下り坂は言い過ぎかもしれないが、米国のストリーミングサービス市場は停滞……成熟期にある。ただし、この状況は別に予想外という訳ではなく、ここ数年で急速に期待と存在感と規模を高めてきた市場が相応に落ち着きを見せてきていると解 […]
下り坂は言い過ぎかもしれないが、米国のストリーミングサービス市場は停滞……成熟期にある。ただし、この状況は別に予想外という訳ではなく、ここ数年で急速に期待と存在感と規模を高めてきた市場が相応に落ち着きを見せてきていると解釈でき(米国においてはCTVも同様の傾向がある)、暗号通貨やeスポーツのように「冬」と表現されるほど縮小しているわけではない。
第2四半期の数値を見てみると、100万人以上の加入者を獲得したのは、Netflix(約590万人)とPeacock(約200万人)だけで、Disney+やParamount+といった「プラス組」は7〜80万人程度。Huluに至っては10万人となっている。かつての有料チャンネルの流れをくむ中小ストリーミングサービスに至っては軒並み加入者減となった。加入者数がすべてではないにせよ、Bloombergの報道ではNetflix、Disney+、Hulu、Paramount+の4サービス合計で、2021年第2四半期に1860万人の加入者がいたが、2022年第2四半期には940万人、2023年第2四半期にはわずか310万人だった。
数年のあいだにサブスクリプション制のストリーミングサービスは米国市場で急増し、各サービスはその月額を引き上げ続けてきた。当たり前だが視聴者の財布は有限で、どのサービスにお金を使うかをより慎重に選び始めている。
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有料ストリーミングサービスに「広告」がつくということ
値上げ合戦がユーザーの離反を招いているという負のスパイラルに直面したストリーミング各社は、「有料サービスではあるが広告を表示することで通常よりも廉価なプラン」という戦術を生み出した。有料ストリーミングサービスが広告が表示されない視聴体験の快適さを売りにすることもあったことを考えると皮肉な話ではあるが、収益と加入者の減少を抑える方法として、理にはかなっている。うまくいくかは別にして。
実際、先陣を切って広告付きプランを導入したNetflixは出だしから盛大につまずいた。65ドル(約9100円)という超高額のCPMを提示しつつ、視聴数が目標に達しなかったために広告主に返金対応を行ったのだ。その後も広告営業担当の幹部が突然退職するなど、広告付きストリーミングサービスがいかに多難なものかを競合他社にも示してきたが、1年が経ち「失敗もあったが、2年目に期待はできる」というスタンスのマーケターは多いようだ。
ポイントになるのはリーチ可能なオーディエンスの拡大だろう。Netflixは最近の値上げやパスワード共有を規制する取り組みにより、高額な無広告プランを解約する動きが見られることを公然と認めており、広告主には広告付きプランの拡大を約束している。テレビメーカーなどと広告付きプランのバンドル販売を行う動きを見せており、広告を見てくれる加入者のさらなる獲得はNetflixの急務と言っていい。結局のところ、広告市場が軟調とはいえ、ユーザー1人あたりの売上は高額な無広告プランより、安価な広告付きプランのほうが多いのだ。
Netflixのこれまでの「失敗」を踏まえ、万全の体制で広告付きプランに乗り出すのがAmazonだ。同社のプライムビデオの広告付きプランはCPM約36ドル(約5400円)で、NetflixやDisney+の40ドル台前半(6300円前後)よりは安く、HuluやPeacockの30ドル台前半(4800円前後)よりは高い、松竹梅の「竹」に収まっている。しかも、既存のプライムビデオ購読者が自動的に広告付きプランにオプトインできるようにしたことで、広告主に対し「1億1500万人を超える視聴者にリーチする可能性がある」と説明できる。NetflixにもDisneyにもできない芸当だ。
広告が入る、大規模で幅広いコンテンツを揃えた動画サービス
ただし、膨大な数のストリーミングサービスが存在する米国の場合、そもそもFAST(Free Ad-supported Streaming Television、無料の広告付きストリーミングTV)の選択肢も多い、というか多すぎる。そのため、広告主もFASTチャンネルのインベントリを個々に購入するのではなく、FASTプラットフォーム(FOXのTubiやParamountのPlutoなどがこれに該当する)から各チャンネルを購入している。
FASTインベントリのCPMは10~15ドル(約1500~2250円)で、掲載保証がない場合(同じ枠をより高額で購入する広告主がいた場合はそちらに切り替わる)は7~8ドル(約1050~1200円)まで下げられる。CPMは安いにこしたことはないという訳ではないが、広告主から見た場合、効率の面でもコストパフォーマンスの面でもFASTが桁外れに使い勝手がいいのだ。
FASTはコンテンツライブラリの幅が狭い(特定のカテゴリーに絞られている場合が多い)ため、前述のプラットフォームを通してまとめて利用したり、チャンネルバンドルで複数のチャンネルと同時に契約することが一般的だ。同様の現象は現象は有料ストリーミングサービスにも見られ、StarzとVerizonの+PlayバンドルやDisney+とHuluのバンドルなどがそうだ。StarzのCEOジェフリー・ハーシュ氏は8月9日の四半期決算発表のなかで、「バンドルの結果としてLTVが伸び、解約者率が減少することを世界中で確認している」とコメントした。大規模で幅広い番組ライブラリを提供するサービスはオーディエンスに選ばれやすいというわけだ。
しかし、広告がついていることで無料もしくは廉価で、番組の合間に広告が入り、チャンネルの選択の余地があり、大規模で幅広いコンテンツを揃えた動画サービスというものを我々はどこかで見たことがないだろうか? 随分昔からそんなサービスを視聴してきた気がするのだが。
主な数字
5000万ドル(約75億円):Amazonが広告付きプライムビデオへの出稿にあたり広告主に求めたとされる最低契約価格。1億ドルを提示された広告主もいるという。
12ドル(約1798円):Disney+とHuluのバンドルプラン(広告なし)に加入すると、それぞれの単独のプランに加入するより12ドルお得だ。
31%:アメリカの全人口に占めるFAST視聴者の数。約1億440万人で大半が有料ストリーミングサービスの解約者だという。