Googleプリンシプル・サイエンティストのブレイス・アグエラ・ヤルカス氏はこの「機械認知」について、19、20日に東京・虎ノ門で開催された「Innovative city forum 2016」(主催:森美術館など)で講演。機械認知から予期せずして「機械による芸術」が生まれたことや、人間の認知バイアスを機械で克服することで、よりいい社会をつくれる可能性に言及した。
ニューロンの働きを模倣した仕組みにより、マシーン(機械)は認知の仕方を知りつつある。この分野をめぐってGoogleとFacebookは巨大なディープニューラルネットワークを開発している。人が日常的に用いる自然言語を理解し捉えた映像を認識する知能を、モバイルなどの人の近くに置くことを目指していると言われる。
Googleは「機械認知(マシーンパーセプション)」が可能なAIをモバイルに載せることをめざしている。たとえば、スマホに画像認識機能が載れば、リアルタイムで被写体を特定でき、さまざまな用途が想定できる。取引を承認する際の本人確認や盲人の支援、標識・看板の翻訳などが可能になる。
さらに人間が普段話している自然言語を機械が認識する技術が加われば、今春にGoogle CEOのスンダー・ピチャイ氏が示した「モバイルファーストからAIファースト」「パーソナルアシスタント」のビジョンがより実現味を帯びることになる。
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パーソナルアシスタントは情報の管理やさまざまな便宜をユーザーに提供する。この分野をめぐって、GoogleとAmazonは「Google Home」(下図)と「Amazon Echo(エコー)」で競い合う。言葉を聞き取れるこの機器はスマートホームと絡んで、人の生活の重要な拠点になるかもしれない。
また、Googleは今秋、パーソナルアシスタント内蔵の新型スマホ「Pixel」をリリースしている。ユーザーの利用データなどを通じてパーソナルアシスタントの質を向上させていくだろう。パーソナルアシスタントやそれと強調するデバイスは人の行動を大きく変えうるだろう。
モバイル向けの人口知能を研究する、Googleプリンシプル・サイエンティストのブレイス・アグエラ・ヤルカス氏は「機械認知」について、19、20日に東京・虎ノ門で開催された「Innovative city forum 2016」(主催:森美術館など)で講演。機械認知から予期せずして「機械による芸術」が生まれたことや、人間の認知バイアスを機械で克服することで、より良い社会を構築できる可能性に言及した。
イベントでは進化するテクノロジーによりどのような未来の都市を生み出すかが模索されたが、あらゆるデバイスがネット接続され、人口知能が活用されたスマートシティを標榜するGoogleのヤルカス氏が、機械による知性が社会形成や芸術を行うことを提示したことはとても興味深い。その大本はコンピュータ・サイエンスの生物学・生理学の探求だ。
神経科学と人工知能の深い関係
「知能(インテリジェンス)はすぐにはできないが、脳のようなもの(ブレインライク)はもうすぐできる」。ヤルカス氏は現代AIの根幹技術となる「ニューラルネットワーク」が、ニューロサイエンス(神経科学)が明らかにした人間の脳の生物学的な仕組み(ニューロン間のあらゆる相互接続)から着想を得ていることに言及。
脳神経系の探求は、ノーベル生理学・医学賞を受賞した神経解剖学者サンティアゴ・ラモン・イ・カハールらが最初に着手。イ・カハール氏は神経系がニューロンとシナプスという構造からなるとする「ニューロン説」を主張した。天才数学者アラン・チューリングは1948年の論文で、アンオーガナイズド・マシン(Unorganized machine)という概念により、脳の機能を電気の働きで再現する可能性に触れている。
イ・カハール氏と論争を繰り広げたカミッロ・ゴルジ氏が考案した染色法で染められたニューロンとシナプスの構造(via alanturing.net)
ヤルカス氏はiPhoneのようなものをクラシックなコンピュータとし、ニューラルネットワークにコンピュータの新しい発展が見込めるとみている。着想されてから長期に渡り進歩しなかったニューラルネットワークだったが、10年前にディープラーニングというネットワークを何層にも重ねる方法が編み出されたことで復活。このディープラーニングは研究開発が進んでおり、コンピュータの進歩、ネットワークの高度化、大量のデータという外部要因に恵まれながら、AIブームの大きな牽引役になっている。
ゴッホのような知覚をする機械
ヤルカス氏はモバイル機器向けの人口知能を研究するチームを率いており、チームはディープニューラルネットワークをマシーンによる認知と分散学習に応用することも手がけている。Googleの画像検索が可能なのも、画像に自動で瞬時にキャプションをつけられるのも、ニューラルネットワークを活用した機械認知によるものだと指摘した。
この機械認知がGoogleに予期しないものをもたらした。Google Research Blogによると、画像に写る物が何かを特定するよう鍛えられたニューラルネットワークが、極めて少ない映像から画像を生成することをGoogleは発見したという。以下では砂嵐の画像からバナナの画像を生成した。
動物を特定するように訓練したニューラルネットワークは空の画像に多様な動物を発見した(下図)。
画像に特定のパターンを見つけるニューラルネットワークを使って、独特な世界観の画像を生成させるグーグルのプロジェクト「Inceptionism」があるという。
Googleのサイエンティスト、アーティストのマイク・タイカの作品
「ミケランジェロは岩のなかに人の像を見出した。認知とクリエイティビティの二重性に足を踏み入れた例だ」。ゴッホが空に特定の模様を見出したのと同じようにニューラルネットワークをチューニングすると、認知とクリエイティビティの境界線がなくなった画を「見出す」ようになる。ヤルカス氏は「認識と創造性は重なり合うものだ」と説明した。「アートは常に複雑で、人の器官を使い、進化を続ける文化のテクノロジーとの関係性のなかで成立する。機械による知能は芸術をより面白くできる」。
機械知能で人種差別を取り除く
ヤルカス氏はニューラルネットワークが社会形成を変える可能性に触れた。人間の思考は、認知プロセスのバイアスに大きく影響を受け、その総体が社会を形作っている可能性がある。
アフリカ系アメリカ人の顔を切り取り「不安」をもたせる画像を見せられると、人の「アフリカ系アメリカ人は悪い人だ」というバイアスが強化される。ヤルカス氏は以下の傾向を指摘している。
「人々は『自身の思考』を反映したマスメディアを創造する」⇔「人々は彼らが目にするマスメディアによってプログラムされる」。
この円環のなかで社会内のバイアスは固着し、動かしがたいものになっている。米国では北部のリベラルと南部の保守の人は異なるマスメディアに触れており「自分の思想が反映されたメディアにさらされ、思想が強化される。その思想をもとにメディアをつくる」というプロセスを繰り返している。日本の場合は二極化というよりは一極化しており、一部のプログラミングが反映されたメディアにより人がプログラムされるという構造があるかもしれない。
人間の思考、ニューラルネットワークのアルゴリズム、メディア、学習データを相互作用させることでバイアスを取り除ける可能性にふれたヤルカス氏。
その円環のなかで、人種差別、性差別が生まれたり、強化されたりしている。「ニューラルネットワークのアルゴリズムで人間の能力を拡張することで、思考からバイアスを外せるのではないか」というのがヤルカス氏の考え方だ。
Written by 吉田拓史
Main Image is courtesy of Mike Tyka