あらゆる形態・規模の企業が、いまや列をなして「メタバース専門家」の獲得に乗り出している。この言葉は世間一般にも徐々に浸透しつつあるなか、多くの企業が取り残されることへの恐怖に襲われ、メタバースの専門家に助けを求めようとしているが、問題がひとつある。果たしてその専門家が本物なのか否か、どう見分けるのかという点だ。
メタバースの専門家が必要? それなら、列に並んで順番待ちを。
実際、あらゆる形態・規模の企業が、いまや列をなして「メタバース専門家」の獲得に乗り出している。FacebookのCEOマーク・ザッカーバーグ氏が今年、同社の未来は「メタバース」にあると発表して以来、その言葉は世間一般にも徐々に浸透してきている。ワンダーマン・トンプソン(Wunderman Thompson)が9月に発表したレポート「イントゥ・ザ・メタバース(Into the Metaverse)」によれば、消費者の大半(81%)が、いまやブランドのバーチャルプレゼンスを実店舗と同じぐらい重要であると考えるようになっており、デジタル商品に1000ドル(約11万円)単位で出費してもかまわないと思っているという。
そしていま、多くの企業がFOMO(Fear of Missing Out:取り残されることへの恐れ)に襲われ、自分たちもそうすべきかどうかで迷っている。11月に行われたFacebookからメタ(Meta)へのリブランディングにより、答えを得なければという彼らのプレッシャーはいっそう高まった。ブランドがメタバースの専門家に助けを求めるのも当然だろう。データアナリティクス企業のグローバルデータ(GlobalData)によれば、メタバース関連の10月の有効求人数は、9月の250人から増えて、270人超だったという。
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アドテクベンダーもメタバース人材探しに奔走
ブランドや「ハリー・ポッター(Harry Potter)」「リック・アンド・モーティ(Rick and Morty)」などのIPのためのバーチャルスペースプロデュースを手掛けているデジタル体験プロダクション企業、アクティブ・セオリー(Active Theory)でマネージングディレクターを務めるニック・マウントフォード氏は、次にように語る。「コロナ禍が始まるや、バーチャルワールドの構築が本格的に勢いを増すようになり、今年に入ってからもその勢いはとどまることを知らない。(メタへのリブランドは)どの企業も参入をめざしていることを示す一例にすぎない」。
ナイキ(Nike)はバーチャルフットウェアを制作できるデザイナーを求めている。ロブロックス(Roblox)はブランデッドバーチャルスペースのアイデアを広告主に売り込めるマーケターを探している。メタバースの意味を理解していることを採用責任者にわかってもらえれば、それが高い報酬につながるだろう。
アドテクベンダーでさえ、こうした人材探しに全力を尽くしている。たとえば、アドミックス(Admix)がそうだ。同社には現在、プロダクト開発やコマーシャルパートナーシップなど、8つのポジションに空きがある。たとえ彼らを雇えば高額なサラリーを支払わなければならなくなるとしても、そんなことで諦めるアドミックスではない。それどころか、むしろそれを望んでいる節さえある。結局のところ、適材の獲得に成功すれば、広告でメタバースをマネタイズする第一波の一角に食い込めるかもしれないのだ。少なくとも、CEOのサム・ヒューバー氏はそう確信している。
「現在、これらのポジションに適した人材を探しているが、ポイントは、本人がインターネットの黎明期に苦い経験を積んでいるかどうかだ」と、ヒューバー氏は語る。同氏は、バーチャル環境のビューアビリティ(可視性)に関する見通しを引き合いに出して、自身の主張を説明した。「そこに改良を加えて短期的にCPMを上げる方法を時間をかけて考えるのもいいが、本当の問題は、ビューアビリティがそもそもここで注目を集めるために適した測定基準なのかどうかということだ。我々が必要としているのは、このように物事を考えるクリエイティブな人材だ。そのような人材なら、環境が変わっても常に順応できる」。
理解している側としていない側の溝
しかし、歳月を費やして新しいタイプのコミュニティを築き、さまざまなビデオゲームのエンゲージメントシステムを開発してきた「クリエイティブ」な人材がいるかと思えば、事実に対して(悪い意味で)「クリエイティブ」な人材もおり、両者の区別は容易ではない。コンセプトとしてのメタバースはまだ始まったばかりであり、誰が何をやろうと、それらしく見えてしまう。したがって、メタバースの専門家を雇うことがまずい考えである場合もあることは、想像に難くない。彼らの多くは知的で、道徳的で、メタバースに精通している。だが、一部には、百戦錬磨の詐欺師も舌を巻くほどの主張を展開している者たちがいることも確かだ。
暗号通貨を扱うパブリッシャーのディクリプト(Decrypt)で発行人およびCROを務めるアラナ・ロアジ=ラフォーレ氏は、次のように語る。「この世界のことを理解している人々と、自称専門家のあいだには、大きな溝があることは明らかだ。自称専門家はこの世界に入ってくるや、独自のプラットフォームやメッセージを駆使して、無意識のうちにこの分野を(門外漢には)わかりにくいものにし、自分たちに都合のいいプランを押し進めてきた」。
もちろん、メタバースのことをわかっている人々はいる。少なくとも、このような漠然としたコンセプトについて、理路整然と自分の意見を言えるだけの知識を持っている人々も。しかし、こうした人材を見つけるのは、口でいうほどたやすくない。ネット検索すれば、必要条件を満たしていると思しき人材が多数見つかる。正真正銘の本物もなかにはいるが、そうでない者もいる。メタバース界隈におけるトラブルの少なくとも一端は、自称専門家によって引き起こされている。
これは、何か大きなトレンドが始まるたびに起こる現象のようだ。近いところでは、2017年の一般データ保護規則(General Data Protection Regulation:GDPR)がそうだった。ロブロックスベースのデジタルプロダクション企業、スーパーソーシャル(Supersocial)でCEOを務めるヨナタン・ラズ=フリッドマン氏は、次のように語る。「私が思い出すのは、インターネットの黎明期だ。どこを見てもインターネット一色で、誰もが自称『インターネット企業』だった」。
問題のひとつは、資格に関するあいまいな基準だ。新進気鋭で野心に溢れたのエグゼクティブがその地位を手にすることができるメタバース系一流広告代理店などなく、公式の資格もない。もちろん、いずれはそうなるだろうが、いまのところは、人材のよりわけに使ってきた頼みの綱の検索フィルターオプションなしで何とかせざるを得ないのが現状だ。
「スノウ・クラッシュ」を読んだことはあるか?
実のところ、メタバースがトレンドの仲間入りを果たす前から、驚くほどの数のブランドがすでに、自社のプロダクトやサービスをバーチャルスペースに移す作業の渦中にいた。たとえば、アイウェアブランドのワービー・パーカー(Warby Parker)も、そんななかの1社だ。同社は以前から、店舗への距離やコロナ禍などの理由で実店舗に足を運べない顧客たちのために、バーチャル試着のサービスを提供している。こうした実用的なバーチャル体験は、メタバースを念頭に置いて開発されたわけではないかもしれない。
だがそれらは、デジタルコンサートやVRスポーツに勝るとも劣らないほどメタバース的なものだ。アクティブ・セオリーでインタラクティブディレクターを務めるマイケル・アンソニー氏は、次のように語る。「最近までなら、メタバースという概念をよく理解した人たちでさえ、自分の仕事をメタバースと呼ぶようなことはなかっただろう」。
こうした企業を見つけるには、マーケターが覚えておくべきベストプラクティスがいくつかある。まず行うべきは、メタバース関連のプロダクトやサービスを売り込んでくる営業担当者のバックグラウンドチェックだ。たとえば、彼らが手掛けるメタバース関連のプロジェクトで失敗し続けているものはないか、といったようなことになる。目を光らせるべき点の2つ目は、彼らが「スノウ・クラッシュ」を読んでいるかどうかだ。「メタバース」という言葉を生んだこのSF小説を読んでいれば、その意味に対するバランスの取れた見方が身についているはずだ。3つ目は「お金」だ。俗にいうメタバースの専門家が法外なコンサル料金を吹っかけてきたら、そのときは考え直したほうがいいだろう。
メタバースとの関わりを深めていきたいと考えているブランドは、そのメタバースの定義が、予想されるメタバースの今後のかたちと合致する企業との提携にも努めたほうがいいと、メタバースプラットフォームのトピア(Topia)でCEOを務めるダニエル・リーベスキンド氏は話す。リーベスキンド氏の見解の中心にあるのは、「オープン」プラットフォーム(つまり、ユーザーがアイデンティティや創作物を、あるプラットフォームから別のプラットフォームへと自由に移動できるプラットフォーム)と相互接続されたさまざまなスペースのひとつになることではなく、メタバースになることを目指して競っている「クローズド」プラットフォームの違いだ。いいかえれば、オープンプラットフォームは相互運用可能であり、相互運用に取り組んでいないプラットフォームが露呈しているのは、メタバースの未来に対する根本的な誤解である。
「これは避けられないのではないか。これにあらがい、『違う。我々が目指しているのは、情報やデータ、プロフィール、アセットなど、すべてを我々のクローズドガーデンのなかにとどめておくことだ』と叫びたければ、叫べばいい」と、リーベスキンド氏は語る。「だが、今後数十年のうちに、ウォールドガーデンはオープンガーデンに太刀打ちできなくなると、私は思っている。オープンシステムのほうがクリエイターには望ましい。クリエイターから物を買う消費者にも望ましいからだ」。
ペテン師には要注意
大半の人には目新しいかもしれないが、メタバースのコンセプト自体は1992年から存在している。テクノロジーおよびゲームセクターに属する一部の人々は、何十年も前からメタバースに目を向けてきた。最初は夢想的が、次いでセカンド・ライフ(Second Life)などの初期メタバースプラットフォームを探検するニッチに目がないオタクたちが、このバーチャルワールドの到来を心待ちにしてきた。
そしていま、メタバースはメインストリームとなり、準備万端の多数の専門家が、その構築の開始をやる気満々で待ち構えている。豊富なメタバースの知識が、収穫の時期を迎えている。だがくれぐれも、メタバースに興味がある企業は、ペテン師を避けて、正真正銘の専門家とコラボレーションすることを心がけてもらいたい。
[原文:As hiring in the metaverse ramps up, experts caution against working with snake oil salesmen]
ALEXANDER LEE & SEB JOSEPH(翻訳:ガリレオ、編集:分島翔平)