VR(仮想現実)が素晴らしいということを否定する者はいない。VRヘッドセットを装着して、現実の世界ではたぶん行くことができないであろう時代や場所へと誘われるのは、かなり魅力的なことだ。
だが、素晴らしいからといって、必ずしも人気が出るとは限らない。VRは現在、誇大宣伝バブルのまっただ中にある。それがいつはじけるのか(あるいは、はじけるのかどうか)は、昔ながらの本物の現実のなかで明らかになりはじめた。
VR(仮想現実)が素晴らしいということを否定する者はいない。VRヘッドセットを装着して、現実の世界ではたぶん行くことができないであろう時代や場所へと誘われるのは、かなり魅力的なことだ。
だが、素晴らしいからといって、必ずしも人気が出るとは限らない。VRは現在、誇大宣伝バブルのまっただ中にある。それがいつはじけるのか(あるいは、はじけるのかどうか)は、昔ながらの本物の現実のなかで明らかになりはじめた。
ひとつ確かなことがある。それは、巨額の資金がVRを支えているということだ。Facebookは、VRヘッドセットメーカーのオキュラスVR(Oculus VR)を20億ドル(約2200億円)で買収した。同社は、家電・電子大手のサムスン(Samsung)と「Gear VR」ヘッドセットを共同開発し、2016年に独自のVRヘッドセットを発売しようとしている。
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それに、VR向けのアプリとハードウェアを開発する新興企業ジョーント(Jaunt)もある。同社はこれまでに、ディズニー(Disney)やアクセル・シュプリンガー(Axel Springer)、スカイ(Sky)のような大手メディア企業をはじめとする17の投資家から、1億ドル(約110億円)以上を調達した。
そして、フロリダ州を拠点に新たなVR技術の開発を目指す秘密主義の新興企業マジック・リープ(Magic Leap)は、Googleや電子商取引大手のアリババ・グループ(Alibaba Group)、エンターテインメント大手のワーナー・ブラザーズ(Warner Bros.)などから14億ドル(1600億円)を調達。そのほかにも例はいろいろある。
こうした企業のあいだでは、「開発すれば、求める相手が現れる」という雰囲気が大いにあり、一般消費者は自分だけのVR体験を求めてうずうずしているという思いもあるのだろう。だが、メディア関連の巨大複合企業や広告主、大手テック企業がVRを実現するにあたって、直面する課題も大きい。
参入へのハードルが高い
米国の大手エージェンシー・エプシロン(Epsilon)の最高デジタル責任者(CDO)であるトム・エドワーズ氏は、次のように述べる。「パブリッシャーやメーカーには『これが未来だ』と人々に伝えさせており、広告主はそのことで興奮している。だが、消費者の見地に立つと、業界はまだ、こうした体験を求めるべき理由を示して、その正当性を立証する必要がある」。
2016年に市販されることになる多くのVR機器が高価である事実を考えると、これは特に困難な問題だ。Facebookの「オキュラスリフト(Oculus Rift)」は予定小売価格が599ドル(日本向け9万4600円)で、ヘッドセットとコントローラーを同梱したソニーの「Playstation VR」は499ドル(日本向け4万4980円)、「HTC Vive」はそれらを上回る799ドル(日本向け11万1999円)だ。
普及にはこうした深刻な障壁があるため、GoogleやFacebook、サムスンは、もっと低価格のヘッドセットを市場に投入して、ライバルより価格面で優位に立とうとしてきた。GoogleのローエンドVRデバイス「カードボード(Cardboard)」は、価格がわずか20ドル(約2000円)である。
また、同社は、お祭りなどの大規模イベントでの無料提供や、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)と提携して100万人の同紙購読者に配布するといった大胆なマーケティングで「カードボード」を人々に届けようとしてきた。同様に、Facebookとサムスンは提携して、サムスンのスマートフォン「Galaxy S7」や「Galaxy S7 Edge」の購入者に価格100ドル(約1万円)の「Gear VR」を無料提供してきた。
こうした取り組みは、最終的に消費者の関心を煽るとしても、別の問題も生じさせる。さまざまなハードウェアメーカーやVRプラットフォームが、人々の時間と注目を獲得しようとしのぎを削る分裂状態になるというのが、その問題だ。
「技術としっかりと歩調を合わせなければ、大問題になる。Google『カードボード』の実用本位だがありふれた体験から、『オキュラスリフト』や『HTC Vive』のほかにはない優れた体験まで、多様であることを理解していない」。米エージェンシー、アーウィン・ペンランド(Erwin Penland)で広告制作技術担当シニアバイスプレジデント兼ディレクターを務めるカーティス・ローズ氏は、そう指摘する。
それでも、パブリッシャーと広告主は買い付ける
ニューヨーク・タイムズにはVR編集者がおり、これまでに7本の短編映画を公開してきた。CNNは、何らかの方法でVRに「接する」20人構成のチームがあり、2015年秋に米民主党討論会をVRでライブストリーミングして以来、12本の動画を制作したという。
USAトゥデイ・ネットワーク(USA Today Network)には、5人から成るチームがあり、92の地域系列局すべてで社員研修を行うことを検討している。同ネットワークは、2014年以降に41本のVRコンテンツを制作しており、春には、VRのウィークリーニュースシリーズを開始する予定だ。
USAトゥデイ・ネットワークの応用技術担当ディレクターであるニコ・チョールズ氏は、次のように述べている。「数カ月前まで、何千時間分ものVRコンテンツがあっても、私に言わせれば、そのうち優れたコンテンツは15~20分間分だけだった。残りは、もの珍しいコンテンツや受け狙いのコンテンツだ。頭に機器を装着したり、視聴者にスマートフォンを持たせたりするのは、負担になる。人々がそうするのは、そのなかにあるコンテンツの質がそうした負担を上回るという理由でしかない」。
広告サイドでは、エージェンシーが、VRにもっと慣れ親しむために資源を投じている。たとえば、アーウィン・ペンランドでは、10人編成のチームが時間のほとんどをVRに費やしている。大手デジタルエージェンシーのサピエントニトロ(SapientNitro)は、北米担当の最高クリエイティブ責任者のゲイリー・ケプケ氏によると、すべての部署にVRに関する専門知識を持たせようとしているところだという。
Facebookに関しては、エージェンシーに積極的に売り込んで360度動画やVRコンテンツを増やしているわけではないが、オキュラスとエージェンシーの間の話し合いを絶やさずにいると、あるエージェンシーの幹部は語る。
「バブルが将来はじけないという確信はないが、誰もが人々に関心を抱かせようと本当に努力をしている。クライアントは関心を抱いているが、過度に入れ込む前に、ヘッドセットの所有者が十分にいることを知りたいと思うだろう」と、ケプケ氏。
消費者が関心を寄せる兆しはあるが、保証はない
多くの者は、360度動画(PCやモバイル機器で視聴したりやりとりしたりできる2D動画)がVRへの入り口になるかもしれないと確信している。
1年以上前に開設されたYouTubeの360度動画チャンネルは、登録者が98万人を超えている。YouTubeは、このチャンネルの総ビュー数を明らかにしていないが、週間ビュー数が70万回に達するBBCニュースの「ラージハドロンコライダーに踏み入れてみた(原題:Step Inside the Large Hadron Collider)」や、月間ビュー数が200万回近い米航空宇宙局(NASA)の「ナミブ砂丘の火星探査車キュリオシティ(原題:Curiosity Mars Rover at Namib Dune)」など、非常にパフォーマンスの良い動画もある。パリ同時多発テロを追悼する意味で制作されたこの動画など、CNNのいくつかの360度動画は、Facebookでのビュー数が100万回を上回っている。
ニューヨーク・タイムズのVRアプリは、ダウンロード数が50万件を超え、ビュー数が150万回を上回っている。公開して以来、総ビュー数の75%が「カードボード」モードだった、と同社は述べている。
CNN VR担当エグゼクティブ・プロデューサーのジェイソン・ファーカス氏は、次のように述べている。「携帯電話は、VRにとって重要な配信プラットフォームになりつつある。『オキュラスリフト』と『HTC Vive』は、まったく異なる質の高いプラットフォームだ。消費者がこういったハードウェアを受け入れるまでにどれくらい時間が掛かるのかわからない――おそらく、けっして受け入れないだろう」。
サムスンの「Gear VR」は、「カードボード」のようなローエンド端末と、将来登場するハイエンドのヘッドセットの中間に位置し、消費者がもっと高品質なVRコンテンツにアップグレードする際に中心的な役割を果たす可能性がある。Facebookによると、2015年11月の発売以来、「Gear VR」で100万時間分を超える動画が視聴されたという。2015年秋の民主党大統領候補者討論会の模様を流したCNNのライブストリーミングは、「Gear VR」の初期のベータ版ユーザーが視聴でき、100カ国以上で視聴された、と同社は述べている。
ニューヨーク・タイムズの共同編集者であるサム・ドルニック氏は、「Facebookは20億ドル(約2180億円)を投資し、Googleは大々的に参入している。さらに、AppleのVRに関する動きについても、いろいろな噂が流れている。これらの企業はいずれも賢明で、メディアが向かう方向を形作る力があるのだ。こうした状況を目のあたりにして、無視することはできない」と語っている。
つまり、パブリッシャーと広告主は、より多くのVRコンテンツを世に送り出し続け、テック企業はそうしたコンテンツを配信するためのプラットフォームや機器をさらに提供するということだ。開発すれば求める相手が現れるという考えに、誰もがとらわれている。
Sahil Patel(原文 / 訳:ガリレオ)
Image via Thinkstock / Getty Images