Appleが発表したIDFAに関する変更を含んだプライバシーアップデートは、広告業界と同社との「複雑な関係」を推し進めている。多くの業界関係者がアップデートによってAppleが広告事業を強化し業界を無視しているとの見方を示す一方で、EUの業界団体との間で会談をおこない、譲歩する姿勢も見せている。
ここ数年のAppleと広告業界の関係をひと言で表すならば、「複雑な関係」という表現がもっとも適切かもしれない。Apple自体は、派手な広告でスマホやサービスの販売を成功に導いている優秀なマーケターとして称賛されている。多数の開発者が集い、無料アプリで賑わうApp Storeを支えているのも広告だ。
同時に、同社はシリコンバレーのなかでもプライバシーの守り手としての地位を確立している。Appleのティム・クックCEOは、サードパーティの企業同士がユーザープロファイルをつなぎ合わせて利用するオンライン広告業界の慣行を繰り返し非難してきた。
メディアエージェンシーのグループ・エム(GroupM)でビジネスインテリジェンス担当グローバルリーダーを務めるブライアン・ウィーザー氏は「Appleの広告は大局的な視点を大切にしており、Appleブランドをうまく宣伝することに余念がない」と語る。「だが同時に、業界におけるいくつかの広告販売と広告購入の慣行について拒否反応を示していることも知られている」。
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このように広告業界に対して相反する態度を表明するApple。これは6月の発表された、今秋に向けたアプリのプライバシーアップデートにおいても再び明らかになった。その後、開発者に調整の時間を与えるため、同アップデートは来年まで遅らせると発表している。
iAdの復活はあるのか
このアップデートでは、Appleが広告主向けに提供しているIDFA(Identifier For Advertising)に関する変更が含まれる。これは企業がアプリやウェブサイトにおけるユーザーの行動追跡に使える識別子で、アップデートによりすべてのアプリはIDFAの収集についてユーザーの許可を求めなければならなくなる。これによって、Facebookからニュース系パブリッシャーに至るまで、開発者はアプリの採用率が低下し、広告主に請求できるCPMが減少するのではないかと危惧しているのだ。
アップデートの延期によって業界には安堵の声が広がった。個人的にも、業界関係者から、Appleの融和的なアプローチを受けてよりオープンな対話を期待する声をよく耳にするようになった。だが、なかにはAppleが独自の大規模広告事業の構築を進めているのではないかという推測もある。
Appleによる初のモバイル広告事業だったiAdは野心的な試みとして、AT&Tやユニリーバといった大手広告主と提携する形で2010年に立ち上げられたが、あまりうまく行かず6年後に終了している。iAdに詳しい役員らは、同事業の抱えていた問題を指摘している。まず、Appleは広告主に最低使用額として100万ドル(約1億600万円)以上を要求した。競合他社が比べ物にならないほど安価にモバイル広告を提供していることを考えれば、かなり高いハードルだ。これについては利用率の低迷を受けて、後にAppleは最低額を50ドル(約5300円)にまで引き下げている。
また、クリエイティブアセットだけでなくターゲティングやレポートの詳細情報についても厳しい制限があった。 たとえば、iAdの事情通によれば、キャンペーンでターゲティンググループが500人を下回ることはなかったという。
iAdの競合他社で働いていたある広告業界役員は次のようにたとえている。「野生動物がテーマのテレビ番組が、ある猛毒を持つクモを紹介したとする。だがそのクモには牙がなく、現実にはまったくの無害だったというようなものだ」。
「影響力を認識していない」
iAdの終了以降、Appleはオンライン広告業界においてさまざまな頭痛の種となってきた。たとえば同社がSafariに搭載するインテリジェント・トラッキング・プリベンション(ITP)機能は厳しさを増している。そしてSafariのCPMは大幅に低下し、クリテオ(Criteo)などのアドテク企業は、2017年のITPのローンチ以降、収益へ即時に悪影響があるだろうと発表している。
ある匿名のアドテク役員は、「Appleには自分たちがさまざまな業界に大きな打撃を与えているという認識が不足しているのではないか」と嘆く。
Appleによる今回のプライバシーアップデートへの反対派は、「IDFAの効力が弱まれば、意図的かどうかにかかわらず、Appleの広告事業を強化する可能性が高い」と主張している。現在、AppleはApp Storeにおける検索広告と、Apple Newsのアプリ内広告を提供している。
Appleと業務をおこなったことのある業界役員3名に聞いたところ、いずれもAppleは検索広告事業を強化する方針ではないかと推測している。また、同社は「Jobs at Apple」のサイトで、説明に「広告プラットフォーム」という表現が含まれる役職を世界で41名募集している。モスクワオフィスにおけるクライアントパートナーの求人広告では、「世界中のアプリの全ダウンロード数の65%以上は、App Storeでの検索後におこなわれている。iOSの開発者にとって、検索広告はアプリ宣伝における最適解となりつつある」と記載されている。昨年の収益が460億ドル(約4.9兆円)に達したAppleのサービス事業を支えているのは、活発な開発者コミュニティだ。
とはいえiAd 2.0ができるとは考えにくい。グループ・エムのCDO(Chief Digital Officer)、ロブ・ノーマン氏は「Appleが自社での広告事業をローンチするとすれば、年間200億ドル(約2.1兆円)以上のものを目指すのではないか」と語る。「これはAmazonに近い規模の広告事業で、簡単なことではないだろう」。
対話する姿勢は歓迎すべき
Appleに広告部門の立ち上げの野心があるかは別として、少なくとも最近は広告業界との対話によりオープンな姿勢を見せるようになりつつある。
実際、同社は欧州インタラクティブ広告協議会(IAB Europe)、IABテックラボ(IAB Tech Lab)、仏インタラクティブ広告協議会(IAB France)、ニュース・メディア・ヨーロッパ(ews Media Europe)、欧州出版社協議会(European Publishers Council)をはじめとする広告メディア業界団体と9月11日に動画会議で会談をおこなった。これは、これらの団体が7月にティム・クックCEOに送ったメッセージを受けてのものだ。このメッセージは、IDFAに関するオプトインがEUの一般データ保護規則(GDPR)に準拠していないという指摘と、パブリッシャー及びモバイルマーケティング企業の収益にも悪影響を与えるとの懸念を表明している。
この対談が今になっておこなわれたのには、規制当局の動きが関係しているともいわれている。EUの独占禁止に関する規制当局は、App Storeの定める規則が同地域の競争法に違反していないか調査を実施している。6月には米国司法省および州検事らが、同様にApp Storeの規則を巡って独占禁止法違反の調査を開始するとポリティコ(Politico)が報じている。また、フォートナイトを開発したエピック・ゲームズ(Epic Games)も、アプリ内課金に対する30%の手数料を巡ってAppleとの訴訟に発展している。今の情勢下において、開発者が経済的に存続できる環境を整備することがAppleにとっても、開発者にとってもかつてないほど重要になっている。広告もその手段のひとつであることに疑いの余地はない。
Appleと会議を行う団体を代表する仏インタラクティブ広告協議会のプレジデント、ニコラス・リュール氏は「Appleが譲歩するのは初めてのことだ。Appleが話を聞こうとするのも、会議を受け入れるのも初めてのことだ」と語る。「これは歓迎すべきことであり、これから話し合いを重ねていきたい」。
LARA O’REILLY(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)