Appleはプライバシー保護強化の動きを強力に推し進めている。同社のアンチトラッキング機能に関する情報のなかにはもっともらしい「仮説」が数多く出回っており、多くのマーケターを混乱させている。この件に関し、経験豊富なモバイルマーケティング担当者をも惑わせる「よくある5つの誤解」を紹介する。
Appleはプライバシー保護を強化する目的で、ユーザーのトラッキングを行う広告に制限をかける方針を新たに打ち出し、必要な機能を近く導入する予定だ。
広告運用企業にとってはルール変更への対応だけでも大変だが、Apple製デバイスのアンチトラッキング機能に関する情報のなかにはもっともらしい仮説も出回っており、多くのマーケターを混乱させている。
この件に関し、経験豊富なモバイルマーケティング担当者をも惑わせる「よくある5つの誤解」を以下にご紹介しよう。
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誤解その1:フィンガープリントは恒久的なアンチトラッキング対策である
Appleのようなハイテク企業にとって、ブラウザ・フィンガープリントはCookieに比べ対策が取りにくい。サイト運営者側は検知されずにユーザーを特定できるのに対し、Apple側では対策に必要な技術上の調整がやっかいだ。そのうえ、フィンガープリントによる個別認識の精度は、トラッキング対象がデバイスであれユーザーであれ100%ではなく、あくまで推定にすぎない。あるデバイスがある日に示した属性と同じ属性が別の日にも見られた場合、「同一のデバイスの可能性が高い」と判定される程度だ。
そんなわけでフィンガープリント技術は、高精度のトラッキングに対するAppleの監視を回避する手法として使われてきた。Appleが「サイトのユーザーが望まないのなら、フィンガープリントで個別認識をすべきでない」と主張しているにもかかわらず、今や事実上の標準となっている。実際、Appleは今年1月、フィンガープリントの使用を控えるよう警告する形で業界に呼びかけたが、全社がそれを受け入れたわけではない。
一部の企業は、フィンガープリントをめぐるAppleの方針が確定するのを待ってから、自社の対応を決める構えだ。ただし、たとえフィンガープリントによるトラッキングが見逃されるとしても、物議を醸した手法だけに、関わりを取り沙汰されたくない企業が大半を占めるだろう。実際、多くの企業がフィンガープリントの使用を避ける動きを見せている。
「サイト運営者のなかには、(フィンガープリント対応方針に関して)Appleが公表した文言の曖昧さに乗じて、抜け道となる対策を練っている企業もある」と、モバイルアプリマーケティング企業であるリフトオフ(Liftoff)の広報担当者は指摘する。「そうした対策は導入後、数カ月間は見過ごされるかもしれない。しかしAppleは状況を観察し、その結果にもとづいて規則を書き換え、iOSの修正パッチを提供したうえで、抜け道を使った企業に鉄槌を下すだろう」。
誤解その2:IDFAの利用制限でモバイル広告向けヘッダー入札が使えなくなる
AppleによりIDFAの利用が制限されるようになれば、広告入札を一元的に行うヘッダー入札(ヘッダービディング)も制約を受けるだろうという憶測が飛び交っている。広告主がターゲティング広告を打とうとする場合、IDFAが使えないなら、過去のキャンペーンパフォーマンスデータに頼るしかなく、ヘッダー入札を介した広告インプレッションの獲得もできなくなるという懸念だ。
たしかに、Appleによるモバイルトラッキング対応方針の厳格化により、広告取引が影響を受ける可能性は高いだろう。しかし、ヘッダー入札の慣行は存続するはずだ。IDFAがターゲティング広告配信の要として大半のDSPに利用されているのは事実だが、ヘッダー入札はDSPの各パートナーに広告在庫への公平なアクセスを与える仕組みとして活用できる。
「広告在庫を求める入札希望者が複数いるかぎり、入札の理由やターゲティングのツールにかかわりなく、ヘッダー入札は成り立つ」と、グラウンドトゥルース(Groundtruth)が所有する天気予報アプリのウェザーバグ(WeatherBug)で収益管理担当シニアバイスプレジデントをつとめるマイク・ブルックス氏は語る。「IDFA分析以外で独自の価値を提供するのが難しい二線級のDSPは淘汰されていくかもしれないが、パブリッシャーの収益最適化のニーズは今後もあるし、統計学的観点からみたヘッダー入札の有効性も以前と変わらない」。
誤解その3:精度の低いターゲティング広告が価格下落を招き、それに乗じた広告主が投資を増やす
IDFAなしで配信された広告はパフォーマンスが低くなり、結果として価格の下落を招くかもしれない。アプリマーケターのなかには、これをチャンスととらえる企業もある。たしかに、低コストで広告枠を獲得してインプレッション数を稼ぐという目論見は理論的には正しい。しかし現実はそれほど単純ではない。安価で配信されるその種の広告はパーソナライズされていないため、売上増につながる確率がきわめて低いと思われるからだ。
モバイル・デブ・メモ(Mobile Dev Memo)でモバイルコンサルタントとエディターを兼任するエリック・スーファート氏は自身のブログで、広告インプレッション獲得にかかる実質的なコストについて詳しく述べている。ブログによれば、「プライバシー保護強化の流れでATT(App tracking transparency:アプリトラッキング透明性)のルールが導入されると、広告ターゲティングの精度低下を招き、企業の広告投資の一部は消えてなくなる」という。
誤解その4:パブリッシャーは自社アプリを介したデータ共有にともなうリスクだけを心配していればよい
パブリッシャー各社は最近、パートナー企業の行動が自社に与える影響の大きさに気がついている。つまり、自社とパートナー間の取引とは関係のないところでパートナーが下した決定によって、リスクを負う可能性があるということだ。
Appleはアプリ開発者向け文書のなかで、「パブリッシャーは、提携パートナー企業がATTに違反する行為をした場合、パブリッシャーのアプリ内で起きた違反かどうかにかかわりなく、その責任を負う」と明確に記している。
「そうしたリスクを受けて今、業界内の協力はこれまでにないほど進んでいる。我々もパートナーとの今後の連携に向けてロードマップを大幅に修正することができた」とウェザーバグのブルックス氏は述べた。
誤解その5:広告のアトリビューションと最適化はSKADNetworkに始まりSKADNetworkに終わる
Appleの方針変更後、広告のアトリビューションと最適化の行方はどうなるか。単純に分けるとふたつの可能性があり、マーケターの選択肢はターゲティングとトラッキング規制に関するAppleの見解を受け入れるか、あるいは収益源をほかに求めるかのいずれかに落ち着きそうだ。
しかし現実には、微妙に異なる展開もありうる。広告のアトリビューションと最適化に関していえば、マーケターが当初予想していたほど多くの犠牲を払わなくてすむ「家内工業」的なソリューションが今、立ち上がろうとしているのだ。
たとえば、モバイル広告効果計測プラットフォームのアップスフライヤー(AppsFlyer)は、プライバシーに配慮したApple独自のトラッキングツールであるSKADNetworkの回避策を実装する予定だが、これはSKADNetworkから入手できるユーザーの24時間分のデータでは、そもそも広告最適化が十分にできないという事実が背景にある。アップスフライヤーのソリューションは、広告配信後24時間から72時間のあいだに取得できる、初期のエンゲージメントの兆候となるデータをマーケターに提供し、広告キャンペーンの長期的なパフォーマンスの予測を可能にする。マーケターがこれまで収集してきたデータほどの精度は得られないものの、ある程度の成果は見込めるだろう。
「広告効果測定において注目すべきツールはSKADNetworkだけではない」と、アップスフライヤーのコアプロダクト部門でバイスプレジデントをつとめるバラク・ウィトウスキーはいう。「SKADNetworkは、ほかのアトリビューションモデルと組み合わせて使うべきものだ」。
[原文:Here are 5 common Apple privacy crackdown myths, debunked for concerned marketers]
SEB JOSEPH(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)