Netflixやニューヨーク・タイムズ(The New York Times)のような巨大メディアは、今回Appleが発表した新しいサブスクリプション商品と提携していない。自社でデータを管理した方が旨味があるからだ。だが、そうではない多数の企業にとって、Appleの新しいサービスは抗いがたい魅力を放っている。
今回Appleが発表した新しいサブスクリプション商品について理解するには、参加していない企業を見るほうが手っ取り早い。
Appleは3月25日、話題となっていた複数のメディア商品に関する詳細をついに明らかにした。総額10億ドル(約1100億円)規模のオリジナル映画やテレビ番組をコンテンツに擁する(サブスクリプションの)ストリーミングTVアプリの改装版や、ショウタイム(Showtime)やスターズ(Starz)などのケーブルテレビ局のサブスクリプションサービス、ビルボード(Billboard)やナショナル・ジオグラフィック(National Geographic)、ニューヨーカー(The New Yorker)といった雑誌や報道機関の文章コンテンツをまとめたサブスクリプションサービスなどだ。
Appleの役員によると、新しいTVアプリでは全体で「数百に及ぶ」チャンネルが、サブスクリプションサービスのApple News+では300以上の雑誌やウォールストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal)、ロサンゼルス・タイムス(Los Angeles Times)などの主要報道機関のコンテンツが利用可能だ。
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一方、Appleのテレビやニュースで提携していないメディアとして有名所なのがNetflix、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)、ワシントン・ポスト(The Washington Post)などだ。CNNのブライアン・ステルター氏によると、ウォールストリート・ジャーナルも月10ドル(約1,100円)のApple News+に参加はするものの、提供するのは全コンテンツではなく、同社が選んだ「一般的なニュース」に限られる可能性があるという。Hulu(フールー)やAmazonプライム・ビデオ(Prime Video)もAppleの新しいTV「チャンネル」のマーケットプレイスからアクセスは可能だが、コンテンツを視聴するにはそれぞれのアプリを利用する必要がある。
提携しない企業の考え
Netflixやニューヨーク・タイムズ、Huluはいずれも巨大なサブスクリプション事業を運営している大手メディアだ。メディア企業がDTCを指向する時代にあって、これら企業はカスタマー(とそれにともなう収益)との関係性を自社で管理したいと考えている。Appleによる厳しい管理下にあるApple News+と同社のTVチャンネルマーケットプレイスではこれは不可能だ。
「データは石油にとって代わる存在だ」と語る、カンター(Kantar)のシニアバイスプレジデント、クリス・ハル氏は次のように述べている。「(Netflixやニューヨーク・タイムズは)他社へライセンスを提供せず、自社で保有したままにしておきたいのだ。現在の情勢下では、保有しアクセスできる情報が多いほどより効果的に運用できる。そのほうが他社を介して提供するよりもはるかに魅力的な選択肢だ」。
もちろん、Netflixやニューヨーク・タイムズのような知名度と規模を誇る動画プラットフォームやパブリッシャーばかりではない。クランチロール(Crunchyroll)のようなニッチな動画サービスやパブリッシャーも熱心なファンが存在しており、他社を介さずともコンテンツやサービスの収益を上げることができる。
抗いがたい魅力の中身
だが、そうではない多数の企業にとって、Appleの新しいサービスは抗いがたい魅力を放っている。
同サービスにスケーリングの可能性が秘められているからだ。AppleのCEO、ティム・クック氏によると、Apple Newsのユーザーを総計すると1カ月に50億以上の記事が読まれているという。Appleによると同社の「実際に使用されている」デバイス数は14億にも及ぶ。Appleはマーケターとしても優秀であり、Apple Musicのサブスクリプションサービスの収益化も成功している(他社のニュースやストリーミングと完全に同一視はできないかもしれないが)。
サブスクリプション収益が5割になっても(Apple News+の場合)、チャンネルのサブスクリプション収益が7割になっても(AppleのTVチャンネルの場合)多数の雑誌パブリッシャーや中堅の動画サービス企業がAppleとの提携を選ぶ背景にはこうした理由がある。
Appleを通じて動画のストリーミングチャンネルを配信することになったある動画サービス企業の役員は、Appleはプラットフォームにとっての新たな友でもあり敵でもある(フレネミー)と語り、次のように述べている。「AppleやAmazonを利用すれば自律的成長が可能となる」。
リスクとポテンシャル
Apple News+やTVチャネルマーケットプレイスを通じてAppleが最終的にどれくらいの収益をメディア企業に還元できるかはいまだ未知数だ。Appleによる収益の取り分が非常に多いため、増収は限定的だろうとする向きもある。この理由からAppleを通じた配信を行わない企業も存在する。
コンサルタント企業のローンチ・アングル(Launch Angle)の創設者で元パブリッシングエグゼクティブのキース・ヘルナンデス氏は「サブスクリプションでプレミアムコンテンツを提供しているパブリッシャーの場合、当然だがプレミアムコンテンツの価値を捨ててまで限定的な増収を追い求めるのは理にかなっていない」と指摘する。
市場が秘めるポテンシャルはいまだに莫大だ。調査会社のeマーケター(eMarketer)は、2019年には全米で1億9000万人がインターネット接続されたTVデバイスで動画を見ることになるだろうと推定している。Appleはサービス事業の拡大を追求しており、自社の枠を超えてTVアプリをロク(Roku)やAmazon Fire TVのほか、サムスン(Samsung)やビジオ(Vizio)などメーカー製のスマートTVでも配信する予定だ。
さらにAppleのデバイスは世界中の人が持ち歩いたり自宅に保有したりしている。
メディアアドバイス企業クリエイティービーメディア(Creatv Media)の創設者であるピーター・キャシー氏は次のように述べた。「Appleはボタンひとつで人々の生活の中心にあるデバイスにコンテンツの通知を行える。Appleがもつ力は非常に大きい」。
Sahil Patel(原文 / 訳:SI Japan)