ここに来て、再びアドテクの勢いが増している。広告業界において悪評もついてまわるアドテクだが、コロナ禍で打撃を受けるどころか、オンライン広告の増加による好景気に沸いている。しかし、この好調が持続できるかどうかは不透明だ。コロナ収束やサードパーティーCookieの終焉など、アドテクの未来に確実な要素はあまりない。
ここに来て、再びアドテクの勢いが増している。広告業界において悪評もついてまわるアドテクだが、コロナ禍で打撃を受けるどころか、オンライン広告の増加による好景気に沸いている。
たとえばアドテク業界における大手上場企業を見てみよう。2020年12月末の時点で、ザ・トレード・デスク(The Trade Desk、以下TDD)の株価は前年比で3倍にまで高騰。マグナイト(Magnite)もまた、同期間で株価がほぼ2倍に跳ね上がっている。世界経済が大打撃を受けているなか、広告業界において、これほど大きなプラスとなっている分野は見当たらないと言っていいだろう。
アドテク業界の主要なステークホルダーはこの先、関係者や投資家に向けて、この過去にない好調が持続可能であり、かつ本物であることを示していく必要がある。
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空前の好調に湧く業界
表面的には、アドテクに十分なチャンスがあると考えられる理由もいくつか存在する。
わかりやすい例を挙げるならば、オンラインで買われる広告、そしてアドテクを利用する広告の数が増えていることだ。これはTDDの時価総額が2019年の2倍にあたる286億ドル(約2兆9500億円)に達したことからも見て取れる。この額は、世界最大の広告ホールディンググループであるオムニコム(Omnicom)とWPPを合わせた数字よりも大きい。コロナ禍によって、アドテクは以前から注目を集めていたコネクテッドTVやEC、音声広告といった分野において、さらに好調となっている。銀行も強気な判断をし、たとえばカリフォルニア州のイーストウェストバンク(East West Bank)は、キャッシュフローについて懸念の声も上がっているプログラマティック市場への融資拡大に踏み切っている。
デジタルメディア企業をクライアントに抱えるファクタリング企業のオーレックス(OAREX)は、ヘッジファンドのアリーナ(Arena)との5000万ドル(約52億円)規模の契約を更新し、加えてイーストウェストバンクから別途5000万ドル(約52億円)の融資を取り付けた。同社のCEO、ハンナ・カシス氏は「これまでアドテク業界への融資はもっともリスキーと考えられてきた。それが、こうして銀行が積極的になっているというのは、いかにアドテクが好調かを示している」と語る。
多くのアドテク企業、とりわけコロナ禍の直撃を受けた企業では、先行きの不透明さから資金調達が急激に難しくなっている。しかし、金融機関以外の新たなアプローチとして、グローバルなサプライサイドプラットフォーム(SSP)のパブマティック(PubMatic)は、2020年末にIPOで1億1800万ドル(約121億円)の資金調達に成功した。イスラエルを拠点とするアイアンソース(IronSource)および小規模な広告技術ベンダーのアクイティアズ(AcuityAds)もまた、2021年後半にIPOを計画している。
業界には追い風が吹いているが
ベンチャーキャピタルファンドであるマスキャピタル(Math Capital)の経営パートナー、エリック・フランキ氏は「最近ではIPOが盛んになっており、成功例が成功例を生み、IPOを達成しやすい土壌に変わりつつある」と語る。「さらには、M&Aにも大きな影響を及ぼすだろう。上場企業がその大量に保有する既存の流通銘柄を売却して、アドテク企業のM&Aの資金に充てるべく動く可能性が十分にある」。
IPOやM&A、爆発的な成長。今の好調なアドテク業界は、2013年頃を彷彿とさせる。 当時のアドテク市場は誰もが先を争って事業化を進め、まるでアメリカ開拓時代のような空気をまとっていた。ルールや制約がほとんど存在しなかったことが大きな理由だ。あるのは「可能か否か」。そして「費用対効果に優れているか」だけだった。やがて、この慣行が不健全と考えられるようになり、抜け道を塞ぐための規制が配され、抑制と均衡が図られるようになった。
欧州インタラクティブ広告協議会(IAB Europe)のチーフエコノミスト、ダニエル・クナップ氏は「アドテクによる初期のIPOは前例がなかったことから、投資家は良し悪しを判断するのが非常に難しかった」と語る。「当時はプログラマティック広告の登場から日が浅かったこともあり、各企業が基本的に小規模だった。しかし現在では優れた収益モデルの企業が増え、投資家にとって魅力的な市場となっている」。
今、アドテクベンダーにとって追い風が吹いていることに疑いの余地はない。だが同時に、現実的な視点を忘れてはならない。
たしかに2020年にアドテクは大きく成長した。しかし、その背景として「ステイホーム」という環境による恩恵が大きかったことは重要なポイントだ。たとえば、アドテクベンダーのトリプルリフト(TripleLift)は、9年かけてマーケットプレイスにおける10億ドル(約1030億円)の広告収入を達成したが、そのうちの半分にあたる5億ドル(約515億円)は2020年のみで上げたものだ。つまり、人々が以前のように外出するようになり、旅行やライブイベントへの参加など、2020年にはできなかったことができる環境に変われば、恩恵を受けるアドテク企業も多いかもしれないが、業界全体としてプラスになるとは限らないのだ。
持続性は不透明
実際、今が最高潮のアドテク企業も少なくないのではないか。アドテク企業のインフォリンクス(Infolinks)のCEO、ボブ・レギュラー氏は「予想に反して過熱が続く米国の株式市場や追加の景気対策から、今後も半年から1年程度は好調を維持できるのではないかという見解が、業界内では一般化しつつある」と語る。「アドテク企業が市場から資金調達をするには今がその最後のチャンスといってもいいだろう」。
アドテクが健全性を維持できるかは、自ら制御しえないマクロ経済によるところも大きい。だが、いずれ本質的な価値が問われることになる。そのときに訪れるであろう危機に備えて、信頼性の高い計画を有しているかが焦点となるはずだ。
結局のところ、アドテクが不安定であることは変わらない。大手企業の時価総額も、業界の未来を見据えた確実で健全な計画があるというより、推測と投機による部分が大きいことに疑いの余地はない。たとえば、多くのアドテク企業がターゲティングデータの主要ソースとしているサードパーティCookieも来年中になくなる見通しとなっている。
多くの関係者が、アドテク業界が正しい方向に進んでいるとしても、これをバブルととらえるのは時期尚早だと警鐘を鳴らしている。M&Aのコンサルティングをおこなうジョイントベンチャー、ウェイポイントパートナーズ&VOGL(Waypoint Partners & VOGL)でディレクターを務めるアビド・ジャンモハメド氏は次のように指摘している。「株式市場からは、上場するアドテク企業にとってプラスとなる兆候も見て取れる。だが、確実なものとできるかはこれから次第だ」。
[原文:As ad tech surges, challenges remain — and not just from the coronavirus pandemic]
SEB JOSEPH(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)