない」とウォン氏は指摘する。
このままCPM高騰が続けば、数週間のうちに広告主がFacebookへの投資を控えるようになるかもしれない。
ECサイトのコンバージョン率とROASの推移を主な判断基準とするFacebookの広告主の視点からみれば、業界はいま、どこか機能不全に陥っているように思えるだろう。
「広告主は自社の広告パフォーマンスの変化について、以前はどのぐらいだったか、現状はどうか、iOSアップデートに起因する割合はどの程度かを把握しようとしている」と、アンカー・ワールドワイドのグロス氏はいう。「広告パフォーマンスには、季節要因も影響する。そのうえ、広告を取り巻く環境自体が変化しつづけている」。
Facebook依存からの脱却へ
毎週、最多で40社ものD2Cブランドと連絡をとっているウォン氏によれば、一部の広告主の姿勢や戦略に変化がみられるという。
「広告主の大半はマーケティングミックスの多様化を積極的に進め、Facebookだけに依存する状況から脱する戦略をとろうとしているようだ。つまり、Facebookへの広告支出を減らし、コネクテッドTV、ポッドキャスト、ダイレクトメールなど、さまざまなチャネルに予算を配分するという戦略だ」。
Facebookの広報担当者からは、本記事の初稿版発行後に次のようなコメントが発表された。「当社は1年近くにわたり、Appleのプライバシー保護方針変更の悪影響について警鐘を鳴らしてきた。Appleの方針は、企業が広告予算を効率的かつ効果的に使う能力をそこなうもので、さまざまな制約を課して、同社が利益を得ることを目的としている。我々は、パーソナライズド広告とユーザーのプライバシーは、AppleのATTによる二次被害を出さずに、共存できると考えている。企業の体制準備を支援するため、我々はウェブインターフェースを通じて通知を送信し、ヘルプセンターやブログに記事を投稿し、全世界でウェビナーを開催して情報を発信した」。
SEB JOSEPH and MICHAEL BÜRGI(翻訳:SI Japan、編集: 長田真)
Illustration by IVY LIU