App Storeの新しい広告スペースから、いつかGoogleのように収益化できるかもしれない新しい検索ツールまで、Appleは広告への関心を隠そうとはしていない。今回は、AppleのATTに焦点を当て、Appleの野心がどのように表れているかを解説する。
Appleは広告予算の奪取を狙っているのだろうか?
何かが進行しているのは確かだ。Appleの広告予算獲得計画は決して目立ったものでないわけでなく、むしろ真逆だ。App Storeの新しい広告スペースから、いつかGoogleのように収益化できるかもしれない新しい検索ツールまで、Appleは広告への関心を隠そうとはしていない。本記事では、Appleの意図がもっとも明確なプライバシー保護機能であるATT(App Tracking Transparency)に焦点を当て、Appleの野心がどのように表れているかを解説する。
それでは、実際にわかっていることを8つのポイントに分けて説明しよう:
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- Googleは自社のプラットフォームでサードパーティCookieを廃止しようとしているが、Appleはモバイル識別子を廃止しなかった。その代わり、顧客に選択を委ねているが、その意味があまり伝わっていない可能性がある。一定数以上の顧客が自分のデータを共有しないと決めた場合、お気に入りの無料アプリが利用できなくなるかもしれないことを、すべての顧客が知らされるわけではない。ATTによって失われた広告収入を補うため、広告付きの無料アプリが利用料金をユーザーに請求するようになれば、その手数料がAppleの利益になる。手数料率は小規模なアプリ開発会社向けの15%から、大規模な開発会社向けの30%の幅がある。
- AppleのATTは、アプリ所有者がデータを共有してもらうことを目的に、ユーザーにインセンティブを提供したり、アプリの機能を制限したりすることを禁止している。これに対しメディア関係者は、見返りがないのに、果たしてユーザーがオプトインしてくれるのか疑問を投げ掛けている。
- Appleは、ユーザーのお気に入りアプリに通知を表示し、ATTをオプションとして提示している。選択肢はふたつだ。オプトインすれば、アプリが自分のデータをほかの企業と共有することを認めることになり、オプトアウトすれば何も起こらない。とはいえAppleは、人々にどちらを選択してもらいたいかを隠しているわけではない。Appleはよく目立つ広告で、Appleのデバイスに追跡(トラッキング)される危険性を警告している。
- ATTはオプトアウトした人々が持つデータの使用方法について、幅広い制限を課している。あるエージェンシー幹部は匿名を条件に、以下のように述べる。「あるB2Cクライアントは、ユーザーがオプトアウトした場合、アプリ内の広告であるかどうかにかかわらず、広告のパーソナライズにそのユーザーのデータを使うことはできないと結論づけている」。つまり、オプトアウトの結果、そのユーザーはすべてのシナリオで、広告を配信するオーディエンスグループから完全に外れてしまうということだ。合法かどうかにかかわらず、App Storeから閉め出される危険を冒してまでルールを無視したいと考えるマーケターは、ほとんどいない。むしろ、マーケターはAppleのルールに従っている。
- 2021年春にATTが導入されてから、AppleはApple News、App Storeなどのアプリで、広告をパーソナライズする許可を求めてこなかった。しかし、最新のiOS 15をダウンロードした人は求められることになる。これは、Appleが皆と同じ基準を自らにも適用しているように思えるが、実情は異なる。Appleが許可を求める方法は、ATTのメッセージやほかのアプリプロバイダーと大きく異なるため、眉をひそめられる可能性がある。その違いは、基本的に言い回しの違いだ。AppleがApp StoreやApp Newsで関連性の高い広告を配信するためにユーザーデータを必要とする場合、そのユーザーは「パーソナライズド広告(Personalised Ads)」サービスのオプトインを求められる。一方、ほかのアプリ所有者は、広告ターゲティングのために「追跡」されることを望むかどうかを、ユーザーに尋ねなければならない。ただ、Appleは当然ながら、そこに大した違いはないと考えている。
- Appleのソフトウェア責任者クレイグ・フェデリギ氏は、ウォールストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal、以下WSJ)のジョアンナ・スターン氏に対し、Appleが所有するアプリ(Music、News、Arcade、Fitness、TV)は、ATTプロンプトの表示を免除されていると明言している。それは、「ユーザーが所有していないアプリ間での追跡ができないようにする」ためだという。だが、この発言について一部の広告関係者は疑問を感じている。反トラスト法に関する米上院小委員会の公聴会やエピック・ゲームズ(Epic Games)、Spotify(スポティファイ)による訴訟でアプリ開発者たちが証言しているように、Appleが製品イノベーションを強化するために使っているアプリストアインフラの一部として、これらのアプリがインサイトを収集していると考えられているのだ。広告関係者たちは、Appleは自社のアプリや広告技術を優遇していると見ている。
- 確かにそうかもしれない。考えてみてほしい。Appleの広告ターゲティングビジネスは、新たな通知でどのように見えるかはさておき、ATTの権限にはまだ含まれていない。
- AppleはATTの導入前から導入後にかけて、広告プラットフォーム担当幹部の採用を推し進めてきた。Appleの採用情報サイトで「広告(advertising)」という言葉を検索してみると、この成長中のサービスを支える人材に積極的に投資していることがわかる(本記事の原文執筆時点で193件の募集があった)。
次の展開は?
SafariブラウザからサードパーティCookieを排除し、広告プラットフォームのモバイル識別子を抑制しようと試みているAppleが、次なる標的としてIPアドレスに注目するのは意外なことではない。Appleが提供を予定しているプライベートリレー(Private Relay)では、Webトラフィックをふたつの異なるサーバーを介してリダイレクトするため、IPアドレスをフィンガープリントとして使用できなくなる。しかし実際のところ、プライベートリレーは本格的なフィンガープリントブロッカーではない。Webトラフィックとごくわずかなアプリトラフィック(暗号化されたHTTPアプリのトラフィック)しか難読化できない。Appleは自社のプラットフォームでさらに広告をコントロールできるようになる可能性があるのだ。
ハバス・メディア・グループ(Havas Media Group)の北米担当最高データ責任者マイケル・ブレグマン氏は「Appleは自社ブランドを強化するために、かなり先の未来を見据えている。Appleがハードウェアを販売できるかどうかは、消費者と信頼関係を築くことができるかどうかに懸かっている」と話す。「データを巡る彼らの動きは、この未来を見据えたものだ」。
広告主は現状を不安視している?
むしろ、ATTが登場する前の方が過激な反応があった。実際、ATT実装後、追跡に制限がないAndroidへ支出を振り向けている広告主もいるが、予想されていたほど急激な変化は起きていない。プライバシーを専門とする法律事務所チャペル・アンド・アソシエーツ(Chapell and Associates)のプレジデント、アラン・チャペル氏は、「ほとんどの広告主が、Appleによる制限を受け入れるのではないかと思う。おそらくこの難題に正面から向き合い、より『創造的』に広告と向き合うのではないだろうか」と語る。「たとえば、適切なユーザーをターゲティングするため、コンテクスチュアル広告を多用するといったことだ。Appleユーザーは、まだ広告主にとって価値ある存在であるため、こうした変化はどうしても必要になるだろう。しかも、すべての広告費をAndroidに割り当てるのも現実的ではない」。
Appleの最終目的は?
App Storeにおける広告予算の流れを調整することは、Appleにとって目的達成の手段だ。というのもGoogleやFacebookと異なり、メーカーという側面を持つAppleは、広告収益に依存していないからだ。しかし広告予算は、AppleがApp Storeに対する影響力を高めるのに役立つ。別のいい方をすれば、Appleは自社のプラットフォームで、どのアプリが人気かをほとんどコントロールできない。しかし、それらのアプリの生命線(広告収入)をコントロールできれば、それらのアプリは広告とアトリビューションの両方でAppleへの依存度を高める。
ピュブリシス(Publicis)傘下のエプシロン(Epsilon)で最高分析責任者を務めるロック・ローズ氏は、「いまやAppleの広告は、すべてのiOSユーザーにパーソナライズされた広告を配信し、キャンペーンのパフォーマンスを効果的に測定する唯一の手段であるため、広告収入に依存するアプリ開発者はAppleへの依存度を高めていくことになるだろう」と述べている。
しかし、Appleがアプリ配信の手綱を緩めざるを得なくなった場合、ATTはどうなる?
この質問を掘り下げる前に、Appleがこのような行動に出た理由を理解することが重要だ。AppleによるApp Storeの支配はエピック・ゲームズとの訴訟で争点となった。法廷闘争の結果、Appleはユーザーがアプリにどのようにな方法で支払いを行うか、その方法をコントロールできなくなった。ただ企業は、これが今後のAppleにとって何を意味するかを考える必要がある。
Appleは、絡み合うふたつの巨大な脅威に直面していると考えられる。ひとつ目が、ビジネスのやり方を変えなければならないという規制当局の圧力だ。次に、大手テクノロジー企業は、利益のためにユーザーデータを悪用しているのではないかという認識が、世間で高まっていることだ。
モバイル広告プラットフォーム、ライフストリート(LifeStreet)のCEOであるリーバイ・マトキンズ氏は「大ざっぱにいえば、Appleの戦略の肝は、たとえ短期的に犠牲を払うことになっても、積極的に小さな譲歩(App Store以外での支払いを認める)を行い、ユーザーのプライバシーを中心に置いたアイデンティティ(つまり、反Facebook)を確立するため、たゆまぬ努力を続けることにある」と説明する。たとえばAppleは、ATTにより何が変わるかを伝えるマーケティングキャンペーンでは、ほかのアプリによるデータの悪用を大げさに取り上げ、Appleを善意に満ちたデータの保護者と位置づけている。
さらに、仮にAppleが今後ほかのアプリストアを認めざるを得なくなった場合も、1)クレジットカードと個人情報を第三者に託すことをユーザーに納得させるのは難しく、2)Appleはより効果的なアプリ発見を実現できる立場になるだろう。
これは懐疑的な見方かもしれない。しかし、AppleのATT実装が、ただユーザーのプライバシーを守ることを目的にしているわけでないのは明らかだ。
「Appleにとってプライバシーは重要だと思うが、彼らは結局のところ、App Store外における広告効果を損なうことで、ユーザーを自社のエコシステムにとどめておきたいと望んでいる」とマトキンズ氏は話す。「アプリが発見される方法を構築し、人々にアプリをダウンロードしてもらうため、どのアプリにスポットライトを当てるかを方向づけられることに、彼らは現在、そして将来の価値を見いだしている。これにより、彼らは広告予算をグリップしておくことができる。またATTは、App Store以外でもAppleに利益をもたらしていることも指摘しておくべきでだろう(つまり、Facebookの収益と影響に打撃を与えることで)」。
[原文:Cheat Sheet: How Apple’s ATT is giving it more influence over ad dollars]
SEB JOSEPH(翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:村上莞)