2017年5月、SAPは販売/マーケティング部門の400人(社員数は全世界で合計8万4000人)を、マンハッタンの最西部にある新築52階建てのオフィスタワーの最上層の5つのフロアに移した。これは、未来に向けて前向きに素早く行動する意思を顧客に示す狙いがあった。本記事ではその新オフィスの様子をご紹介する。
テック系のベテラン企業のSAPは、真新しい環境で若々しく生まれ変わろう としている。
SAPは「企業リソースプランニング」に対するソリューションや、雑多な業務処理を行うソフトウェアでその名が知られているが、世界150カ国に1万4100の銀行、5600の保険業者など、2万社近い顧客を抱えている。SAPの銀行関連の顧客は、全世界中で70兆ドル(約7700兆円)の資産とサービスを取り扱い、また14億人分もの銀行口座を管理している。
2017年5月、SAPは販売/マーケティング部門の400人(社員数は全世界で合計8万4000人)を、マンハッタンの最西部にある新築52階建てのオフィスタワーの最上層の5つのフロアに移した。これは、これまでのやり方に固執せず、未来に向けて前向きに素早く行動する意思を顧客に示す狙いがあった。IR(投資家の向け広報担当)やITサポート関連といった既存の業務部門も多少は残しているが、2018年に向けて社員数を増やすため、60の業務を新たに加えた。
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執行部はもともと本社があったタイムズスクエア(Times Square)に残し、ハドソンヤードのオフィスは52階に招かれる顧客のために機能させている。
「会社として、誰もが思いもよらないことをやっているということ、ここが我々のいま立っている場所だということを世界に示したかった」と、保険関連事業のバイスプレジデントと国際事業開拓部門のトップを兼任するトニー・トミック氏は新オフィスについて語る。「顧客には実際にここに来てもらい、ものに触れて、匂いを感じて欲しい。そうすれば、我々が想像とはまったく違った会社だということが分かるだろう」。
48階にはSAPの次世代研究所(Next Gen Lab)があり、創設45年のSAPは、そこを学生、スタートアップ、大学、研究者、アクセラレータ、ベンチャー企業やその他のイノベーションパートナーといったニューヨークの新しい才能の「マッチメーカー」として機能させようとしている。街を一望できる床から天井までの高さの大きな窓、ラウンジエリアにはブルックリン・ロースタリー・カフェ(Brooklyn Roastery cafe)、デザイナーや技術者、起業家や研究者向けの仕事場もある。そこでは、近年トレンドとなっているミートアップ(Meetup)のシーンの育成や、銀行家向けの技術系のブートキャンプの開催などを計画している。
SAPは、単に大企業への技術提供だけではなく、国際的なエコシステムの育成を手がける世界的プレイヤーとして、自身のブランディング方針を転換している。ここ数年のフィンテック関連の話題として、旧対新、つまり既存の銀行対スタートアップの議論が盛んだ(さらに、これはSAPの技術を導入している主要な企業の話だけではない。SAPは5000以上のスタートアップに言及し、そのうちの850社はSAPの技術を使って製品開発を行なっていると、トミック氏は語っている。そうしたスタートアップのうちの250社は、現在も活発に企業活動を行なっており、60社はSAPの顧客であり、約20社は「ハードコアなフィンテック系企業」だという)。銀行関連の国際事業部門のトップ、ファーク・リーカー氏は、SAPは昨今不動産への投資を行っているが、より結合力のある環境を築くことで、不動産投資に革新をもたらす狙いがある、と語る。
「銀行は、顧客との関わり方を変え、革新努力を促進する必要に迫られている」と、リーカー氏は語る。「私が育った環境では、銀行マンは顧客が来るまで待っていればよかった。顧客にとって最良のソリューションは、銀行側が提供していたのだ。しかし、新しい環境では、銀行側が顧客に歩み寄る必要があり、商品の良し悪しは顧客が判断するのだ」。
これは顧客が消費者であっても、会社であっても同じことだ。
「銀行は、商品そのものについて考えるだけでなく、顧客に選択肢を与える必要がある」と、リーカー氏は付け加えた。それはつまり、共創する隙間を与えるということだ。「銀行がそこをしっかりできれば、未来は明るい」。
SAPは、技術が金融サービスにもたらした、さまざまな新しいテーマに取り組んでいる。これまでの関係を守りながら革新を起こすことはできないこと、また、ひとりでは革新を起こすことができないことを理解している。また、革新は、規模の小さいスタートアップを食い物にしているような大企業ではなく、企業規模や評判とは関係なくスピード感のある企業で起こるものだ。
「サイロでは革新は起こらない。スタートアップや大学、そして若者の感覚をもって協働しなければならない」と、SAPの次世代研究所のトップ、アン・ローゼンバーグ氏は語り、シリコンバレーとは対照的に、ニューヨークのエネルギーには勢いがある、と頷いた。
このタワーは、200億ドル(約21兆9000万円)の予算、面積にして27エーカー(約11万平方メートル)におよぶ、ハドソンヤードの再開発計画の一部として建設された。これはロックフェラー・センター(Rockefeller Center)以来の、ニューヨーク史上最大の不動産開発事業だ。SAPはその投資額については言及しなかったが、公共不動産を取り扱うエージェンシー、コージェント・リアリティ・アドバイザーズ(Cogent Realty Advisors)によると、ハドソンヤードのオフィスエリアの家賃の相場は1平方フィート(約0.1平方メートル)あたり90ドル(約9900円)であり、SAPのオフィスの面積、14万4000平方フィート(約1万4000平方メートル)を考えると、年間の家賃は1300万ドル(約14億2000万円)に相当する。
数百万ドルもの投資をSAPがどのような手段で回収する予定なのかを聞くと、「ROI (Return On Investment: 投資対効果)は聞かないでほしい」と、リーカー氏は冗談混じりに答えた。「ポイントは3つだ。専門性-我々はここニューヨークで、金融サービス業界で必要なスキルを兼ね備えている。刺激-ニューヨークは金融エンジニアリングとソフトウェアに完全に身を委ねている。そしてエネルギーのレベル-誰もがシリコンバレーのことを口にするが、私自身としては、現在のニューヨークのエネルギーにとても興奮している」。