MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏、ブロックストリームインフラストラクチャーテックエンジニアのラスティ・ラッセル氏、MITメディアラボ 研究員・所長リエゾンの松尾真一郎氏、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授の砂原秀樹氏、京都大学公共政策大学院教授の岩下直行氏は、暗号通貨と規制、ステークホルダー間のインセンティブ設計、ビットコイン開発の方向性をめぐって議論。
7月25、26日に東京虎ノ門で開催されたDG LAB主催「THE NEW CONTEXT CONFERRENCE 2017 TOKYO」。MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏、ブロックストリーム(Blockstream)インフラストラクチャーテックエンジニアのラスティ・ラッセル氏、MITメディアラボ 研究員・所長リエゾンの松尾真一郎氏、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授の砂原秀樹氏、京都大学公共政策大学院教授の岩下直行氏は、暗号通貨と規制、ステークホルダー間のインセンティブ設計、ビットコイン開発の方向性をめぐって議論を繰り広げた。
規制とブロックチェーン
ちょうどセッションと同じタイミングで、米国証券取引委員会(SEC)が分散型ファンド・組織である「The DAO」などがアメリカの1933年証券法ならびに1934年証券取引法に違反したかに関する調査し、「今回は罰則の適用を求める行動をとらない」としたものの、The DAOの行ったICO(イニシャルコインオファリング)で発行されたトークンは「有価証券の発行だった」と認定したことが発表された。分散型アプリケーション構築プラットフォーム「イーサリアム(Ethereum)」などで、かなり性急で将来的な不安要因になりそうなICOが多発。暗号通貨の時価総額が膨れ、飛び交う価値が拡大したことが、ステークホルダーを短期的利益を追求する傾向に向かわせていた。
このため政府がブロックチェーン領域でイノベーションの素地を守る規制を敷けるかが、人々が技術の成果を楽しめるかを大きく左右する状況だ。岩下氏は「私自身は中央銀行の立場だが、昔からいずれ紙のお金はなくなると思っていた。紙のお金がなくなったときにどういうふうに中央銀行をやればいいのかを実験していた」と語った。岩下直行氏は日銀のなかでもっともITに精通した人として知られ、1997〜2000年にはNTTとの電子マネープロジェクトを推進。京都大学に転籍した岩下氏だが、立場は法定通貨(フィアット)の発行者である日銀のものを引き継いでいる。
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伊藤譲一氏はこのセッションに先立ち、ブロックチェーンの発展をインターネットとのアナロジーで説明し「いまのブロックチェーンは1996年のインターネットほどは成熟しておらず、80年代のレベルにもかかわらず、Amazon.com(1994年〜)をつくろうとしている」と指摘した。伊藤氏は「我々は、技術について短期的な影響を高く見積もり過ぎ、長期的な影響を低く見積もりすぎる」という未来科学者ロイ・アマラ氏が提唱したアマラの法則を引用。ブロックチェーンも同様に短期期待が先に走っているが、技術的インパクトが発揮されるのは、基盤が固まった後だと指摘した。The DAOへのクラッキングの直後だった昨年も同様の見方を示している。
柔軟な規制のあり方とは?
伊藤氏と岩下氏は単に取り締まるか、合法化するかという点で議論した。砂原秀樹氏が80年代に法律上の規定がないモデムを電話回線に繋いでいたが、NTTが咎めなかったエピソードを引いて「レギュレーターの周辺にいる人々が批判から合法化の支援へと舵を切るタイミングがある。それはいつなのか」と岩下氏に尋ねた。
岩下氏は「基本的に銀行・証券は免許業種。銀行法という法律があり、銀行は銀行法に書いてあることしかできない、原則ノーで銀行法に書いてあることだけイエスという仕組み。これは世界中どこでも同じだ。たとえばビットコインなどを銀行が本来の業務で使うことはいまの銀行法ではできない」と答えた。
しかし、岩下氏は変化の波が訪れているとも語っている。「ただ我々がここ数十年のインターネットの進歩を見て、その一方で銀行があまり進歩していないことを見ると、銀行も気がつく。それは従来の銀行法とか金融商品取引法の枠のなかに閉じこもっていたのでは、銀行が淘汰される。銀行法を破っていいと言わないが、銀行法の締め付けを緩くする方向で去年も今年も銀行法の改正が行われた。金融商品取引法において、取扱をどうするかはこれからいろいろ議論がある」。
伊藤氏は「(インターネットの黎明期では)あまり自分の損得考えない人たちが一生懸命考えてやってみたら(スケーラブルなインターネットが)できちゃった。そういう意味で中央銀行はお金の真ん中にいて、基本的に自分の損得は考えてないので、とても似ている。(デジタルガレージが出資する)ブロックストリームはすごく珍しい会社で、技術者は完全に自由で何をしてもいいという、ほとんどNPOみたいな会社」と話した。
法定通貨建て価格が短期思考をあおる
暗号通貨に対しフィアット(法定通貨)建ての価格を付けているのが取引所だ。この法定通貨建ての価格が近年膨張していることが、一部のマイナーやベンチャーの短期利益思考を加速させている。取引所自体もビットコインの「ゲーム」のプレイヤーの地位を固めており、それ以外のスタートアップも独自の考えに則った「伝導」を行うため、ビットコイン周りの合意形成は次第に難しくなっている。
松尾氏は「元々のサトシ・ナカモトのペーパーを読むと取引所の存在はファーストモデルでは仮定されていない。エクスチェンジではなくてビットコインの中で、マイニングしてビットコインの通貨をみんなでやり取りするまでは記述されているが、あれが法定通貨上の金銭的価値を持つとは書いていない」と指摘する。
伊藤氏はブロックチェーンをめぐる「宗教的議論」を挙げた。「ビットコイン・ブロックチェーンが『唯一のブロックチェーン』で最後に残ると考える人と、何かのブロックチェーンが残ると考える人がいて、そこは結構宗教的。ブロックストリームはビットコイン・ブロックチェーンの教会のようなものだ。MITメディア・ラボにいる中銀出身者は『ブロックチェーンにインスパイアされたが最後は法定通貨が残る』と言う。スピーカーにはブロックストリームと同じ考えの人ばかりが座っていて、私はどちらかと言うとそちらを信じている」。
ブロックチェーンはひとつか?多数か?
伊藤氏は「あとはリナックス(Linux)のように一部のブロックチェーンが真ん中にあって、外側にいろいろなものが付いて全然違うものになるのだが、そういうイメージが強い、みんなそういう理解をしている」と語っている。
伊藤氏のこの発言は、先立ってビットコインとリナックスを比較する発表をしていた、オーストラリアでよく知られたLinux開発者のラッセル氏を踏まえたものだ。ラッセル氏が所属するブロックストリームが開発するブロックチェーンテクノロジーは、「サイドチェーン」と呼ばれる。ビットコイン・ブロックチェーンの外に「サイドチェーン」と呼ばれるレイヤー(階層)をつくり、オフチェーンでのマイクロペイメント(少額決済)に加えて、不動産登記、資産発行、スマートコントラクト(自律的に執行されるデジタル契約)などをビットコインチェーンに取り込み、この本体とサイドチェーンの行き来が滑らかに行えるようにする。
Via Blockstream
サイドチェーンに含まれる予定の機能のほとんどは、第二のブロックチェーンであるEthereumが主軸とするものであり、ビットコインチェーンをフルスタックにする野心的なビジョン。「唯一のブロックチェーン」というわけである。
伊藤氏は、ビットコインなどの暗号通貨から法定通貨を含め、岩下氏は何が残ると考えるか、と聞いた。岩下氏はビットコインが抱える価格のボラティリティ(変動性)が決済手段に不向きだと指摘し、資産の後ろ盾が通貨にはあるものだったが、サトシ・ナカモトは、資産の裏付けがないものを壮大なアプローチで実現しようとしたと答えた。
法定通貨には政府が保有する資産や徴税権、中銀が発行する通貨を(事実上)政府の負債の補填や資産の購入に利用できるなどの資産の裏付けはあるが、2008年以降先進国・EUの中銀が行った量的緩和のように無尽蔵な通貨発行をしたときには、通貨の価値を支えるものに疑問符が付くはずだ。ここにはさまざまな立場からの議論がある。
複雑化するステークホルダーの利害
松尾氏は「いまのビットコインはゲームの設計がぐちゃっとしている気がする。極めてマイナーが強いモデルだ。開発者もいれば、研究者もいる。今後エコシステムにステークホルダーが増えたら、違うゲームを組まなきゃいけない」と指摘する。伊藤氏は「ビットコインのガバナンスはマイナーはもうかるが開発者はもうからない。そこがぶっ壊れている。あまり水をかけるわけではないが、ベンチャーのなかの短期的に考えている技術者と基盤を考えている技術者の比率が前に比べて随分異なるような気がする」と語った。
(左から)MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏、ブロックストリーム(Blockstream)インフラストラクチャーテックエンジニアのラスティ・ラッセル氏、MITメディアラボ 研究員・所長リエゾンの松尾真一郎氏、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授の砂原秀樹氏、京都大学公共政策大学院教授の岩下直行氏。吉田拓史撮影。
ラスティ氏は6カ月で日本人のコア開発者がゼロから3、4人に増えたと語った。伊藤氏は「インターネットのときは結構もうど真ん中の所に日本人がちゃんと入っていた。デベロッパーもそうだ。たぶんこれから本当にコンテンツなどでいろいろな実験が行われる。法律もぎくしゃくしながら進歩していく。あまりネガティブに取らないでマラソンなんで、トーンダウンさせないでやっていきましょう」と語った。
会議が開かれた時期はビットコインの発展に関していわゆる分裂危機が起きていた。亀裂をめぐってはセキュリティ、スケール、独立性、非中央集権などの多変数間のトレードオフが盛んに議論された。同時に短期的利益と長期的利益、分散化と集権化、ビジネスと開発者の対立がかなり激しくなっていた。しかし、8月1日に不品行で知られたマイナーらが、ビットコインキャッシュという別の通貨を立ち上げ、分離したため本体から遠ざかり現在は小康状態。マイナーが好んだ開発方針をラッセル氏のようなコア開発者が退けようとしている。今後は開発者が進めるレイヤー2の開発の進捗が今後の焦点になるはずだ。
Written, photographed by 吉田拓史