米国内でのトランプ大統領による禁止令とその後の買収交渉容認の報道と、TikTokをめぐる状況は目まぐるしく変化している。その状況に翻弄されているのがTikTokで飛躍的な成長を遂げたビューティー系インフルエンサーと彼らを頼みとしている新興ブランドたちだ。彼らはどのような生存戦略を立てているのか。
新型コロナウイルス感染症の大流行が米国を襲ったとき、スキンケア業界のインフルエンサーのヨン・ユー氏は厳しい現実に直面した。コロナ渦による休業のせいで、この5月に美容マーケティングの職から一時解雇されたのだ。
「これからどうしよう、どうすればいいだろう? と考えてパニックに陥った」とユー氏は打ち明ける。スキンケアに熱中するユー氏は、インスタグラムで1万人というささやかな規模のフォロワーを集めていたが、これだけのフォロワーを築くのに4年もかかり、しかも副業と呼ぶにはほど遠かった。そこでユー氏はTikTokにアカウントを開設した。同氏のユーモラスなコンテンツはTikTokに集まるZ世代オーディエンスの心の琴線に触れ、同氏の投稿動画の多くはSNSで拡散するようになった。
ユー氏はいまや84万8000人を超えるTikTokフォロワーを抱え、このプラットフォームを代表する「スキンフルエンサー」のひとりに数えられる。TikTokアプリは、多くのコンテンツクリエイターの人生をほんの数ヶ月で一変させたが、同氏もそのようなクリエイターのひとりである。ユー氏の場合、それまで10%程度だったTikTok由来のブランドパートナーシップが、いまでは「99%近く」にまで増大している。
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インフルエンサーたちは競合サービスへ
だが、7月31日にドナルド・トランプ米大統領が大統領令によって米国でのTikTokの使用を「禁止する」と発表して以来(その後、マイクロソフトによる買収交渉のために45日間の猶予期間を与えると修正したが)、TikTokエコシステム内の誰もがそれぞれに可能な選択肢を模索しはじめた。
「もしTikTokが本当に消えてしまうなら、自分は非常にまずいことになると思う」とユー氏は危惧する。その週末、ほかの多くのインフルエンサーたちがしたようにユー氏もインスタグラムやYouTubeのハンドルネームをTikTokで共有し、TikTokと競合するサービスであるトリラー(Triller)とバイト(Byte)にアカウントを開設した。
この発表に対するインフルエンサーたちの反応は、悲しみとパニックとブラックユーモアが入り交じったものだった。美容インフルエンサーのアビー・ロバーツ氏(1040万フォロワー)はTikTok禁止の可能性に触れた自身の投稿のなかで、インスタグラム、Twitter、Snapchat(スナップチャット)、トリラーのハンドルネームを共有し、さらに、MACコスメティクス(MAC Cosmetics)の玄関ドアをバンバンたたく自撮り動画を、「TikTokが禁止になったので、就活中のわたし」というテキスト付きで投稿した。ロバーツ氏のこの投稿は、さきに公開されたアディソン・レイ・イースターリング氏による同種の投稿に呼応するものだった。TikTokインフルエンサーとしてのキャリアに専念するため大学を中退していたイースターリング氏は、その大学の門扉をバンバンたたく自撮り動画を投稿していた。5370万人のTikTokフォロワーを擁する同氏は、8月3日、美容サブスクリプションサービスのイプシー(Ipsy)と連携して、新しいコスメレーベル「アイテムビューティ(Item Beauty)」を立ち上げた。
TikTokアプリの存続に大きく依存して結ばれた美容ブランドの契約はほかにもある。TikTok最多のフォロワー数を誇るインフルエンサー、チャーリー・ダメリオ氏(7600万フォロワー)は6月下旬、姉のディキシー・ダメリオ氏(3240万フォロワー)と共同で、コスメブランド、モーフィー(Morphe)のサブブランドとして、モーフィー2(Morphe 2)を立ち上げた。
トップインフルエンサー以外は「失職」か
多くのTikTokインフルエンサーたちは、すでに各自が活躍する場をほかのプラットフォームに多角化しつつあったが、彼ら彼女らを一躍有名にしたのはやはりTikTokなのだ。実際、チャーリー・ダメリオ氏はインスタグラムでも2540万人というセレブ級のフォロワー数を獲得しているが、それでもTikTokでのフォロワー数には遠くおよばない。ちなみに、同氏のYouTubeチャンネル登録者数は600万人だ。イースターリング氏の状況もさほど変わらない。インスタグラムのフォロワー数は2460万人、YouTubeのチャンネル登録者は300万人という。
トップクラスのインフルエンサーであれば、ほかのプラットフォームへの乗り換えも可能かもしれない。だが、TikTokをクライアントに数えるインフルエンサーマーケティングエージェンシーのバイラルネーション(Viral Nation)でCEOを務めるジョー・ギャグリース氏によると、「TikTokには中間層的なインフルエンサーが大勢いて、彼らはある意味、職を失うことになるだろう」という。ギャグリース氏は過去に動画共有アプリ、Vine(ヴァイン)のインフルエンサーたちをマネジメントしていた実績があり、アプリの廃止には経験がある。
「大物と呼ばれるインフルエンサーたちは、まず間違いなく『生まれながらのインフルエンサータイプ』で、コンテンツの多角化を非常にうまくやっている」とギャグリーズ氏は言う。「だがTikTokには、ほかのプラットフォームに適したコンテンツ作成に苦戦する、その他大勢のインフルエンサーたちが確実に存在する。彼らにとっては大きなハードルとなるだろう」。
TikTokの広報担当者によると、TikTokアプリの米国人ユーザーはいまや1億人を超える。さらに、同社が米DIGIDAYの姉妹メディアであるグロッシー(Glossy)に語ったところによると、同社はすでに1000人近くのスタッフを米国事業に採用し、今後さらに1万人を雇用する計画であるという。この広報担当者はさらにこう語った。「TikTokの米国ユーザーのデータは米国内に保管され、従業員のアクセスは厳重に管理されている。TikTok最大の出資者は米国の投資家だ。今後もユーザーのプライバシーと安全の保護に全力で取り組みながら、多くの家族に喜びを、そしてTikTokのクリエイターたちにはやりがいのあるキャリアを提供しつづけたい」。
「疑念」は解消されないデータの取り扱い
TikTokの親会社が中国企業のバイトダンス(ByteDance)であることに米国がこれほどの危惧を抱くのは、中国政府が中国のテクノロジー業界に対して多大な統制権を行使しているからだ。中国で活動する企業は、国内企業であれ外資系であれ、その統治構造内に中国共産党組織を設置することが法律で義務づけられている。また、中国企業が中国政府とデータを共有するリスクについての議論は、2017年に施行された中国の国家情報法に端を発しており、同法の第7条は「中国国民は国家の情報活動に協力する義務を負う」と定めている。この条項は、企業にデータの引き渡しを強制するための法的正当性として解釈されてきた。
TikTokは2019年10月に米国でのデータの取扱について声明を発し、こう言明した。「TikTokの米国ユーザーのデータはすべて米国内で保管し、バックアップデータの保存先はシンガポールだ。当社のデータセンターは完全に中国国外に置かれており、当社のデータはすべて中国の法律の適用外である」。一方、これに先だつ同年4月の声明では、「我々の目標は地域の別を問わず、データへのアクセスを最小限に抑えることだ。たとえば、中国を含むアジア太平洋地域(APAC)の従業員は、EUおよび米国のユーザーデータに必要最小限しかアクセスできないようにする」としていた。
中国政府によるデータの引き渡し要求に従わなければならないのは、中国企業だけにかぎらない。中国で活動する米国企業も、過去にデータを引き渡したことで激しい批判にさらされた例がある。2007年に米国の人権擁護団体WOHR(The World Organization for Human Rights)は、米ヤフー(Yahoo!)が中国政府に情報を提供したことで、中国人の反体制活動家が禁固刑に処せられたとして、同社を提訴した。原告側の当事者は中国人活動家3人で、うち2人は10年の禁固刑を、1人は8年の禁固刑を宣告された。
もうひとつ問題となっているのは、TikTokが収集していたとされるデータのタイプだ。7月下旬、米掲示板レディット(Reddit)へのある匿名投稿がSNSで拡散された。投稿した人物は、「TikTokに対してリバースエンジニアリングを行ったところ、TikTokが広範なユーザーデータを保存していることが分かった」と主張した。具体的には、ユーザーが自分の端末のクリップボードに保存したデータや、ユーザーがダウンロードしたほかのアプリの情報などが含まれるという。
「ユーザーがほかのアプリで入力した情報にアクセスできてしまうのは、iOSとアンドロイドのセキュリティ上の欠陥と言えなくもない」。そう語るのは美容アプリ、ミラビューティ(Mira Beauty)の共同創業者でCEOのジェイ・ハック氏だ。「問題は、TikTokとバイトダンスがその情報をどうするつもりだったのかということだ」と同氏は指摘する。Redditの投稿は匿名だが、提供されたコードはソースコードのホスティングサービスであるGitHub上で誰でも閲覧できる。「これまでのところ、この主張を打ち消す材料はなにもない。そしてセキュリティ研究者たちはこの議論に群れをなして飛びついた」。
ブランドの反応は各社各様
Z世代の消費者に直接つながるチャネルとして、TikTokマーケティングに大きく依存するブランドは増えている。インフルエンサーマーケティングエージェンシーのタクミ(Takumi)が発行した最近のホワイトペーパーによると、16歳から44歳の年齢層では、ユーザーの4分の1が「自分の友人よりも、TikTokインフルエンサーの推奨を信用する」という。また、この調査の結果を見る限り、25歳から34歳の年齢層では、ブランドコンテンツとユーザーのエンゲージメントを促す力は、YouTubeとインスタグラムよりもTikTokのほうが優れている。
Z世代向けのニキビパッチを販売するスターフェイス(Starface)は、マーケティング戦略全体をTikTokのインフルエンサーたちに大きく依存しており、このアプリの潜在的な使用禁止に関連して、いくつか投稿をおこなっている。まず「最高の思い出」という投稿では、同社のインスタグラムでのハンドルネームを共有した。ふたつめの投稿では@shreksdumpsterのユーザーネームで知られるインフルエンサーのサラ・ルーガー氏を起用し、同氏がスターフェイスのニキビパッチを着けて、「これって冗談よね???」と困惑するさまを紹介している。
TikTokが禁止されれば、「このアプリを一種の発射台として活用していたディスラプターブランドやD2Cブランドは、とりわけ大きな影響を受けるだろう」と、タクミのメアリ・キーン・ドーソンCEOは言っている。
たとえば、美容ブランドのE.l.f.ビューティ(E.l.f. Beauty)もTikTokに多額の投資をおこなっており、昨年はひとつのTikTokキャンペーンで動画再生回数50億回を達成した。CMOのコーリー・マーキソット氏はこう語る。「E.l.f.ビューティは常にデジタルディスラプターであり続けてきた。消費者の声に耳を傾け、常に彼らとともにあることが我々の経営理念だ。結果として我々は常に新しいプラットフォームに目を向け、試行錯誤と学習を重ねている。我々は消費者が今日どこにいて、明日どこに行くのかに注目している」。
対照的に、比較的新しいブランドのなかには、自分たちのソーシャル戦略におけるTikTokの価値をいまだ評価中のところもある。「TikTokはパワフルなチャネルだが、TikTokで成果を出していないブランドも多くある。このアプリが持続可能なマーケティングチャネルであるのか否か、いまだ決めかねているといった感じだ」。Z世代志向のスキンケアブランド、キンシップ(Kinship)の共同創業者でCEOのクリスティン・パウエル氏はそう語った。
「TikTokは文化的な物の見方を一変させ、ムーブメントの形成を促し、インフルエンサーの世界に新しいひらめきと創造性を吹き込んだ。TikTokが登場し急拡大するまで、この領域の消費者は疲弊しつつあった」。インフルエンサーマーケティング業界について、タクミのドーソン氏はそう評した。
買収報道で楽観視?
トランプ政権がマイクロソフトとTikTokの買収交渉に45日間の猶予期間を与えるという8月2日のニュースを受けて、TikTokに注力する企業からは、7月最終週よりも明るい見通しが聞こえてくるようになった。3日にはトランプ大統領は買収交渉の開始を承認すると発表した。
「私の見方は楽観的だ。マイクロソフトがこの買収交渉を首尾よくまとめることができれば、TikTokをまったく別のレベルに押し上げることになるだろう」と、バイラルネーションのギャグリース氏は言う。「ブランド側が認めるか認めないかは別として、問題となっているセキュリティリスクは、TikTokへの大規模な投資の妨げとなっている。マイクロソフトが所有することになれば、それはこのプラットフォームにとって非常に大きな活力となるだろう」。
「懸念の解消に弾みがつくと期待している。TikTokの経営陣は必ずや創造的な解決策を見いだすだろう」。そう語るのは、クリエイティブエージェンシーのムーバーズ+シェイカーズ(Movers + Shakers)の共同創業者で最高経営責任者のエヴァン・ホロウィッツ氏だ。「戦略プランのなかで合理的な備えを講じつつ、我々のキャンペーンを全速力で進めている」。
キンシップのパウエル氏は、直近のニュースに鑑みて、TikTokの禁止はないだろうと見ている。だがもし禁止されれば、と同氏は続ける。「このオーディエンスはとにかくソーシャルに夢中だ。次なるプラットフォームがどのようなものであろうとも、彼らは自己表現の場を必ず見いだすだろう。我々ブランドは、彼らの後を追うだけだ」。
[原文:What TikTok’s upheaval means for beauty influencers and brands]
LIZ FLORA(翻訳:英じゅんこ、編集:分島 翔平)