前略、安倍首相。突然ですが、「データ配当金」の法制化をお願いしたく、筆を取ることに致しました。もちろん、さまざまな観点から反対意見も噴出するでしょう。私は、政策のプロではありませんし、専門家からみれば、穴だらけかもしれません。しかし、ご検討いただければと思っています。ーー有園雄一氏による寄稿コラム。
本記事は、電通デジタル 客員エグゼクティブコンサルタント/アタラ合同会社 フェロー/zonari合同会社 代表執行役社長、有園雄一氏による寄稿コラムとなります。
前略、安倍首相。突然ですが、「データ配当金」の法制化をお願いしたく、筆を取ることに致しました。私は1990年代後半からネット業界で働きはじめ、Google Japanで営業戦略などの仕事を経験した者です。現在は、自分の会社を持ちつつ、電通グループなどから仕事をいただいています。その電通との仕事のなかで、昨年、電通総研の仕事に関わり、「人口減少とマーケティング」を研究テーマのひとつに掲げて活動しました。その電通総研の活動の結果、私なりの回答のひとつとして、日本は世界に先駆けて「データ配当金」やそれに関連する制度を法制化すべきであると考えるに至りました。今日は、安倍首相への提言として、僭越ながら、私のアイデアをお伝えしたいと思います。
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「データ配当金」という提案
「データ配当金」は、カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事(民主党)が法案を議会提案する方針だと報道されています(参考記事:「個人データ規制 米カリフォルニア州が先陣」)。この「データ配当金」は、いわゆるGAFA対策を念頭においていますが、それ以外にも、人口減少の問題、高齢化、税制、雇用、人権とプライバシー、国家安全保障などの問題に絡むものになります。
この法案の基本的な枠組みは、GAFAなどのプラットフォーマーに対し、個人情報・データを利用する際は「データ配当金」を支払うことを義務づけることです。私は、民主主義においては「人民の、人民による、人民のためのデータ」を基本理念に据えるべきだと考えています。EUのGDPR(一般データ保護規則)の背景にも同様の理念があると思っています。
報道によれば、日本でも、経済産業省や公正取引委員会、総務省合同の有識者会合「デジタル・プラットフォーマーを巡る取引環境整備に関する検討会」がGAFAに対する規制について6月までに取りまとめて、政府の成長戦略に盛り込む方針とのことです(参考記事:「『GAFA規制』6月までに取りまとめ、政府の成長戦略に」)。これは、電子商取引の取引慣行の調査やデータ独占に対する独占禁止法改正などを視野に入れていると思います。しかし、私は、政府が取り組むべき最重要課題は、「人民の、人民による、人民のためのデータ」を基本理念とし、個人情報・データの所有権を明確にして「データ配当金」関連の法整備を行うことだと考えています。
日本には世界に先駆けて「データ配当金」を必要とする理由があります。それは、まず、人口減少先進国だからです。人口減少によって、生産者も消費者も減っていきます。電通総研の活動のなかで、中央大学の和田光平教授(人口学、経済統計学)など専門家にも話を聞きましたが、人口減少を食い止めるのは短期的には難しい。そのため、外国人労働者の受け入れ、拡大に向けた出入国管理法改正など、安倍首相も対策を講じているところと思います。
人工知能も「経済主体」
人工知能やロボットは不足する生産者(労働者)を代替する、その意味で、人手不足解消に役立つと考えられています。その一方で、人間の仕事が奪われるという懸念もあります。私は昨年、電通総研の活動のなかで、Google本社の元副社長兼Google Japan元代表取締役社長の村上憲郎さんに質問しました。「人工知能やロボットは生産はするけど、消費はしないのでしょうか?」と。村上さんの答えは「電力を消費するけど、それぐらいかなぁ」とのことでした。ただ、データも消費するのだが、消費という概念で扱われていないという示唆を村上さんとの会話から得ました。生身の知能(人間)は、生産活動もするし消費活動もします。人工の知能も、知能というからには、経済のなかでは、人間と同様に扱えばいい。
つまり、「人工知能は生産もするし消費もする経済主体」のひとつと定義することによって、人口減少社会において、不足する生産者の役割と減少する消費者の役割の両方を担ってくれることになります。このアイデアは、MarkeZineに寄稿した私のコラム「Googleは情報/データを喰らう怪物だ データの世紀、AI時代における新しい経済構造」にも書いています。
人工知能はさまざまなデータを消費しますが、なかでも、個人情報・データは非常に重要です。そして、その個人情報・データを日々、生産しているのは、私たち人間です。その個人情報・データの生産活動に対して、データを消費する人工知能が対価を支払う。それが「データ配当金」の論拠になります。
もちろん、データの消費であれば、「データ消費料」や「データ使用料」としてもよいのですが、ある一定以上の売上や利益のある企業だけを対象にその収益から「配当金」を支払うという考えです。結果的に、一定以上の売上・利益がない企業や営利組織ではない大学や研究機関などの負担は免除されます。データを資産と見なし、その運用益が一定以上ある場合だけ、配当金を支払うという考えです。
「データ消費料」という義務
一方で、外資系企業のなかには、税金対策として日本法人の売上や利益を海外に移転しているケースがあります。つまり、日本に法人税をほとんど支払っていないわけですが、これは税負担の不公平を招き、ほかの日本企業に負の外部効果をもたらし、結果的に、市場の競争原理を歪めて健全な資本主義を破壊しています。
悪質な節税を行なっている多国籍企業の場合、日本法人の売上や利益から「配当金」を支払うという考え方ではなく、「データ消費料」としてすべてのユーザーに対して支払いの義務を負うことにします。これは、その多国籍企業の規模を考慮することなく、節税スキームを使っている時点で、「データ消費料」の支払い義務を負うことになると思います。
一般の生活者は、GoogleやFacebookなどを利用すればするほど、個人情報・データを人工知能に提供するという生産活動を行なっています。私たちがGoogleやFacebookを使えば使うほど、その人工知能は賢くなって生産性を高めていきます。もちろん、その見返りとして、生活者はGoogleやFacebookの便利な機能を無料で使えるという主張もありますが、メールなどの機能を無料で使えるからといって、個人情報・データを無料で使ってビジネスを行っても良いとはならない。なぜなら、個人情報・データの所有権は、個人に属するべきだからです。
2014年にノーベル経済学賞を受賞したジャン・ティロール教授は、「利用者が提供した情報と、その情報の処理や加工との間に明確な区別があるとすれば、とるべき方針ははっきりしている。情報は、提供した本人に所有権があるということだ。<中略> このように、生データの所有権は提供した本人に帰属し、処理済みデータの知的財産権は処理をした企業に帰属すると考えるのが自然だ」(『良き社会のための経済学』 ジャン・ティロール著)と書いています。
消費税収入にもインパクト
GoogleやFacebookなどが、個人データの所有権のある生活者に対価を支払う。このお金の流れは、人口知能の消費に対するお金の流れです。消費活動なので、ここには、消費税を掛けなければ不公平になります。人間の消費活動に消費税がかかるように、人工知能の消費活動にも、当然、消費税がかかります。なぜなら、人工知能は、健全な社会の一員であり、人間と同様に「生産もするし、消費もする、経済主体」のひとつと定義するからです(データ配当金の場合は、配当所得税になります)。
「ダブル・アイリッシュ、ダッチ・サンドイッチ」(参考)と呼ばれる節税スキームをGoogleなどIT大手は使っています。Google Japanに私が在籍していた頃からそうですが、このことをすべてのGoogle社員が誇らしく思っているわけではありません。本当は、ほかの日本企業と同じようにきちんと税を支払って、正当な日本社会の一員として日本の発展に貢献したいと思っている。そんなGoogle Japanの社員も多いのです。
デジタル課税など、さまざまな対策をOECDでも検討していくと報道されていますが、個人情報・データの所有権を個人に付与し、「人工知能は生産もするし、消費もする、経済主体」と位置づけ、人工知能の消費活動に消費税をかけることによって、GoogleなどIT大手も日本の税収に貢献することができます。「ダブル・アイリッシュ、ダッチ・サンドイッチ」によって、肩身の狭い思いをしているGoogle社員の気持ちを、多少なりとも、軽くしてあげてください。
エドワード・スノーデンの事件で明るみになったように、GoogleなどIT大手は、アメリカ政府の監視・諜報活動に協力していました。オリバー・ストーン監督の映画『スノーデン(Snowden)』を観た日本人も多いと思います。同盟国アメリカ政府の活動なら「何をしても許される」ということではないはずです。これは、国家安全保障上の問題であり、国民の生命・財産の保全に関わる問題だと思います。民主主義においては「人民の、人民による、人民のためのデータ」を基本理念に据え、個人情報・データの所有権を明確にし、アメリカ政府であっても日本国民の同意なしに、勝手に日本人の情報・データを利用することは許されない、違法である、としておく必要があると思います。
高齢化社会にもメリット
データの所有権は、高齢化社会の問題にも絡みます。高齢化先進国でもある日本は、年金の財源や膨張する医療費も社会的に大きな課題だと認識しています。
マイクロソフト主席研究員で経済学者でもあるグレン・ワイルの共著書『Radical Markets』(未邦訳)で、「Data Work」という概念を紹介しています。
「Data work, like “women’s work” and the cultural contributions of African Americans at one time, has been taken for granted. In the case of women, the extensive labor required to raise children and manage the home was treated as “private” behavior, motivated by altruism, that was outside the economy and hence not entitled to financial compensation or legal protections.」(参考)
データ労働は、女性の家事労働やひと昔前のアフリカ系アメリカ人の文化的な貢献のように、当然のことと考えられている。女性の場合、子育てをするとか家事をする仕事は「プライベート」な活動と扱われ、利他的な活動とみなされている。そのため、経済活動の外に置かれて、金銭的な報酬も法的な保護にも値しないとされている。
現状では経済活動の外に置かれている「Data Work」を、仕事として法的に位置付ければ、ある意味で雇用を生み出すことになります。年老いて年金生活者になったとしても、GoogleやFacebookなどを積極的に使うことによって、少ないながらも「データ配当金」や「データ消費料」を受け取ることができます。
さらに、最近では、DNA Testingなどのようにさまざまな生体情報も取得できるようになっています。この個人の生体情報を積極的に医療機関に提供し研究に活用すれば、予防医学が進歩し、個々人の生体情報に合わせて予防のアドバイスを行うことができます。健康寿命が伸び、膨張する医療費の削減にも力を発揮するはずです。その生体情報の提供でも「データ配当金」や「データ消費料」を受けることができるなら、前向きに情報提供する個人が増加し、日本の医療の発展につながります。
この問題は医療保険にも影響を与えます。遺伝子検査の結果、慢性疾患にかかる可能性が高いと判断されれば、保険会社から高い保険料を要求されるかも知れません。その逆に、健康で長寿と判断されれば有利な条件で加入できるようになりかねません。つまり、ここには、政府による規制が必要なのです。
しかし、規制改革は保険業界だけを対象にしても不十分です。「ある人の購入履歴、インターネット検索、メール、ソーシャルネットワークでのやりとり等々の情報を解析すると、健康状態や病気の症状までわかってしまうのである。ツイッター、フェイスブック、グーグルなどは、私たちの医療情報にアクセスするわけではない。が、近似的な推定ではあるが、親や祖父母が病気だったとか、こんな不摂生をしているとか、薬物に手を出したことがある、といったことは知っている」(『良き社会のための経済学』)
つまり、個人情報・データを本人の同意なしに、IT大手企業に無料で自由に使わせることは、将来的に、医療保険制度の相互扶助の原則にネガティブな影響を及ぼす可能性があり、ひいては、日本全体の医療費の問題に跳ね返ってくるかもしれないのです。
アノテーションという付加価値
もうひとつ、大事なことがあります。人工知能研究において日本は、アメリカや中国に大きく遅れをとっています。よく言われることですが、人口の多い中国は、収集できる個人データの量が多く有利であるとのことです。人口が減少していく日本は、これに対抗する手段はないのでしょうか。この対策のひとつとして、アノテーションを増やすことが挙げられます。
「Users often provide little information accompanying a photo because they expect their friends to understand the context of it. The result is that the data that Facebook receives are low-quality. Facebook tries to nudge users to provide useful labels by inducing them to write comments explaining photos or by associating emotions with them.」(『Radical Markets』)
ユーザーは説明などの情報の少ない写真をしばしば投稿する。というのは、友達はコンテクストを理解しているはずだから余計な説明は要らないと思うのだ。その結果、Facebookは質の低いデータを受け取ることになるのだが、それを回避するために、Facebookはユーザーにタグなどでラベルを付けてもらったり、その写真がどんな内容なのかを説明するコメントを書いてもらうように誘導する。
このようなラベルや説明文をアノテーションと呼びます。「機械学習アルゴリズムはタグが付いたデータを取り込むことで、パターンを認識できるようになります。そのためAI開発者は、機械学習アルゴリズムを学習させるために、タグが付いた状態のデータを用意することが必須となります。正確にタグ付けできていないデータを取り込んでも、AIは正しく学習できません。そのため、アノテーションは機械学習における、不可欠な前処理とも言えるのです」(引用記事:「AI開発でよく耳にする『アノテーション』とは?」)
「データ配当金」や「データ消費料」を法制化することによって、生活者にインセンティブを与え、アノテーションの提供に積極的に関わってもらうこともできるはずです。基本的な個人情報の提供だけではなく、趣味嗜好、生体情報などなど、さらに、投稿する写真などもすべてアノテーションの量に応じて、データ収入の多寡が変動する。そのような仕組みを用意して、日本人の情報・データは日本の大学や研究機関に優先して提供するようにする、その結果、人口は1億2000万人程度であっても、質の高いデータを使って人工知能研究を行うことができ得ると思います。つまり、日本の人工知能研究の生産性を上げる一助になると思うのです。
「情報銀行」が提案の肝
もちろん、個人情報・データは、人権やプライバシーに深く関わるものなので、個人の同意なしに、日本企業や研究機関なども使ってはならないと思います。その一方で、個人情報・データは、個人のものであるだけではなく、社会的な価値があり、公共性のあるものだと思います。したがって、個人の同意・許諾に基づいて合法的に企業や研究機関などが積極的に活用していく必要があると思います。
いま、「情報銀行」が社会的に注目されているのは、安倍首相もご存知だと思います。私は、この「情報銀行」が「人民の、人民による、人民のためのデータ」という基本理念を実現する社会機関になると考えています。
データ収入が実現した場合、たとえば、ネット広告業界の市場原理では、富裕層のデータには高値がつき、貧困層のデータには買い手が付かないなどのリスク選択が発生するかもしれません。また、一般の個人は、GoogleなどIT大手と対等に価格交渉ができるとは思えません。そのため、仲介する組織が必要になると思います。その仲介者の役割を「情報銀行」が担うことになると思います。
先ほどのグレン・ワイルの共著書『Radical Markets』のなかでは、「Data Union」という概念も紹介されています。これは、労働組合のアナロジーで使われており、IT大手に対して立場の弱い「Data Labor」(データ労働者)の権利を守る位置付けです。「情報銀行」は、「人民の、人民による、人民のためのデータ」という理念に基づき、すべての生活者のデータが不当に安く買い叩かれないように企業や研究機関などと交渉する役割を担えると思います。
文字数制限を超えてきたので、最後に、書き足りないことを列挙します。
書き足りなかったこと
この「情報銀行」には、テレビ局のように、外資規制が必要です。公共性があり日本の国益に影響する個人情報・データを扱うため、Googleなど外資企業、かつ、税金を払う意図の無い組織は不適切だからです。
また、個人情報・データの所有権を個人が有し、データ収入を受け取る権利、および、最低限のデータを共有する義務を負う、とすべきです。つまり、エストニアの電子政府のように、「国民の権利であり義務である」と定義する必要があると思います。そして、マイナンバー制度とも連携させれば、行政の効率化も促進できるはずです。
さらに、放送法を改正して、NHKも民放テレビ局もネット同時配信を義務付けるべきです。ネット同時配信には、AbemaTVのようなアプリが必要になると思いますが、そこで取得できる個人データや視聴ログデータを、ユーザーの同意に基づいてテレビ局や新聞社など日本のメディア企業が使えるようにする。そのことで、GoogleやFacebookの創造的破壊に苦しんでいる日本の健全なメディア企業に活路を提供できるはずです。ネット同時配信に必要なサーバー費用などは政府が補助すべきだと考えます。なぜなら、国益に関わる個人データを収集する窓口の役割を担うからです。
このテレビ局の話は、おそらく、もう少し詳しい説明が必要だと思います。また次の機会にでも、書きたいと思います。
EUのGDPRやGAFA規制の動き、カリフォルニア州の「データ配当金」、そして、次期大統領選候補のエリザベス・ウォーレン氏の解体論(参考記事「Elizabeth Warren Calls for Breakup of Amazon, Google, Facebook」)。
社会の状況を鑑みて、「データ配当金」などを日本政府の成長戦略のひとつに加えても、国際的にも国内的にも理解される状況だと思っています。
もちろん、さまざまな観点から反対意見も噴出するでしょう。私は、政策のプロではありませんし、専門家からみれば、穴だらけかもしれません。そのため、非常に無責任な提言になっているかもしれません。本当に心苦しいのですが、拙い提言とは思いつつも、「データ配当金」関連の法制化をご検討いただければと思っています。今日は、ここで終りにしたいと思います。何卒よろしくお願いいたします。
Written by 有園雄一
Photo by Shutterstock