拡張現実(AR)や仮想現実(VR)に関わる仕事に従事している広告エージェンシーの従業員らは、AppleがWeb ARやWeb VRを一変させつつあると心配している。Appleは、Web ARやWeb VRの体験を制するため、WebサイトがiPhoneやiPadの動きや向きを追跡することを困難にする構えのようだ。
拡張現実(AR)や仮想現実(VR)に関わる仕事に従事している広告エージェンシーの従業員らは、AppleがWeb ARやWeb VRを一変させつつあると心配している。
Appleは、Web ARやWeb VRの体験を制するため、WebサイトがiPhoneやiPadの動きや向きを追跡することを困難にする構えのようだ。Appleのディベロッパー向けのWebサイトに発表された文書によると、AppleのモバイルオペレーティングシステムであるiOS 12.2への次回のアップデートで設定が追加され、ユーザーがモバイルSafariブラウザを使用する際に、Webサイトがユーザーのデバイスの動きや向きの変化を追跡するためにデバイスの加速度センサやジャイロスコープにアクセスすることを防げる設定が可能になるということだ。
Appleにコメントを求めたが、回答はなかった。TwitterのプロフィールにSafariの開発に取り組んでいるAppleの従業員であると記載しているふたり(こちらとこちら)の人物のツイートが、モバイル版のSafariを介してWebサイトにアクセスした場合、WebサイトがiOSデバイスの動きや向きを追跡する前にユーザーの許可が必要になることを示唆している。
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障害となりうる手順
Appleによる変更によって、ユーザーがWeb ARやWeb VRを一切使用できなくなるわけではない。しかし、ARあるいはVRの体験を使用する場合に設定をオンにすることを必須にすることによって、それらの体験に十分な障害となりうる余計な手順を追加することになる。特にこの影響を受けるのが、AR、VR、あるいは360度動画を組み込んだ広告だ。ユーザーは、広告を見る場面であまりこの設定をオンにしようとは思わないだろう。
「少し困惑している」と、プリティ・ビッグ・モンスター(Pretty Big Monster)の技術ディレクターであるクリストファー・レプコウスキー氏は言う。同社は、ソニーピクチャーズ(Sony Pictures)をはじめとするブランド向けのWeb ARやWeb VRの開発に取り組むデジタルエージェンシーだ。
Webサイトがユーザーの位置を追跡するために、どのように許可を求めるのかが不明であるのと同様に、ユーザーがブラウザを閉じることなく、デバイスの動きや向きの追跡への許可をオンにできるような方法を、AppleがWebサイトに導入するのかどうかがはっきりしていない。
Appleは昨年明るみに出たプライバシーに関する懸念に取り組むために、iPhoneやiPadの動きや向きを追跡するWebサイトの機能を無効にしているようだ。2018年10月のワイアード(Wired)の報告によると、何千ものトップサイトがはじめにユーザーの許可を得なくてもこの情報を追跡できるということだった。
「間違いなく劇的に変わる」
VR用ヘッドセットを使用したり、モバイルアプリをダウンロードしたりしてもらうだけでARやVRを利用してもらうことができる場合なら、もっと多くのユーザーにリーチできるのだが、ユーザーにブラウザを閉じて動きや向きの検知のオンオフを切り替えてもらうようにすると、ユーザーがWeb ARやWeb VRの体験を試そうとする可能性が低くなるだけでなく、ブランドがネット上に配信するARやVRの体験へ投資する可能性も低くなる。「ARやVRの体験を利用してもらうにあたっては、萎縮効果があるだろう」と、レプコウスキー氏は言う。
Appleによる変更は、iOSデバイスの加速度センサーやジャイロスコープを使用する既存の体験に影響を及ぼす。たとえば、ハードウェアブランドのレガシーデバイスやスマートフォンのGalaxy Note 9を後押しするためにR/GAが開発し、Web型双方向体験を提供するサムスン(Samsung)の「サムスンウィジン(Samsung Within)」は、加速度センサーを使用してユーザーが夜空を観測できるようにしている。「間違いなく劇的に変わる」と、R/GAでエグゼクティブテクノロジーディレクターを務めるカイ・ティア氏は言う。ユーザーがスマートフォンを縦モードから横モードへと回転させた場合に、向きを変えるよう感応性を備えて設計されたWebサイトも影響を受ける。しかし、Webサイトを訪問した場合に、ユーザーがどの程度の頻度でスマートフォンを横向きに持つか、また、この変更によって横向きで視聴されることが動画に影響を与えるのかどうかははっきりとはわかっていない。
Appleの変更の影響を受けるであろう、そのほかのWebベースのブランド体験には、映画『スパイダーマン:スパイダーバース(Spider-Man: Into the Spider-Verse)』のためにソニーピクチャーズが開発したAR体験や、映画『ファーストマン(First Man)』のためにドリームワークス(DreamWorks)やユニバーサル・ピクチャーズ(Universal Pictures)が開発したAR体験、さらには、映画『シーラ(She-Ra)』のためにドリームワークスTVが開発したVR体験などがある。
広範な影響を及ぼす可能性
しかし、Web ARあるいはWeb VRの体験は現在、厳密にはそれほど人気が高くはない。「現在、AR体験は、Snapchat(スナップチャット)のようなプラットフォーム上で主に投入されている。こういったプラットフォームでは、固定ユーザーがすでに存在していることが主な理由だ。そのため、すでに確立されたユーザー層がそこにある」と、ティア氏は言う。ブランドはARあるいはVRの体験をリッチメディア広告に組み込み、スマートフォンの動きに合わせて広告が動くようにすることで、ユーザーの関心を惹きつけられるが、「ユーザーがそういったものに、必ずしも引き付けられているとは現時点では思わない」と、同氏は言う。
それでもなお、Appleの動きが原因となって、結局はブランドがそれらのような広告あるいはWeb ARやWeb VRの体験に引き付けられる可能性は低くなるだろう。Web VRはブランドのVRの規模に関するジレンマに対処する手助けが可能であることを考慮すると、Appleの動きはブランドのVRへの関心により広範な影響を及ぼす可能性があるだろう。
「Web ARやWeb VRの体験には導入にあたって取り組むべき大きな障害がある。それは、フォームファクターだ。消費者がモバイルデバイスに費やす時間が増えるにつれ、ゴーグルを装着することなく、没入的で会話型の体験の提供が大いなる創造性を発揮する機会をもたらす」と、チームワン(Team One)でデジタル部門のマネジメントディレクターを務めるW・ジョー・デミエロ氏は電子メールで述べた。
対応策もないわけではない
Appleの変更は、既存のARやVRの体験を劇的に変え、新しい体験に影響を及ぼす可能性があるが、対応策もある。
たとえば、ユーザーがモバイルデバイスでSafariを使用していることをWebサイトは検知でき、動きや向きの追跡許可の設定をオンにするよう促すメッセージを表示できる。あるいは、これらの体験がデスクトップPC上で行われる場合、PCには加速度センサあるいはジャイロスコープが組みこまれていない(コンピューターにはそれらのセンサがないため)ことを利用できる。そして、それをモバイルデバイスに応用し、ユーザーがiPhoneあるいはiPadを動かすのではなく、画面上で指をスワイプすることによって操作できるようにする。
「現在のところ、加速度センサに頼らないものもたくさんあるため、ユーザーに提供する体験を変更するのにそれほど労力はかからない。しかし、どのようなアップデートが実施されたとしても、テストを行い、デプロイメントのプロセス全体を見直す必要はあるだろう」と、ティア氏は語った。