Snapchatはソフトウェア企業、フィットアナリティクスを買収した。1万8000近いアパレルブランドの商品をオンラインで扱い、バーチャル試着機能を提供している企業だ。今回の買収は、SnapchatのEC分野へ本格的な進出への野望を示している。AR技術を強化し、小売分野におけるプレゼンスを確立し得る技術だ。
Snapchatが、アパレル専門のバーチャルショッピング最大手を買収した。これがオンラインショッピングについてまわる返品問題への回答となるか、注目を集めている。
3月第3週、Snapchatはベルリンのソフトウェア企業、フィットアナリティクス(Fit Analytics)を買収した。エイソス(ASOS)やカルバン・クライン(Calvin Klein)をはじめ、1万8000近いブランドの商品をオンラインで扱っており、バーチャル試着機能を提供している企業だ。
今回の買収は、SnapchatのEC分野へ本格的な進出への野望を示しているといえるだろう。ピンタレスト(Pinterest)やFacebook、インスタグラム、TikTok、そして最近ではTwitterもアプリ内ショッピング機能の開発や試験運用を実施している。なかでもSnapchatは、自社でAR技術を構築することに力を入れてきた。小売分野におけるプレゼンスを確立し得る技術だ。
Advertisement
競争が激化するAR分野
規模の面で言えば、Snapchatの1日あたりのアクティブユーザー数は2億6500万人と、10億人近いインスタグラムなどと比べるまでもなく、またTikTokのように急速に成長しているわけでもない。だからこそ、オンラインショッピングで長年ブランドを悩ませてきた「返品問題」への解決策を提示し、差別化を図ろうとしている。もちろんフィットアナリティクス買収の効果はそれだけなく、ARで試着したいというユーザーのニーズにも応えることができる。
AR企業のブリッパー(Blippar)のCEO、ファイサル・ガラリア氏は「今回の買収は、Snapchatにとって理にかなった選択だ」とうなずく。「ECで新たな広告収益を生み出すことになるだろう」。同時に、ガラリア氏はFacebookやTikTokもARへの投資を増やしており、競争激化を指摘する。「それゆえ今後は、比較的小規模なAR企業の買収が進むのではないか」と予測しているという。
いまのところ、フィットアナリティクスはブランドストアのプラグインとして追加される可能性が高い。たとえば靴を買う場合、フィットアナリティクスが提供している『フィットファインダー(Fit Finder)』という機能が、それぞれのブランドと靴に合わせて適正サイズを推奨する。ブランドごとにサイズ感には多少のばらつきがあるものだが、それを補正してくれる機能だ。ユーザーの体型の写真は必要なく、身長や体重などを入力すればOKというシンプルさで、アバターを使った試着機能もある。これにより返品率は多少なりとも押し下げられると考えられており、実際フィットアナリティクスのウェブサイトでは返品率が1.2%から、ブランドによっては8%も低下したと記載されている。
SnapchatによるAR戦略
こうした機能に対するブランドの関心は高い。ウォルマートやパネラ(Panera)といった大手企業のフィルターのデザインを手掛けてきたQリアル(QReal)のゼネラルマネージャー、マイク・カドゥー氏も「AR試着に興味を持っているブランドは多い」と話す。「AR試着機能は、オンラインの返品率を大幅に押し下げるまでには至っていないものの、これからの技術として普及していくことに疑いの余地はほとんどない」。今回の買収からは、「AR試着機能を最初に提供したいというSnapchatの思惑が見て取れる」とカドゥー氏は指摘する。
2020年を通し、Snapchatはアプリ内のショッピング機能の改善を進めてきた。たとえば同年夏には、特定ユーザーに向けたのクローズドベータ版ではあるが、ブランドや小売企業向けにブランドプロファイル(Brand Profiles)というプログラムを公開した。また、ショッパブルで試着できるARフィルターも導入しており、アメリカン・イーグル(American Eagle)といった企業が実際に商品販売に活用している。
フィットアナリティクスをECでどう活用していくか、いまのところSnapchatから具体的な説明はない。買収時の声明では、「フィットアナリティクスの事業を拡大し、Snapchatと協力してショッピングプラットフォームを拡大することを目指す」とされている。
だが、Snapchatがすでに有するAR機能の強化に使われるのは明白だろう。2020年10月末にはティム・ホートンズ(Tim Hortons)と提携するなど、ここ数カ月でSnapchatは全身AR機能の試験的運用をより積極的に行うようになった。フィットアナリティクスの技術により試着フィルターの性能は向上する可能性がある。これによりユーザーの体型に合わせて、より正確に衣類の試着が行えるようになるかもしれない。
SNS企業のECへの参入が相次ぐなか、これはライバルとの差別化になり得る。TikTokやFacebookの場合、商品を買いやすいようにアプリ内で会計が可能となっている。Snapchatはそれだけでなく、シャツや靴などの試着時の様子が見られる機能を追加することで訴求力を高めようとしている。
AR技術のこれから
Snapchatは、ライバルよりもずっと長い時間をかけてARに力を入れてきた。しかしTikTokやFacebook、インスタグラムもまたAR試着の導入を進めており、従来からあるEC企業も返品率を下げる取り組みを行っている。たとえばAmazonはプライムワードローブ(Prime Wardrobe)という購入前に試着できるサービスを提供している。Shopify(ショッピファイ)も、トライナウ(TryNow)というスタートアップと提携し、ユーザーが実際に試着できる機能を導入した。トライナウは、今年3月第4週に1200万ドル(約13億ドル)という資金調達を行ったばかりだ。
業界内ではARで返品率は大きく下げられると話題になっているが、現時点ではあくまで机上の空話に過ぎない。「スマホのカメラがカスタマーの体型を正確に把握し、服がフィットするかを教えてくれる」というレベルには達していないからだ。「適切なフィット感を実現するには、深度センサーを搭載したスマホが普及するのを待つしかない。現時点で深度を検知できるスマホは非常に少ない」とブリッパーのガラリア氏は指摘する。正確なサイズ測定には、スマホがカメラと被写体の距離を認識できるようになる必要がある。
しかし、実際にAR機能を試して購入したユーザーの返品率が低いことを示す事例も存在する。これは、アパレルに限った話ではない。2020年、フォレスター(Forrester)は「ARの普及により購入が増え、かつ返品が減る」というレポートを発表した。また、さまざまなARアプリを提供しているAppleによると、ARで家具の配置をシュミレーションしたユーザーの購入率が、11倍にもなったという。また家庭用商品を扱うBuild.comも、オンラインのAR機能を利用したユーザーの返品率は20%低下したと発表している。
ガラリア氏は、「アパレル業界でも今後、AR試着機能を提供する企業は増えるだろう」と予測する。「たとえばワナキックス(Wanna Kicks)では、すでにバーチャルながら、かなりの精度で靴の試着を行えるようになっている。間違いなく、ARの波は押し寄せてきている。しかし今のところ、完璧にサイズを把握できるという状態には至っていないのも確かだ」。
[原文:How Snapchat is trying to solve customer returns]
Michael Waters(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)