いまやヨーロッパが、アドテクのイノベーション発信源に:プライバシー規制にいち早く適応

欧州のアドテクセクターはこれまで、米国の影に隠れていると思われがちだった。アクセス可能な消費者市場が小さく、欧州の新興企業へのベンチャー資金の供給も少ないためだ。しかし、EUのデータ規制や、ブラウザやテックプラットフォームに広がるプライバシー管理強化の動きを背景に、この地域はイノベーションの発信源となりつつあり、取引の活発化が期待されると、専門家は述べている。

投資銀行LUMAパートナーズ(LUMA Partners)のデータをもとに米DIGIDAYが分析したところ、今年1月から6月までの期間に、欧州のアドテク企業は53の資金調達を行い、総額4億300万ドル(約427億円)を調達した。同データによれば、この期間中に20件のM&Aが実施され、取引総額は1億1200万ドル(約118億7000万円)だった。LUMAパートナーズでCEOを務めるテレンス・カワジャ氏によると、新型コロナウイルスに起因するロックダウンが行われた過去約100日のあいだ、世界的にほとんどの契約交渉が保留となったが、6月中旬には対話が再開しはじめた。

額面通りに受け取れば、今年上半期のこれらの数字は絶好調とはほど遠い。けれども専門家は、新たな取引が活発化していると指摘する。すでに7月には、ロンドンに拠点をおくデータ管理会社パーミューティブ(Permutive)がシリーズBラウンドで1850万ドル(約19億6000万円)を調達。ベルリンを拠点とする顧客情報プラットフォームのゼオタップ(Zeotap)は、シリーズCで4200万ドル(約44億5000万円)を調達した。

「私が見る限り、欧州からの取引フローは大幅に増加している」と、ベンチャーキャピタルのマスキャピタル(Math Capital)でオペレーティングパートナーを務めるエリック・フランキ氏はいう。同氏は2018年、現在メディアマス(MediaMath)のCEOを務めるジョー・ザワツキー氏とともに同社を創業した。マスキャピタルはこれまで欧州で2件の投資を行っている。ひとつは先述のゼオタップ、もうひとつはID5で、後者はロンドンに拠点をおき、パブリッシャーやアドテク企業にユーザー識別子を提供する事業を展開している。フランキ氏によると、マスキャピタルは今年後半に少なくとももう1件の欧州投資を予定している。

アドテク企業は過去10年ほど、プログラマティックとマーケティングへのデータの活用に重きを置いてきたと、フランキ氏はいう。欧州で成功した企業は初期にはいくつかあったが、主要なプログラマティック企業のほとんどは米国を拠点としていた。しかし、アドテク新時代の鍵となるのはプライバシーへの転換であると同氏は指摘し、「欧州はGDPRのおかげで先手を打てた」と述べる。

「アドテクは投資家を二極化させる」

GDPRこと、欧州一般データ保護規則は2018年に施行され、EU内で個人データを利用するグローバル企業すべてに影響を与えている。その1年前、AppleはSafariブラウザの「インテリジェント・トラッキング・プリベンション(Intelligent Tracking Prevention:ITP)機能を強化しはじめた。今年はプライバシーに関するニュースが目白押しだ。1月には米カリフォルニア州で、カリフォルニア州消費者プライバシー法(California Consumer Privacy Act:CCPA)が施行された。続いてGoogleが、ChromeでのサードバーティCookieのサポートの終了を発表。さらに今夏、Appleはユーザーがアプリを通じてオプトインしない限りサードパーティ企業によるトラッキングを許可しない方針を発表した。

「いま資金調達をしている(アドテク)企業は、いずれも長期契約、独占契約、あるいはなんらかの長期的な慣行によって、非公開データを保護している」と、M&Aコンサルタント会社リザルツ・インターナショナル(Results International)でパートナーを務めるジュリー・ラングレー氏はいう。ただし同氏は、アドテク企業のM&A市場はここ数カ月「非常に静か」だったとも述べた。

投資家のなかには、一度は焼け野原になったアドテクにまだ警戒心を抱く者もいる。とりわけ、2013年のピーク時には20億ドル(約2120億円)の評価額を記録していたロケットフュエル(Rocket Fuel)が、4年後にわずか1億2200万ドル(約129億円)でサイズミック(Sizmek)に売却され、さらに2019年に破産申請した顛末は印象深い。

「アドテクは概して多くの投資家を二極化させるトピックだ」と、パーミューティブに投資するオクトパスベンチャーズ(Octopus Ventures)でプリンシパルを務めるウィル・ギブス氏はいう。「アドテク、ゲーム、製薬は『投資してはいけない』リストの常連だ。これらの業界は不透明で、ビジネスの成功の見通しを判断するのに専門知識が必要だと考えられている」。

プライバシー特化の技術は注目の的

一方で、独自の技術や知的財産をもつプライバシーに特化したアドテクビジネスは依然として関心を集めている。

「欧州で、しかもGDPRやプライバシー規制強化の流れのなかで成功できれば、米国で成功するのは容易だろう」と、ギブス氏はいう。このような理由から、新時代のアドテク企業を欧州で創業し、米国に進出する方が、その逆よりも簡単なはずだと、同氏は述べた。

一部の欧州アドテク企業にとっては、コロナ危機でさえも、米国企業との対等な立場での競争を後押ししたといえるかもしれない。第一に、誰もが自宅にとどまりZoomコールを利用しているため、重要顧客や潜在的投資家へのアクセスが容易になったと、マスキャピタルのフランキ氏は語る。

より効率的に取引可能になっただけでなく、「新参者である欧州企業は、しばしばプライベートエクイティの後ろ盾があるか、豊富な資金力をもっており、競合他社が混乱に陥っているうちに(データベーステクノロジー分野で)市場シェアを奪取しようと狙っている」と、M&Aコンサルタント会社SIパートナーズ(SI Partners)のパートナーであるトリスタン・ライス氏は述べる。こうした企業の例として、新興広告グループのS4キャピタル(S4 Capital)やユー・アンド・ミスター・ジョーンズ(You & Mr. Jones)、プライベートエクイティの支援を受けたデジタルアド専門企業であるジェリーフィッシュ(Jellyfish)、クラウド(Croud)、ブレインラボ(Brainlabs)、コンサルタント会社のデロイト(Deloitte)やEYが挙げられると、ライス氏はいう。

世界のアドテク市場はまだ苦境にある

同時に、買収を狙う多くの企業も掘り出し物を探している。LUMAパートナーズのカワジャ氏は、「欧州では非常に興味深いアイデンティティ関連企業がいくつも頭角を現している」としつつ、全体として世界のアドテク市場はまだ苦境にあると述べた。

「私はいつも、取引が戦略的撤退なのか降伏なのかを明確に区別する」と、カワジャ氏はいう。「次の4四半期のM&A取引には、大量の降伏が並ぶだろう。それは市場が上昇しておらず下降基調である証拠だ」。同氏はさらに続けて、「それらはこれまでの報いを受けているにすぎない」と述べた。

[原文:‘A significant uptick in deal flow’: Why Europe is becoming a hotbed of ad tech innovation

LARA O’REILLY(翻訳:的場知之/ガリレオ、編集:長田真)