eスポーツ界を代表するスターの離脱に、ストリーマーの動物虐待や差別的発言といった一連のスキャンダルが重なった結果、Twitchに対するゲーマーと広告主双方の見方に変化が生じている。Twitchは大勢のクリエイターからなる巨大コミュニティのサポートに苦心しているようだ。
Twitch(ツイッチ)の人気ストリーマー、Ninja(ニンジャ)は8月初旬、配信拠点をマイクロソフトが有するMixer(ミキサー)に切り替えた。TwitchはAmazonのゲーミングプラットフォームであり、Mixerはそのライバルとして見られている。こうした移籍は、高名なストリーマーとしては最初の事例だが、業界の事情通はこれが最後ではないと予測しているという。
Ninja氏がTwitchからMixerへの移行を公表してから数日間に、eスポーツの某タレントエージェントのもとには、元クライアントたちから問い合わせが山のように届いた。その内容は、Mixerだけでなく、同じくTwitchのライバルであるCaffeine(カフェイン)も相当額で他のスターの引き抜きを狙っているのではないか、というものだ。
「彼ら[Mixer]があと1~2人引き抜いて、いわば雪崩を引き起こしたとしても、驚きはしない」と、そのエージェントは語る。「Ninjaだけじゃ、無駄金になりかねない」。
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eスポーツ界を代表するスターの離脱に、ストリーマーの動物虐待や差別的発言といった一連のスキャンダルが重なった結果、Twitchに対するゲーマーと広告主双方の見方に変化が生じている。複数の現役および元Twitchストリーマーの話では、Twitchは大勢のクリエイターからなる巨大コミュニティのサポートに苦心しており、コミュニティガイドラインやサービス規約に関する不透明な部分も依然多いという。こうした問題がクリエイターだけでなく、広告主の間にも懸念や欲求不満を生んでいる。
Twitchが抱える苦悩
Twitchはたしかに、依然としてライブストリーミングオーディエンスの圧倒的シェアを誇っており、Amazon Primeとのタイアップや独自の機能/特性はストリーマーの大きな魅力となっている。だが、豊富な資金に恵まれた、強力なライバルが台頭しているのもまた事実だ。たとえばCaffeineは、共同オーナーのニュー・フォックス(New Fox)が先頃1億ドル(約106億円)の資金調達に成功しており、ハードコアゲーマーに好まれるよりシンプルかつ高速な製品をユーザーに提供している。マイクロソフトが2016年に買収したMixerはWindows 10とXboxに組み込まれており、同社による最新の四半期収益発表によると、月間アクティブユーザー数は6500万人に上る。
Twitchに対してコメントを求めたところ、次のような回答があった。「人々に共創力を提供することが弊社のミッションにほかならない。弊社はストリーマーとコミュニティが彼らの愛するゲームやトピックを通じて繋がるための力になるべく、その実現のための優れた方法をつねに探している。弊社の行動はすべてコミュニティのためにある。ガイドラインとサービス規約はコミュニティを安全に維持するためのものであり、いかなるルール違反も極めて深刻に受け止めている」。
Ninja氏の離脱とTwitchストリーマーによる騒動はいずれも、ライブストリーミングへすでに投資している広告主には、とくに影響しないものと思われる。だが、投資するか否か決めかねている者たちが、これを機にさらに及び腰になることは、十分に考えられる。
「実際に何が起きているのか、なかなか耳に入ってこないのは困りものだ」と、eスポーツとゲーミングにフォーカスするスポーツマーケティングエージェンシー、リヴォリューション(Revolution)の一部門Rev/XPのシニアディレクター、ケン・オルセン氏は語る。「それが多少なりとも、シーン発展の妨げになっている気はする」。
たび重なるスキャンダル
AmazonはTwitchを約5年前、9億7000万ドル(約1036億円)で獲得した。動画プラットフォームとしてYouTubeの規模には届かないとはいえ、Twitchは現在、エンゲージメント率の極めて高い莫大な人数のオーディエンスを抱えており、幹部らによれば、日間アクティブユーザー数は1500万人を超える。2019年の第2四半期に視聴時間減をはじめて経験したとはいえ、ストリームエレメンツ(StreamElements)の発表によると、Twitchは依然、ゲーミングスペースで視聴される全ストリーミング動画の72%以上を占めている。
また、Twitchはストリーマーがオーディエンスをマネタイズする際の利点となる多くの機能/特性も備えている。たとえば2016年にローンチしたTwitch Primeでは、Amazon Prime会員がTwitchのストリーマーのチャンネルを1つ、毎月無料でサブスクライブできるようになっており、当該ストリーマーはオーディエンスのウォレットを直接開くことなく利益を得られる。Amouranth(アモーランス)のユーザー名で活動するストリーマーで、最近Twitchでスキャンダルを起こした張本人であるケイトリン・シラグサ氏いわく、平均すると彼女のサブスクライバーの40%近く、月間収入の20%近くは、自身のチャンネルを無料でサブスクライブするTwitch Prime会員からなるという。
だが、その一方で、ライブストリーミング市場が大きく成長した(さらに、ブランドセーフティがマーケターにとっての最優先事項になった)ため、ストリーマーコミュニティにおける不品行が世間の注目を浴び、それがマーケターだけでなく、Twitchストリーマーも当惑させる事態を招いている。この1年ほど、Twitchは幾層にも重なるスキャンダルへの対応に追われている。人気女性ストリーマーへの対応を多くのTwitchユーザーが優遇的と、さらには偽善的とさえ見なし、大騒動が起きたことは記憶に新しい。8月12日、ストリーマー2名の配信活動を停止にしないとするTwitchの決断は、ニューヨーク市などいくつかの都市においてハッシュタグ#Twitchisoverparty を付けたツイートを大量に生んだ。
サポートリソースの不足
Twitchはコミュニティガイドラインを改訂し、よりシンプルにしようと努めてはいる。とはいうものの、こうした問題に嫌気が差し、すでにTwitchを離れたストリーマーもいる。「辞めたのは、とにかくいい加減だったからだよ」と、元Twitchストリーマーのエイドリアン・チャーリー氏は語る。「単にスタッフが足りないだけ、という気もするけど」。
Twitchのサポートリソースについて、エイドリアン氏と同様の見方をするユーザーは少なくない。eスポーツ界で活動するクライアントを抱える前出のエージェントは、Twitchのアカウントマネージャーからの回答が届くのに数日かかるのは当たり前で、週末を挟むと、さらに遅くなると語る。
これは、パートナーマネージャーとエンフォースメントチーム間における協議を含むやり取りにかなり時間がかかるためと、元従業員らは指摘する。
「パートナーはあくまでも従業員だからね」と、2019年初頭までTwitchのコミュニケーション部門でトップを務めたチェイス氏は、名字を公表しないという条件で明かした。「誰だって、考える前に行動するわけにはいかないだろ」。
さらなる収益と競争
ただ、欲求不満だけでは大量離脱には至らないだろう。Ninja氏のMixerにおける新生活は上々の滑り出しを見せているが――Mixer移行からわずか1週間で100万人のサブスクライバーを獲得し、噂では、サブスクライバーの会員費に加えて、マイクロソフトから年間800万ドル(約8.5億円)もの大金を得ているという――ユーザーが今後も付いていくかどうかについては何とも言えないと語るストリーマーもいる。オーディエンスの「忠誠心が特定のストリーマーに対するものなのか、プラットフォームに対するものなのかは、正直わからない」と、シラグサ氏も述べている。
だがいずれにせよ、長い目で見れば、この状況が今後、ストリーマーにさらなる収益と競争をもたらすのは間違いないだろう。「このエコシステムに関わるすべての人間にとってプラスに働くと思う」と、オルセン氏は語る
Max Willens(原文 / 訳:SI Japan)